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第1話 出会って数秒で押し売り

 










 この世界は、本当にクソで、どうしようもなく最低な世界だ。

 俺は、誰にどう聞かれても、この世界について語るのであれば、そう答えるだろう。


 そして、この考え方は絶対に間違ってなんていないと確信している。


「安いよ安いよ! お兄さん、ちょっと見ていってよ!」

「最近は亜人や魔物も出てこなくなったな。まあ、俺たちが忙しくないってことは、いいことなんだろうけど」

「金を稼げないから困るんだけどね」

「ちょっと奥さん、聞いた? あの家の旦那さんが……」

「まあ、本当?」


 街の中はとても賑やかだ。

 活気のあるいい街だと、聞いている限りだと思う。


 だが、日本で長く生きてきて、暮らしてきて、そこで生活する常識を持っている俺からすると、やはり倫理的にどう考えてもおかしいことばかりだ。


「ほら、この転移者はどうだい!? まだ比較的元気だし、ほとんどタダ同然だよ!」


 たとえば、最初の客引きをしていた、人当たりのよさそうな商人の男。

 彼が商品としているのは、奴隷だ。


 もちろん、人間の。

 俺のいた世界では数世紀以上も前に廃れた悍ましい文化が、まだこの世界では当たり前のように残っている。


 当然、取り締まられることはない。

 この世界では、違法ではなく合法なのだから。


「あーあ。早くぶっ殺していい飯を嫁さんに食わせてやらないとなあ」


 たとえば、仕事がないと愚痴っていた二人の冒険者。

 彼らが話しているのは、おそらく討伐の依頼のことだろう。


 対象を倒し、それで報酬を貰う。

 一番簡潔で分かりやすい依頼だ。


 その討伐対象は、同じ人間の形をした、この世界では亜人と呼ばれる人。

 そう、人だ。同じ人間のはずだ。


 とくに犯罪をしたわけでもない彼らを平然と殺し、それで大金を稼ぐ。

 魔物だって、人間の言葉を介するような知性の高い者もいる。


 それも、何ら躊躇なく殺せるのが、この世界の人間だ。

 まあ、あっちから襲ってくるのであれば、撃退するというのは当然だろう。


 だが、とくにそういうこともなく、こっちから仕掛けていって、まるで狩りのように楽しんで殺害していることもあると知っている。

 やはり、この世界は、俺には溶け込めそうにない。


「あっ、お兄さんお兄さん! 奴隷はどうだい? 冒険者さんなら、色々と入用になるときが多いだろう?」


 フラフラと歩いていると、客引きをしている男に呼び止められる。

 無視をしても何も問題ないだろう。


 そうした場合、この男はまた別の通りすがりの人に声をかけるだけだ。

 だが、入用という言葉に興味を持った俺は、立ち止まって話を聞いてみた。


「入用って?」

「そりゃあ、奴隷の使い道なんて色々じゃないか。囮にもできるし、盾にもできる。危険な偵察もさせてもいいだろうし、性欲の処理にも使ったっていいじゃないか」


 当たり前だろう、と逆に首をかしげる男。

 ああ、そうだった。


 この世界では、こんな理不尽なことが当たり前だった。

 奴隷という存在がない時代からやってきたからか、あまりにも俺の倫理観から逸脱している用途だ。


 とはいえ、この世界ではこれが常識。

 どんなにこの世界で過ごしたとしても、おそらく慣れることはないだろう。


 こっちに来てからそこそこの年数になっているが、いまだに不快感しか覚えないのだから。


「あー、いや。俺、そういう奴隷って使わないんだよ」

「冒険者なのに? 随分珍しいねえ」


 キョトンとする男。

 もっぱら、冒険者たちは使っているのだろう。


 ギルドで俺に親し気に話しかけてきてくれた人が、人間を使い捨ての道具のように扱うと知って、何とも言えない気持ちになる。


「お兄さんの片目も、奴隷がいたら今も無事だったかもしれないよ?」


 あまりにもあっさりと言われてしまったので、俺は怒ることもできず、苦笑することしかできなかった。

 無意識のうちに、片目に手を伸ばしていた。


 その手は、眼帯に触れていた。

 ……いや、人の身体の欠損部分をそんな気安く指摘するものだろうか?


