悪役令嬢について語る(前編)
弟は俺と同じ色合いの銀髪に若葉色の瞳。俺はややつり目の良く言えば男らしい父上似。ロカルトはたれ目の優しい感じの母上似だ。
優雅にカップをかたむける姿は絵になってる。
こんな眉目秀麗で天才の弟を持ってよくグレないよな。俺ってえらい。
そんなことを思いながら口を開く。
「で、わざわざサロンに呼び出して何の用だ?」
「そうですね、兄上が先程叫んでいた【悪役令嬢】についてですね。
ああ、丁度いい時間だ」
そう言いながらニックに目配せすると心得た様に懐から小さい箱を取り出しローテーブルの上に置いた。
ちなみに今部屋の中には俺たち三人しかいない。
『…タンゼン様よくいらして下さいましたわ』
『こちらこそ、お招き下さりありがとうございます。シュワイツ様』
なんだ?箱から声が聞こえるけどこれって録音機じゃなくて、もしかして盗聴機か…?
箱からロカルトに視線を移すと笑みを深めた。
ちょっとロカルト君、これは犯罪じゃなかろうか?
それに組み合わせも変だ。
婚約者候補三人のうちの二人だけど、貴族派筆頭公爵家のアリシア・シュワイツと中立派筆頭の侯爵家ソフィーリア・タンゼン。派閥違いもさることながら、アリシア嬢の奇行のせいで子息令嬢は極力避けてる状態だ。
そうアリシア嬢こそが(自称?)悪役令嬢だ。しかもざまぁする方らしい(これも自称)
『ごめんなさいね、わたくしの方からお誘いしたのにこの後妃教育がありますの。あなたはいいわね、もう辞めてしまったんですもの』
『…?』
無言だけどソフィーリア嬢が戸惑っているのがわかる。
『それもこれもリカルド殿下のせいだわ。殿下が無能なせいでわたくしが余分に勉強させられるのよ』
『シュワイツ様!いくらなんでも不敬ですわ!』
『あら大丈夫よ、ここは高位貴族が貸し切る個室サロン。防音もきちんとされてますもの、あなたが他で喋らなければいいこと。二人きり(正確には侍女が側にいるはず)だからどちらが言ったかわからないでしょ』
ソフィーリア嬢絶句してるぞ、なんで脅してんだ?
そしてお前すでに王族二人に聞かれてるぞ。
しかもニックが「この盗聴機は録音機能も備えております」って耳打ちしてるから!
さらに突っ込むけど、候補の二人は妃教育終わってて、まだまだ終わらないお前に足並み揃える為に休止してるんだよ!
俺が無能なんじゃなくてお前が無能なんだよっ。
ロカルトとニックが俺より不機嫌になってんの、どうしてくれんだ。
それなのにさらに不穏なセリフが聞こえてくる。
『まぁでもリカルド殿下はもうすぐ廃嫡されるから、わたくしも楽になるわね。
なんと言ってもロカルト様は優秀ですもの』
わーわーわー
聞こえなーい!
不敬どころか謀反っぽいセリフが聞こえたけど、聞こえなーい!
「ロカルト、ニックっ、この機械壊れてるぞ。聞いちゃいけないセリフが聞こえてくる」
「何言ってるんですか殿下、これはさるところから戴いた特注品でございますよ」
さるところってなんだ!?
もう聞きたくないっ。
『あ、あらシュワイツ様こちらのお茶あまやかな香りがして、お味も複雑でとても美味しいですわね。初めていただきましたわ』
『そうでしょう?これは妃教育で疲れているわたくしの為にお父様がわざわざ南の大陸から取り寄せて下さった茶葉をブレンドしたものなのよ』
下手くそだけどグッジョブ!ソフィーリア嬢っ。
なんとか話がそれたっぽい。
これ以上だと俺の胃と二人の機嫌がヤバかった。
俺は現代日本の記憶があるせいか、平和主義なんだよ!
いやアリシア嬢にもあるはずなんだが、やっぱりこれはゲームの世界と思ってるからか?
その後は茶葉の話からドレスの話ととりとめもないものになっていったからよかった。
わずかな間にドッと疲れた。
「お前らなんなの?なんでこんなことすんの?」
「あー、それはですね…」
と、ロカルトが説明することには
もともとアリシア嬢を隠れ蓑に怪しい動きをしていたシュワイツ公爵が俺が三年生、ロカルトが入学した頃から動きが活発になったらしい。それでアリシア嬢からも何かしら情報を得れないかと盗聴機を仕掛けたらしい。
「それでなんでソフィーリア嬢がでてくるんだ?」
「それはわたくしがシュワイツ様からお茶会のお誘いを受けていたからですわ」
扉の方から聞こえた声に驚いて振り向くとニックにエスコートされたソフィーリア嬢がいた。
亜麻色の髪をハーフアップにして小柄で儚げな印象を受けるけど、赤みがかったライトブラウンの瞳は意思の強さを湛えている様だ。
ソファーの近くまで来たので俺も立って挨拶を交わし席をすすめた。
ニックにあらためてお茶を淹れてもらい一息つく。
「発言の許可をするからどういう事か説明してくれるかな?」
「まずはお招き下さり感謝申し上げます」
頭を下げながら言うソフィーリア嬢に初っぱなから引っ掛かった。
「"お招き"ってどういう事だ?この計画にタンゼン嬢を巻き込んで、渦中に放り込んだのか?どんな危険があるかわからないのに?!」
思いの外低い声が出た。
普段二人には自由にさせているがこれは看過できない。
「よそ様の大事なご令嬢を危険な目に遭わして…」
「お待ち下さい殿下!わたくしからお願いしたのですっ」
珍しくマナー違反だが食いぎみに焦ってるソフィーリア嬢。
うん、落ち着こう。俺も落ち着く。
長くなるので一度切ります。