第100話 リーダー
「……遅いわよ」
愛梨が恨めしそうに理人を見上げる。
彼は苦笑いしながら答えた。
「ああ、ごめんな。いや、奴隷ちゃんを抑え込むのに時間かかって……」
「……それなら仕方ない。誰も文句言わないし、言わせない」
この中で最も奴隷ちゃんの恐ろしさを身に染みて理解しているであろう杠が、コクコクと頷いていた。
そして、激しく困惑しているのは、巨大な斬撃を放ち、禍津會との戦闘に終止符を打とうとしていた望月であった。
「ど、どうしてここにリヒトさんが? そ、それに、どうして彼らを守って……」
「望月、けがは大丈夫か?」
考えがまとまらないうちに問いただそうとして、理人から想定していなかった労わりの言葉をかけられ、思わず言いよどんでしまう。
「え、あ……はい」
「そうか、それはよかった。こいつがお前を攻撃したって聞いた時は、かなりびっくりしたんだよ、俺も」
ほっと息を吐く理人。
そのしぐさからは、本当に望月のことを心配していたように見えた。
だからこそ、余計に分からなくなってきた。
彼が本当に禍津會の味方なのだとしたら、望月にはあのまま死んでもらった方がよかったはずだ。
なのに、彼は本気で望月の身を案じていたように見える。
「作戦通りよ」
「その作戦、だったらちゃんと俺に伝えとけよ。お前らのしていること、俺ほとんど知らなかったんだけど」
「全部若井田が悪いわ」
「えぇっ!? 私ですかぁ!?」
いきなり振られてギョッとする若井田。
話を聞いている限り、理人には禍津會の行動は一切入っていなかったようだ。
「い、いや、リヒトさん! なんでここにいるんですか!? それに、その立ち位置は……」
「え? あー……なんていうかな……」
「簡単な話です。何も難しくありません」
どう説明したものかと理人が悩むと、代わりにベアトリーチェが口を開いた。
「この方こそが、転移者の犯罪者集団【禍津會】のリーダーなのです」
「……うん、まあそうなんだけど」
禍津會のリーダーである理人は、その暴露を受けて、なんだか微妙そうな顔を浮かべるのであった。
◆
ビシッと、まるで鬼の首でも取ったかのような感じで指をベアトリーチェから指される俺。
まあ、ここに至って今更隠すつもりもなかったので、あっさりと肯定する。
ただ、禍津會のリーダーと言われると、違和感がものすごい。
「しかし、本当に完璧な演技でしたね。禍津會のことを知らない風で、本当に敵対しているようで……。人を見る目はそれなりにあったつもりですが、あなたのことはこの状況になるまで分かりませんでしたよ」
「いや、別に演技じゃなかったしなあ……」
「はい?」
俺が遠い目をしながら答えれば、ベアトリーチェはポカンとする。
彼女がこんな気の抜けた表情をするのは、初めて見た気がする。
でも、本当のことなんだよなあ。
俺が、【禍津會】という集団のことを聞いて、何も知らなかったこと。
【禍津會】と敵対して戦っていたこと。
それは、演技で知らないふりをしていたわけでも、適当に戦っていたわけでもない。
全部本気も本気である。
「いや、この集団が【禍津會】なんて名前になっていたことなんて、一切知らなかったし。マジで初耳だった」
転移者をできる限り助けていたのは事実だけど、組織になっていたなんて知るはずもない。
何か知らないうちにできていたし、何か知らないうちに名前までついていた。
俺の衝撃というのは、かなりのものだった。
「皆さんで意見を出し合い、多数決で決まりました」
「なんで俺を呼ばないの? いきなり禍津會とかいう名前を引っ張り出された俺の気持ち分かる? 恥ずかしいわ」
ちょっと中二病っぽいんだよ。
その「會」をよく使う「会」にしていないところとかさ。
背筋がゾワゾワする。
まあ、これは一度この病気を発症した者にしか分からないんだろうな。
今の禍津會には、元中二病患者がいない……?
つまらない集団だ。
「あと、リーダーとかいう立場になったのも最近知ったわ。なんだそれ。そんな感じだったっけ?」
さっきはなんとなくベアトリーチェの言うことを否定しなかった。
まあ、俺も禍津會に所属していると言えばそうだし。
だが、リーダーは知らん。
何だそれは。
「やはり、私たちもかなり大きな組織になりましたから。束ねる者は必要でしょう」
「じゃあ、若井田がやれば?」
「ありえませんよ。私たちを救ってくれた、あなたこそがふさわしい。あなた以外がリーダーになっても、誰もついていきやしませんよ」
……確かに、救ったという表現が正しいかどうかは知らないが、捕まって人間として扱われていなかった彼らを解放したのは俺である。
せっかくマカから強大な力を貰ったので、そういう使い方をした。
でも、リーダー……。うーん……。
せめて俺に押し付けるなら、事前に言っておかない?
俺、何にも知らなかったんだけど。
「しかし、さすがはリーダー。危険極まりないスパイを、見事勤めあげてくれました」
「まあ、俺よりも雪とか愛梨の方が大変だったろうしな」
ちらりと愛梨と雪を見る。
それぞれ、勇者パーティー、王族というとんでもない先に潜入していた。
俺は軽く若井田たちに現況などを報告するくらいだったから、大したことはなかった。
この二人の精神的な疲労などは、計り知れない。
「でも、あの子はストレス発散に君と寝ていたじゃん。僕は?」
「…………」
俺はジトッと睨んでくる雪からそっと目をそらした。
目を合わせてはいけない。
絶対ろくでもないことになると確信できていた。
そんな俺の視線の先に、包帯だらけの女、響が現れる。
元の世界にいたら異形というべき姿だが、彼女がこの世界と人間にされた仕打ちのことを考えると、彼女に恐怖なんて抱くはずもなかった。
「ごめんねぇ。あの時、嘘とはいえ攻撃する羽目になっちゃってぇ」
「割と危ない攻撃が多かった気がするんだが?」
「信頼よぉ。あなたは絶対にこんな攻撃喰らわないと思っていたのぉ」
「物は言いようだな」
別に殺されるほど嫌われてはいないと思うんだけどなあ……。
もしかして、内心では響は俺のことが嫌いなのだろうか?
同郷の人間に嫌われるというのは、なかなかしんどいものだ。
「長々と話をしてくれるのは構わないが、最後のすかしっぺを相手さんはするみたいだぞ。ちなみに、俺たちは残っている力はすっからかんだ」
「はいはい。俺が何とかすればいいんだろ」
ぐったりしているくせに、蒼佑がやけに偉そうだ。
ちょっと腹が立つが、結界の外を見れば、それなりの数の兵士が臨戦態勢であった。
魔法攻撃などは、魔力という制限があるから難しいのだろうが、弓矢などなら武器がある限り攻撃できる。
おそらく、補充したのだろう。
一斉掃射されると、確かに面倒だ。
俺にそれらをすべて受け流すような力はない。
ここに倒れている禍津會の連中と違って、特別な力なんて、俺自身のものでは一切ないのだから。
「まあ、俺というか、マカの力だけどな」
激痛も考慮せず、俺はマカに与えられた眼の力を使った。
範囲は、視界に入るすべての兵士。
ドクンと真っ赤な力が脈打つ。
その波動が兵士たちに触れた瞬間だった。
パッと血煙が散った。
「う、そだ……」
愕然とする望月。
結界の外では、すべての兵が命を落としていた。
一瞬で、血をまき散らして、死んでいた。
いや、本当にこの力えげつなくない?
そして、代償の激痛もえげつなくない?
俺は冷や汗ダラダラ流しながら、そう思っていた。
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