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第10話 何をにこやかに言ってんだ、この女

 










 目の前に座る舞子さんは、間違いなく名家スタルト家の当主に相応しい装いだった。

 長く、軽くウェーブしてふわふわとした黒髪は丁寧に手入れされていることが、ろくに髪のことが分からない俺でもわかるほどきれいだ。


 俺や奴隷ちゃんより年上なのは明らかだが、しかし実年齢がいくつなのか分からないくらい若々しい。

 しかし、大人の色気というか余裕が確かにあるから、不思議な魅力にあふれている。


 こっちの世界に来てから色々経験していなければ、俺も惚けてしまっていたかもしれない。

 肌触りのよさそうなドレスを着ているが、どうにも肌の露出が激しい。


 ほとんど露出していない奴隷ちゃんとは正反対だ。

 豊かに実った胸は深い谷間を作り出しており、それを見せることで男は彼女に対して警戒心を解いてしまうこともあるだろう。


 まあ、もう長い付き合いになるので、俺はそんなことはないが。


「元気も何も、あんたからとんでもない依頼を貰ったせいで、死にかけたんだよ」


 俺は舞子さんを睨みつける。

 いくら年上とはいえ、もう許さねえからなあ……?


 ドラゴン討伐を個人に依頼するな、馬鹿!

 何がワイバーンだ! ちゃんと調べろ!


 軍隊を動かせ、軍隊を!

 それが無理なら、せめて優秀なパーティーに依頼しろ!


 絶対に個人に依頼をするな!

 しかし、俺の怒気を受けても、舞子さんは悠然と微笑むだけだった。


「でも、現にこうして元気に私の前にいるじゃない。世の中、結果がすべてよ。リヒトがここに生きて存在している。それがすべてなのよ」


 ……重みが違う。

 舞子さんは、それこそ自分の力で今のスタルト家の当主という地位にたどり着いた。


 そもそも、名前からもわかるように、彼女は転移者……この家の部外者である。

 それが、今では当主として強権を振るっている。


 どれほどの苦難や努力があったかは、想像することも難しい。

 そんな彼女に言うのもなんだが、俺は奴隷ちゃんを指し示す。


「いや、俺は何にもしていないんだよなあ。俺だけだったら、間違いなく死んでいたぞ。こいつのおかげだよ、全部」

「…………」


 静々と頭を下げる奴隷ちゃん。

 お前、普段からそうしろよ……。


 俺の前だけどうしてああなるんだ。

 素の彼女を見せてくれるほど気を許してもらっていると思えば多少溜飲が下がるが、それはそうとして、俺にももっとちゃんと接してくれ。


 奴隷の食事で困窮して仕事を主人がするっておかしいだろ。


「ああ、奴隷ちゃんね。でも、思い出すわ。あなたが奴隷を飼い出したと聞いた時は、遂にこの世界に飲み込まれたのかと思ったもの」


 クスクスと笑う舞子さん。

 俺よりも、誰よりも、どの転移者よりもこの世界に馴染んでいそうな彼女に言われると、もうダメだな。


 俺は多少のいら立ちを隠しながら答える。


「俺はあんたみたいにうまくこの世界に適合してやっていく自信はないよ」

「この過酷な狂った世界で生きるには、適合しないと死ぬだけよ。あなたもそれはよくわかっているでしょう?」


 俺はその言葉に何も返せない。

 この世界にやってきた転移者の末路は、どれもロクなものではない。


 元居た世界よりもはるかに人権意識も民度も文化レベルも低い。

 そんな世界に、頼る人も家もなく、手に職もなければこの世界の知識もない甘ったれた人間が放り出されたら、いったいどうなるだろうか?


 俺は、自分自身でそのことがよくわかっていた。

 しかし、奴隷ちゃんにも話さなかったように、決して愉快な話にはならない。


 だから、俺は答えるつもりはなかった。


「…………で、何で俺を呼んだんだ? 指名依頼の達成は、ギルドからあるだろうに」

「久しぶりだし、直接会って話がしたいと思ったのよ。今も生きている、数少ない同胞ですもの」


 ニコニコと笑う舞子さん。

 ……ほんとぉ?


 絶対にそれだけじゃないよな。

 この女が、そんな懐古趣味を持っているはずもない。


 同胞が数少ないというのは同意するが。


「それだけじゃないだろ。あんたがそんな生易しい性格をしているとは思えないな」

「新しい指名依頼を、あなたにお願いしたいのよ」


 ほら見たことか!!

 俺は発狂しそうになるのを、何とかこらえた。


 指名依頼をそんなに連発できる財力にビビり散らかしながら、俺は声を張り上げる。


「断る。さっき終わったばかりなんだぞ! もう無理だ! 俺は引きこもるんだ!」


 せっかく奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてそこそこの大金が手に入ったんだ!

 一般人なら一年は働かずに済むし、一日一食でも余裕な俺なら二年はいける!


 ……まあ、奴隷ちゃんの食欲で一瞬で消えるんだけどね。

 一か月、持つかなぁ?


「私を前に情けないことを堂々と言わないでくれるかしら? あと、断ったら意地悪するから」


 頬に指を添えて言う舞子さん。

 似合っているけど歳を考えろよ、ババア。


「意地悪なんてかわいい表現じゃなくて、迫害と村八分だろ」

「そうともいうわね!」

「ウキウキで言うなよ」


 やっぱり、世の中って金なんだよな。

 スタルト家の財力を持ってすれば、ギルドに圧力をかけて俺が依頼を受けられないようにすることもできるだろう。


 何なら、この街にやってくる商人にも圧力をかけて、何も買えないようにすることも。

 ……やっぱ、文明レベル低いわ、ここ。


「でも、私も困っているのよ。あなたに助けてほしいのよ、理人」


 人を食ったような言動ををするくせに、たまに真摯に訴えかけてくるから困る。

 それと、やはり同じ境遇の転移者というところが、彼女に甘くなってしまう。


 それは、お互い様だろう。

 舞子さんも俺に対して色々便宜を図ってくれていることは知っている。


 しゃあない。内容にもよるが、受けてやるか。


「……依頼内容は?」

「私の護衛」

「護衛? どっか行くのか?」


 スタルト家の当主レベルになると、当然移動にも護衛がつけられる。

 金があるということは知られているし、それを求めて強盗や殺人だって平気で起こる。


 まあ、行く場所にもよるけど、それくらいなら……。


「いいえ、違うの」


 そう思っていた俺を否定する舞子さん。

 彼女は艶やかに、しかし少女のように若々しく笑った。


「私、殺害予告されちゃった♡」

「そう……」


 何をにこやかに言ってんだ、この女。




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