第115話 初めての出会い
「なんじゃ。まだ若いのう。人間たちが自分よりはるかに劣っているのを見て、随分と冗長しているようじゃ。井の中の蛙。調子に乗っておるのう」
強大な力を振るうことのできる女。
当然のように、その力を目の当たりにした人間たちからは畏怖され、崇められ、尊重されてきた。
だから、こんなにもズバズバと好き勝手言われることは、今までなかったことだ。
怒りを露わにしてその下手人を殺してもいいのだが、それができない相手が、目の前の女であった。
マカ。超常の存在である彼女。
同族であるからこそ、彼女の恐ろしさを理解していた。
「お前、どうして……。封印されているはずじゃ……」
「情報が古い。まあ、随分と楽しそうにしておったから、自分のこと以外考えられんかったのじゃろ。どうでもよいが」
退屈そうにため息をつくマカ。
「で、じゃ。わらわがこうして出張ったのは、他でもない。他人からおもちゃに手を出されて怒りを露わにするのは構わんが、それを貴様がしていい理由にはならんじゃろ。なにわらわの大切なおもちゃに手を出してくれとるんじゃ」
ギロリとマカからにらまれて、女は身がすくむ。
同じく超常の存在とはいえ、明確な優劣があった。
強大な力を持っている女だが、その上をいくのがマカであった。
そんな彼女ににらまれると、まるで蛇ににらまれたカエルのように硬直してしまう。
「お、おもちゃ? この男が? そ、そんなの、私は知らなくて……」
「知らんは免罪符にならんわ」
「くっ……! で、でも、私は知っているわ。封印されて、力の大部分が使えないということをね!」
「うむ、間違っておらんの」
このままだと、自分は縊り殺される。
ならばと、女は戦闘態勢をとる。
女の性格的にも、上から目線で抑圧されるのは我慢ならない。
しかも、マカは万全の状態ではなく、封印されて大きく力を制限されている状況だ。
であるならば、勝機はある。
「私の邪魔をする奴は、たとえ同族であっても、タダじゃおかないわ! 死ね!」
女から、理解することもできないほどの、多種多様な攻撃がマカに襲い掛かる。
それは、人間たちが使うような魔法もあれば、もはやこの世界に存在する知者がどれほど頭をひねっても理解が及ばない力もあった。
先程まで理人を追い詰めていた時は、遊びである。
まったく本気ではないというのが、この攻撃を見て分かる。
隔絶した力。
空間そのものを破壊してしまうのではないかというほどの攻撃がマカに迫り……。
「うーむ、ありきたりな反応。暇つぶしに人間の人生を弄ぶのは構わんが、貴様も退屈な反応をしてどうする。愚か者め」
呆れたようにマカはため息をついた。
その言葉を言い終わったときには、もう決着はついていた。
女の放った攻撃は、最初から存在しなかったように消滅している。
そして、女の身体は大量の血が噴き出し、地面に倒れていた。
それは、つい先ほどの理人と非常に似通っている形であった。
「……うぁ?」
「まだ若い若いガキが、わらわに勝てるわけなかろう。いくら封印されていたとしても、じゃ」
少女は唖然としてしまう。
自分を地獄に突き落とした恐ろしい女が、片手間に屠られたのだから。
何が起きたのか、理解すら及ばなかった。
マカはそんな彼女のことを一瞥もせず、倒れている理人をゲシゲシと蹴った。
「ほれ、さっさと起きんか」
「うぐぅ……。お花畑がくっきりと見えた……」
「あと一歩じゃったな。……起こさんかったらよかった」
「感謝の気持ちが一気に薄れたわ」
よっと立ち上がる理人。
彼も間違いなく重傷なのだが、あまり気にした様子もない。
ミムリスの元での経験が生きていた。
活かしたくはなかったと、眉を顰める理人であった。
「あ、あ……」
奴隷ちゃんが何かを言いたげにしているのを視界に入れる。
元凶は(マカが)倒した。
もはや、彼女と一緒にいる理由はどこにもない。
そもそも、少女は異世界人であり、理人からすると、敵対はしていないものの味方になるのも難しい相手だ。
だから、別れを告げることにした。
「あー……こいつのおかげでお前を苦しめていた元凶は潰れたし、もう俺がお前と逃げる必要もないだろ。というか、今は明らかに俺にヘイトが向いているだろうし、むしろ別れた方がお前のためにもなるだろう」
血だらけになりながら、理人は少女に笑いかけた。
「だから、お別れだ。じゃあな」
「あ、ああ……その……お返し、を……」
奴隷ちゃんが声を絞り出す。
何とかして報いたい。
命を懸けて自分を救ってくれた恩人に、何かをお返ししたい。
そう思うのは当然だった。
「ん? いいよ。良い医者を紹介してくれるんだったら、喜んで頼るけど」
「む、りかも……」
「じゃあ、いいよ」
というか、本当に早く治療したい。
頑張って立っているが、割としんどいのである。
「で、でも……」
「あー、だったら……」
血を失いすぎてぼーっとする頭で、ろくに考えずに理人は口を開いた。
「もし、また出会うことがあったら、今度は俺のことを助けてくれると嬉しいな」
それは、将来自分の首を絞めまくる羽目になる言葉である。
無論、予測しろというのが無理な話だが。
その言葉は、奴隷ちゃんの中にも深くしみわたり……。
「……う、ん。分かった」
頷いてしまった。
これが、理人と奴隷ちゃんの、初めての出会いであった。
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クズな主人公貴族くんがちょっとヤバいメイドたちに振り回されるコメディ小説です。
私が書くいつもの奴です。
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