第106話 これは面倒だ
「クッッッッッソ寒い!!」
俺はガクガクと身体を震わせながら、そう叫んでいた。
耳鳴りがするほどの暴風雪が広がっている。
これだけ声を出さなければ、簡単にかき消されてしまう。
というか、マジで寒い!
寝たら死ぬと言うが、寝ていなくとも死にそうである。
そんな俺の隣で、平然としているのが愛梨と響であった。
響はなんとなくわかる。
彼女が行使する力は、炎だ。
よくわからないが、それで体温を上げて一定のものに保っているのだろう。
しかし、愛梨は分からない。
俺と同じ貧弱タイプなはずだが、いったいどうして……。
「これくらい元気だったら、しばらくは生きているでしょう」
「……何でお前は平気なんだ? 寒くないの?」
「あたし、魔法で寒さをシャットアウトしているから、全然平気よ」
はえー。魔法って便利ぃ……。
こんな力が元いた世界にあったら、どれほど文明は発達していただろうか?
……いや、案外変わらないかもな。
発展しすぎた科学は魔法と区別がつかないとか、何かそんな言葉をどこかで見たことがあったような……。
ただ、この魔法は便利すぎる。
防寒具いらないじゃん。
そこまで考えて、ふと疑問に思ったことがあるので聞いてみる。
「……なんで俺にはしてくれないの?」
「え、頼まれていなかったから……」
いや、お前……。
俺は絶望した目を愛梨に向けた。
この状況で、頼まれなくても普通するだろ。
この荒れ狂う暴風と豪雪が見えないのか?
今にもぶっ倒れそうだろうが。
一番リーダーが死にかけているってどういうことだよ。
「泣きそう。腹いせに【眼】を使ってお前のその防御魔法を破壊してやる」
「止めなさいよ! 凍死するでしょ!」
死なば諸共の精神だぞ。
デメリットもないため本気で眼を使おうとしている俺に、響が両腕を広げて迎え入れる体勢を作っていた。
「ほらぁ、こっちおいでぇ。私はあったかいわよぉ?」
「確かに……。眠くなるくらいの温かさ……」
「寝たら死ぬけどね」
ふらふらと吸い寄せられそうになるが、愛梨の言葉でハッと正気に戻る。
確かに、冬山で寝たら死ぬという話を聞いたことがある。
ここは別に山ではないが、過酷な環境であることは同じだ。
……柔らかい声音で、死にいざなってくる。
おかしいな。この二人、俺の仲間のはずなんだけどな。
どうして俺が毎回殺されかけているんだ?
「ここがアリアトかぁ。本当にこんな場所に人が住めるのかよ。北極よりひどいんじゃないか?」
こんな場所にやってきたのは、当然人が住んでいるからだ。
彼らを殺して、リセットしなければならない。
そのためにやってきたのだが……こんな過酷な環境で人間は生活できるのだろうか?
無理だろ、どう考えても無理だろ。
何もやることないし。
「さすがにここだと人が住めないわぁ。もっと進むと、この寒さも多少マシになるみたい。そこに街を作って暮らしているそうよぉ」
「そうか。じゃあ、そこに行かないとな」
早くやることを終わらせよう。
そう思っていたのだが……やはり、そう簡単に物事は進まないようだ。
吹き荒れる雪の中、一人の男が立っていた。
「で、この極寒の中、信じられないほど薄着のあの男は何だと思う?」
「……さあ?」
思わず愛梨に問いかけるが、彼女も知らない様子。
大量の防寒具を着なければならないような状況なのに、その男は常夏にいるかのように薄着だった。
いや、死ぬだろ。
しかし、平然と立っている。
……愛梨と同じように、何らかの魔法を使っているのだろうか?
「お前らが【禍津會】か」
「そうだけど、あんたは?」
「ブレヒト。犯罪者だ」
……自己紹介でとんでもないことを言ってきた。
◆
犯罪者と自称する男が目の前に立ちはだかる。
堂々とよくもそんなことが言えるものだ。
まあ、元の世界にいた善良一般市民の俺ではなく、この世界だと超極悪人テロ集団のリーダーが今の俺だ。
他人のことは言えない。
「その犯罪者が何の用だ?」
ピクニックに来ましたとか言ってくれ。
本当に頼む。
この暴風雪でピクニックとか、自殺行為でしかないだろうけど。
「俺がこうしてお前たちの前に立ちはだかっている。……理由は言う必要があるか?」
「いや、分かりやすいからいいかな」
俺はため息をつきながら答える。
嫌だなぁ。こいつを何とかしないとアリアトの人間を殺せないなんて……。
明らかに強そうだ。
マカの力がなかったら、俺なんて瞬きする間に殺されていることだろう。
「ちなみになんだけど、この国には怪物と呼ばれる奴がいるらしいんだが……知り合いだったりする?」
「奇遇だな。俺以外にも、もう一人そう呼ばれる奴がいるなんて」
「あ、もう大丈夫っす……」
最悪だぁ……。
国の中ならまだしも、外国にまで轟く悪名。
こいつが相当やばい奴であることは、調べなくとも分かる。
「しかし、お前ひとりか……。仲間を用意した方がよかったんじゃないか?」
「言っただろ。俺は犯罪者だって。仲間なんていないし……」
ニヤリと笑うブレヒト。
「――――――それに、仲間なんていた方が邪魔だ。俺一人の方が強い」
直後、隣にいた響が俺を突き飛ばす。
代わりに、彼女は美しい氷によって身を包まれていた。
全身氷漬けである。
「……なるほど」
これは面倒だ……。