玉国くんはヘビメタる!
来た来た! 来たわ……!
まんまとあたしに呼び出されて彼が、何かを勘違いしているようなニヤニヤ顔と緊張したような歩き方で、あたしの待つ放送室にやって来る!
あたしは覗き見ていたことがバレないように、彼が扉に手をかけるその前に、椅子にどっかりと腰を下ろした。
「来ましたよー?」
彼は入って来るなり、あたしの顔を見て、嬉しそうに顔を、恥ずかしいくらいに笑わせた。
「僕を呼び出したのは、君かい?」
いいわぁ……。
やっぱり、いい!
「そうよ。玉国光くん」
うっとりしている心を見られないように、あたしは平常心を装って、口だけでにっこりと笑って見せた。
「そ、それで……」
もじもじする玉国くんはキモかった。
「なっ……、何の用だい?」
「あたしは2年B組の中日すずめよ。よろしく」
「よっ……、よろしく! 君、可愛いね! すずめちゃんって名前も可愛い! で? で? 俺に何の用?」
著しく興奮している。あたしに告られるとでも思ってるんだろうな。そう思わせたままでは悪いので、あたしは腕を組み、単刀直入に用を口にした。
「用事というのはね、あなたにヘビメタって貰いたいの」
彼が思考停止した。あたしの顔をまっすぐ見つめたまま、まばたきをしていない。
「……ヘビ?」
「ヘビメタよ、ヘビメタ。ヘビメタぐらい知ってるでしょう?」
「いや……、俺、別にメタラーじゃねーし……。女性アイドルとかのほうが普通に好きだし……。大体なんで、用事がヘビメタ?」
「あなたの素質をあたしが見抜いたからよ。玉国くん、あなたにはヘビメタの素質があるわ」
「へ、ヘビメタの素質って……どんなの? あ。ヴィジュアル的な?」
「ヴィジュアルで言えばあなたはヘビメタとは程遠いわ。顔は面白いし、スポーツ刈りだし、声も情けないもの」
彼は何十発もの矢を食らったようにがっくりと膝をつくと、すぐに立ち上がった。
「じゃあ何なんだよ!? どうして俺にヘビメタの素質があるとか思ったわけ!?」
「ふふ……」
あたしは値踏みをするように彼を足の先から頭のてっぺんまで眺め回すと、教えてあげた。
「名前よ。名前にピンと来たの」
「やっぱり名前かよ! でも、じゃあ、俺の親父でもいいじゃねーか!」
「お父さんはダメよ。きっとヘビメタの激しさに耐えられないわ」
「俺、こんな松葉みたいなヒョロヒョロだぜ? 俺だって耐えられねーだろ!」
「いいのよ。ヒョロヒョロはヘビメタの一極とも言えるわ。それにその松ぼっくりみたいな頭。きっとステージ映えする。名前もそうだけど、そのヒョロヒョロにもあたしは惚れたのよ」
「ほっ……、惚れたの!?」
「ええ……。メロメロのメロコアよ」
そう言いながら、あたしは制服を脱ぎ捨てた。玉国くんがわざとらしく手で自分の目を覆いながらしっかり見ていた。でも残念ね。あたしの制服の下は黒いレザー……
「うっひょーっ!」
玉国くんが鼻血を噴出した。
しまったわ……。下着すら着けて来るのを忘れていた。
「いいんだね!? いいんだね!?」
そうほざきながら飛びかかって来た玉国くんをハイキックで床に埋めると、その頭を黒いブーツで踏みつけ、黒いパンツを履きながら、あたしは言ってやった。
「あたしの名前は中日すずめ。メタル名は『スズメタル』よ。あなたは何がいい?」
ちなみにあたしのお父さんの名前は中日竜。熱烈なタイガースファンだ。
「何がいい……って?」
「メタル名よ。『タマメタル』と『ピカメタル』、どちらか選びなさい」
「どっちも嫌だ!」
あらあら。ここに来てメタル拒否? と思ったら……
「俺は『キングメタル』だ!」
結構ノリノリだった。嬉しいけどそれ、なんかとんでもない雑魚モンスターの王様みたいね。
「で? 俺様ことキングメタルは何をすればいい? 君と付き合っちゃえばいい?」
あたしは変形エレキギターを手に取ると、稲妻のごとき速弾きを披露した。
「あたしがギターを弾くから、あなたは歌いなさい!」
「ヘビメタの曲、ひとつも知らねーよ!」
「魂のままに叫べばいいのよ! あとはあたしがギターで何とかする!」
「わ、わかった……。ぎゃあああああ!!!」
「ひどい! ひどすぎる!」
あたしは足元のエフェクターを足で踏んだ。
「これでも喰らいなさい!」
途端に彼の掴んでいるマイクにエフェクトがかかる。
彼の締め殺されるアヒルみたいな叫びが一転、地獄の鬼の咆哮のごときに変換された。
「あとこれよ! そのショボい坊主頭にウィッグを!」
あたしは用意していたブローノ・ブチャラティ風のウィッグを彼に被せた。たちまち彼はJojo立ちした。ポーズがまるでマリリン・マンソンが化けた腐りかけのゾンビみたいだ。行ける!
「あたしの目に狂いはなかったわ!」
パワーコードを高速で掻き鳴らしながら、叫んだ。
「キモ男子とメタルの融合! ギタリストは超絶美少女! これが次世代の世界戦略! 天下取るわよ、玉国くん!」
校内放送のマイクのスイッチが入ったままになっていることをあたし達は知らなかった。
汚い騒音を全校中に撒き散らした罪で、あたしと玉国くんは二日間の謹慎を言い渡された後、あまりの恥ずかしさに解散した。