 これはこの世界の常識……というより、この男の人間性なのだろうな。

 怒ってもいいのかもしれないが、うろたえてタイミングを逃してしまったので、またあいまいな笑みを浮かべることにした。


「……ああ。これは、奴隷がいたところでどうにもならなかったよ。その程度でどうにかなるような状況じゃなかった」


 冒険者は、奴隷を身代わりとして使っているのだろう。

 だから、この男もそう言ってきた。


 だが、俺がこの目を失うことになったのは、奴隷がいたらどうにかなったということではない。

 理由を明確に話さずとも、男は神妙に頷いた。


「はぁ、冒険者様ってのは大変だ。俺には絶対にまねできないね。だけど、あんたらがいるおかげで、俺たちはこうして安心して商売できている面もあるんだ。感謝しているぜ」

「それはどうも」


 商人は街から街へ移動するから、その道中の護衛のことを言っているのだろう。

 ともかく、もう話は終わりだ。


 この場を去ろうとすると、男にがっしりと腕を引っ張られた。


「じゃあ、今日から使ってみたらいいよ。奴隷はあって損はない! いろいろな使い方も自由自在だ! ほら、入った入った!」

「うおっ!?」


 身体にうまく力を入れられず、俺はどんどんと建物の中に引き入れられるのであった。










 ◆



 建物と評したが、大きなテントというのが正しい表現か。

 ここにずっと定住して商売をしているわけではないようだ。


 定住か移動か。

 どっちの方が商売的にいいのかは俺なんかはさっぱりわからないが、話を聞く限り、奴隷というのはどこでも需要があるものなのだろう。


 そんなテントの中を、男に先導されながら歩く。

 大小さまざまな檻がテントの中にはあり、その中に囚われている奴隷がいる。


 人間でも、男もいれば女もいる。

 年寄りもいれば壮年の男もいるし、まだ成人していないであろう子供まで。


 人間以外にも、亜人――――獣人と呼ばれる者や、エルフなどもいた。

 人の形をしていない魔物まで。


 この男は、随分と多種多様な商品を取りそろえているようだ。

 ただ、問題点としては、明らかに清潔ではなく汚れており、全員の目から光がないということだ。


「……随分状態が悪いんだな」

「いやいや、そんなことはないよ。うちは食事も三日に一回は出しているし、飲み物だって一日一度は与えている。こんな丁寧に維持をしているのは、そうそういないだろうさ」


 三日に一度しか食事を出していないのに、手厚く維持しているという自負をしている。

 やっぱり、この世界は合わない。


「奴隷は維持するのに金がかかるんだよ。だから、一か月も売れないで状態が悪くなってきた奴隷は、処分されるさ」

「そうか」


 俺がここでもっと手厚くするべきだという権利はないし、言ったところで何の意味ももたらさない。

 男からすれば、『ややこしい客がやってきた』と思うだけだろうし、この場ではいはい頷いておいて何も改善しないだろう。


 万が一手厚く金をかけて維持しようとすれば、今は一か月の処分されるまでの猶予期間が、さらに短くなるだけだ。

 経費削減は、俺の世界でも当たり前のように言われていたことだ。


 じゃあ、この男を後ろから殴りつけて、奴隷を解放する?

 その後、どうするというのだろうか。


 奴隷が合法のこの世界でそんなことをすれば、俺はただの強盗犯である。

 それに、身寄りのない奴隷がいた時に、どうするのだろうか?


 どこにも頼る人も場所もない人間をいきなり外に放り出しても、まともな人生を送ることはできないだろう。

 何の責任も取れず自己満足にしかならないのであれば、そんなことをするのは止めた方がいいに決まっている。


「……帰るか」


 やっぱり、いい気分にはならなかった。

 もう出ようと、男に声をかけようとしたとき。


「――――――もし」

「うん?」


 流麗で静かな声。

 しかし、その声はやけに耳に響いた。


 そっちを見れば、簡素な薄汚れた布に身を包んだ、灰色の髪を持つ少女がいた。

 自発的に声をかけてきたというところにも驚いたが、何よりも、その顔に確固たる意志があることに驚いた。


 ここの奴隷たちは、何をされても受け入れるような、絶望に満ちた表情をしている。

 それなのに、この少女だけが違っていた。


「この子は?」

「ああ、うちで取り扱っている奴隷のはずだけど……。うちが仕入れた覚えがないんだよなあ。しかも、あの食事量で、全然やせ細らないし、弱りもしない。不思議だよなあ……」


 ……え? なにそれ怖い。

 不思議で済ましていいことじゃないよね?


 この子、本当に普通の人間だろうな?


「良ければ、私を買ってくれませんか?」

「いや、俺は奴隷を使わない主義なんだ。だから悪いけど……」


 自分からアピールしてくる。

 一か月ほどで処分されることを知っているのであれば、これも理解できる。


 しかし、俺は奴隷を使うという選択肢はない。

 俺にもやるべきこと、やらなければならないことがあるのだから、被保護者を養う余裕はないのだ。


 だから、この子には申し訳ないけど、はっきりと断ろうとしたら……。


「私は絶対におすすめですむしろ私以外の奴隷なんて必要ないと思います絶対にそうだと思います何せ私はとても頑丈そこの醜いおっさんが言っているとおり病気も怪我もしません無敵ですはい食事だって別に必要ではありません不要です飲み物も必要ではありません不要です余裕ですゴキブリ並みの生命力ですから私奴隷としての利用価値も高いです私めちゃくちゃ強いです余裕で勇者も魔王も殺せますワンパンです任せてください攻撃も一切効きません刃物も皮膚を通りませんガキンとなって刃物が砕けます家事能力も万全です料理できます適当に何でも黒くなるまで焼けば食べられます散らかっている部屋は一度ドーンとすれば綺麗になります更地になりますもちろん奴隷としての本分である性欲処理もばっちりですばっちこいです私巨乳ですしあなた様の劣情を一身に受け止めることが可能です先ほど飲み物は不要といいましたがあなた様から排出される体液で余裕でのどを潤せます無敵です私を買わない選択肢はないと思いますということで私お買い上げでよろしいですね毎度あり」


 光のない目でめちゃくちゃまくし立てられた。


「えぇ……?」


 結局、何を言っているのかほとんど聞き取れなかったんだけど……。




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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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