誕生
壁町アウル。
王国と城の壁であり、盾でもある城壁に囲まれた小さな町。
と言っても、アウルの城壁の大きさは、城や王国の城壁と比べるとかなり小さい。
精々、三階建ての一軒家分の高さくらいだ。
アウルは伯爵家のお偉いさんが管理する領主地でもなければ、特別な何かがある程、優遇されるような町でもない。
では何故|ただの小さな町に城壁が設置されているのか、その疑問にお答えしよう。
アウルから少し離れた南の地には『騎士国ドラゴニア』という王国があり、その国はギラ•ランド•ドラゴニアという王様が統治している。
ギラは騎士国ドラゴニアだけでなく、この地『ドラゴニス大陸』を所有地としている。
故に、ドラゴニス大陸にある全ての村と町はダンの物であり、その地に住む人々は全てダンの民である。
ギラが『最強の人間』として、ドラゴニス大陸を統べる王として君臨した時、ダンはドラゴニス大陸の全ての村と町に、城壁を授けた。
城壁は騎士国ドラゴニアより遥かに小さいが、それで充分だった。
何故なら城壁は硬くて丈夫で、並の魔物の侵入を拒むからだ。
城壁が与えられた村や町の地域には、並以上の力を持つ強力な魔物は生息していない。
故に村や町の人々は皆、魔物に怯える事もない安全地帯で平和に暮らしている。
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世界が暗闇に包まれた新月の夜。
町のあちこちに設置された街灯魔導機から出る光が、夜となった町を照らしている。
そして静かと化したアウルのある一軒家では、ある奮闘が起こっていた。
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ベッドで横になっている一人の女性が大声を上げていた。
女性は妊娠していて、今日が記念すべき我が子が生まれるのである。
女性は今戦っているのだ、出産の痛みと。
部屋には防音のルーンが刻まれていて、部屋から音が漏れる事はない。
故に女性は、安心して大声を上げる事が出来る。
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長い奮闘の末、女性は無事に我が子を出産した。
依頼で出産の手伝いをしに来た医師の手助けもあり、女性と赤子は何の支障もなかった。
「ふふ。 私譲りの灰色の髪をしているのね」
生まれたばかりの我が子を女性は優しく抱く。
女性は我が子を抱きながら窓から夜空を見上げていた。
新月の夜は、月が暗闇に覆い隠される夜。
故に新月の夜は不幸や災いが起こりやすい不吉な夜として、世界で不気味がられている。
だけど女性は新月の夜を見上げても何も怖くはなかった。
我が子が無事に産まれた事もあるが、彼女はそう言ったオカルト話は、あまり信じない傾向の人だったからだ。
「...あれは」
女性が夜空を見上げていると、一瞬だけどありえないものを目にした。
暗闇しか映らない夜空で、
一瞬だけ映った小さな光を女性は目にした。
「エレン...。 この子の名はエレンよ」
一瞬現れた光を目にし、今思った彼女は、
生まれたばかりの我が子に「エレン」と名付けた。
これから先、
エレンは多くの辛い事、悲しい事、の人生を歩む事もあるだろう。
それは生きる上では当たり前の事、誰だって辛い事は最低でも一度は目にする。
だけど暗闇の中、
一瞬だけど現れたあの小さな光のように、この子の生きる未来が、
光ある未来になるよう意味を込めて、彼女は我が子に“エレン”と名付けた。