第101話 しんどい
「……強すぎだろ。リーダーがこの人だっていうことでも頭がパンクしそうだったのに、何だよこの強さ。下手したらあたし一瞬でひき肉にされていたじゃねえか」
久しぶりに見た三ケ田が、倒れ伏しながら俺を白い目で見ていた。
いや、別にひき肉にしようなんて思わないし……。
「それはそうでしょう。リーダーは、禍津會というような組織ができる前から、たった一人で転移者を助け出していたのです。一番強くなければ、そんなことはできませんよ。私も助けられました」
「うん。まあ、代償とかあるんだけどね。めっちゃ痛いんだけどね」
なぜか自慢げな若井田。
俺もなー。代償とか一切なかったら多少は調子に乗ることができるんだけどなー。
使うたびに耐えがたい激痛が襲ってきて、寿命も縮んで、死後囚われることが決まっているんだもんなー。
……ハード過ぎない?
「おほほー! ほほほほー!!」
バカみたいにはしゃいで現れたのは、マカだった。
何だこいつ……。
「いやあ、遂にこの時が来たのう! 待っておった、待っておったぞ。本当に長かった。しかし、その時がやってきたのじゃ!」
「……誰?」
「俺にこの化物みたいな力を強制的に押し付けてきた奴」
杠の質問に答える。
……彼女が見えているということは、普段俺にしか(奴隷ちゃんは除く)見えないようにしているマカが、実体を持っているということか。
少なくとも、他人がいる前でそんなことをするのは初めてだった。
……ああ、もう目的が達成されるからか。
「というか、実体化してもいいのか? できるのか?」
「うむ。別にもうコソコソする必要もないじゃろう。それに、封印も随分と弱まった。好き勝手できるくらいにはな」
「好き勝手するな」
昔の誰がマカを封印できたのかは知らないが、もう一度頑張ってほしい。
「さて、時間じゃ。貴様の魂は、わらわが貰うこととする」
ニッコリと、一切の罪悪感を抱いていない様子で、マカは言った。
傍から聞いていたら何のことを言っているのかさっぱりだろうが、俺にはよくわかった。
もう、俺の身体が限界に達しているということが。
「あー……もう限界?」
「うむ。今の一撃で、完全にオーバーした。まだ死んでいないのが不思議なくらいじゃ」
「…………」
……まあ、確かに先ほどの力の行使は、かなり広範囲で力を込めた。
正直、目に走る激痛も、今までの非ではない。
周りに誰もいなければ、地面をのたうち回っていたくらいだ。
しかし、目だけでなく全身まで激痛が走るんだから、そりゃもう限界だよな。
「なに、怖がることはない。これから、貴様はわらわと長い時間を共に過ごす。長命を楽しもうじゃないか」
「あー……ごめん。それ、もう少し後にできないか? 今までさんざん力を使ってきたし、俺が死んだ後は好きにしてくれていいんだけど、まだやらないといけないことが残っていてさ」
俺がそう言うと、マカは心底不機嫌そうに顔をゆがめた。
「い・や・じゃ。わらわはもう待ちくたびれた。これ以上待ったら、頭がおかしくなってしまう。これで、契約は完成じゃ。わらわは貴様の魂を手に入れる」
「そっか。交渉決裂か。残念だなぁ」
まあ、そんなうまくいくなんて思っていなかった。
マカからすると、そのためだけに今まで俺に付き添ってきたようなものだ。
今までの孤独を癒すために、俺という存在を同類にする。
それは、まさしく彼女にとっての悲願だろう。
そして、それが今まさに叶いそうになっているというのに、先延ばしにしてくれと言われてうなずけるはずがなかった。
マカは、そういう性格だ。
それは、ずっと前から分かっていた。
「わらわと戦うつもりか? 止めておいた方がいいと思うがのう。しょせん、貴様が使っているのは、元はと言えばわらわの力。扱い方も慣れておるし、弱点もまたしかりじゃ。貴様に勝ち目は一切ないぞ」
俺の纏う雰囲気が変わったことを察知して、マカは心底楽しそうに笑う。
彼女も全盛期の力はないだろう。
解けかかっているとはいえ封印は今も生きているということもある。
だが、俺はそんな弱体化しているマカよりも、はるかに弱い。
なにせ、自前の特別な力なんて一切ないのだ。
まあ、鉄火場を潜り抜けてきたから、多少身体の動きとかは転移してくる前に比べたら良くなっている。
だが、その程度ではどうしようもできないほどの差がある。
そもそも、生まれというか、次元が違うのだ。
俺みたいな普通の男が、そもそも人間なのか怪しい超常の存在であるマカに、勝てるはずもない。
……普通に正面から殴り合ったら、だが。
「うん、まあ……」
「……どうしてそれを貴様が持っておる?」
「俺、仲間がいるから」
マカの顔が、今まで見たことがないほど引きつる。
……いや、見たことはあったわ。
奴隷ちゃんに追いかけ回されていた時、今以上に引きつっていたわ。
俺が取り出したのは、土くれで作られた人形のようなもの。
土偶というのだろうか?
別に隠すほどのものでもないから言うが、これはマカの力を吸い取っていた封印の根幹を担う呪具である。
俺はマカに憑りつかれていたため、これを探しに行くことはできない。
だから、禍津會の仲間に捜索をお願いしていた。
やっぱり、強大な力を持つ存在を倒すのは、徒党を組んだ人間なのだろう。
「嘘じゃあ! 貴様がそんな少年漫画の主人公みたいなことを言うなんて嘘じゃあ!」
「異世界人が少年漫画とか言うな」
ジタバタと暴れるマカ。
彼女は、まさに俺の恩人だ。
彼女の目的があり、対価も正直かなり重たいものではあるが、彼女がいなければ俺は禍津會の同胞を誰一人として助けることはできなかっただろうし、俺自身もミムリスに食い殺されていたことだろう。
そんな恩人に、俺は牙をむく。
土偶の口らしき場所から、目にもとまらぬ速さで触手のようなものが伸びる。
マカはそれを何とかいなすが、一気に数十本も出てくれば、さすがに対応のしようがない。
というか、キモイ……。
俺、こんなの持ちたくないんだけど……。
「がっ……!」
複数の触手がマカの身体を貫く。
その触手が、悍ましく脈動する。
彼女から力を吸い取っているようだ。
キモイ……。
ゴクゴクとマカの力を吸い取り続けた土偶は……カッと光って壊れた。
そこから溢れ出した光は、すべて俺の中に入り込んでくる。
その光が収まったとき、俺は今までとはまた別の存在に作り替わっていた。
「はあ……しんどい」