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50 レイピック家の事情

 王立学院の三つの寮には、バルネアと呼ばれる共同の大浴場が設置されている。

 それは男女別々の豪華な入浴場で、鮮やかななタイルで装飾がなされ、学生は自由に利用することができる。大きな風呂には、温度の低いものと高いものの二種類がある。低い温度の風呂の方は深さもあるので、学生の中にはそこで泳いでいる者も多い。



「訓練が思ったより長引いたから、サウナに入ってる時間は無さそうだね」

「しばらくは短時間の訓練って言ってたのに、今日は初日のだったからこんなに長かったのかなぁ?」

「いろいろと始める前に説明が多かったからじゃない? 訓練自体は……あれでも短い方なのかもね」

「あー、うん」


 熱い方の湯船に浸かりながらアスールとシアンは今日の訓練を思い出して無言になった。


「とにかく今日の疲れをお風呂で取って、いっぱい食べて、早く寝よう!」

「ルシオ、明日提出の魔導薬学のレポート、もう終わってるの?」

「あっ!」

「ちゃんと終わらせてから寝よう。ね?」

「分かった」




 食堂の入り口でギアン先輩が笑顔で二人を待っていた。


「いつも一緒の子は良いの?」

「マティアスのことですか?一応誘ってみたのだけど、別の友人と食べるそうです」

「遠慮させちゃったかな?」

「気にしなくても、彼なら大丈夫ですよ」

「そうかい?」


 ギアン先輩を先頭に三人で列に並んだ。すぐ後ろに立ってみると、ギアン先輩は四年生にしては背も高く、身体つきも非常にがっしりとしている。その上、ルシオと同じか、それ以上に皿に料理を盛り付けている。


「先輩は騎士コースですか?」


 アスールは思い切って聞いてみた。


「ああ、これ? 食べ過ぎだろうって?」

「いいえ。その位の量なら見慣れています。ほら!」


 アスールは後ろで料理を山のように盛り付けているルシオを指差した。


「うわ。一年生であの量は凄いな。今日の訓練で余程お腹が空いたのかな?」

「あれは彼の通常の食事量です」

「そうなの? それは驚いた! ああ、そうだ。さっきの質問だけど、当たり! 僕は騎士コースだよ」

「ですよね。凄く身体を鍛えているように見えます」

「そう?」



 空いているテーブルを探して席に着いた。こうしてテーブルに並んだトレイを見ると、まるでアスールがひどく少食のように思えてくる。


「何ニヤニヤしてるのさ、アスール」

「えっ? ニヤニヤしてた? ちょっと比較して見ていただけだよ」

「ふうん」


 ルシオは納得いかないという表情を浮かべていたが、一旦食べ始めるとそれまでの会話なんて思い出しもしないような見事な食べっぷりを今日も披露した。


「彼、美味しそうに食べるね」

「そうなんですよ。いつもああして大量に食べるんですけど、どういう訳かルシオはちっとも太らない。あの栄養はどこに消えてるんだろうと不思議に思うんです」

「確かにそうだね」



 食事も一段落し、席を譲らなくてはならないのでアスールが提案して談話室へと移動した。ダリオがお茶を用意すると言ってくれたが、今回はそれを断り、ダリオには、先に自室に戻っても構わないと伝える。


「何かお話があったのですよね?」


 アスールは率直にギアン先輩にそう尋ねた。


「話っていう程のことでは無いですよ。訓練が再開してしまって話が途中になってしまったので」

「そうだ! 先輩が貴族にも関わらず雇傭システムを利用しているって話をしてたんでしたよね」


 ルシオが思い出したように話し出す。


「レイピック辺境伯領って、確か、ダダイラ国とガルージオン国、その両国との国境沿いでしたよね?」

「そうです。バルマー君はよく勉強をしていますね」

「たまたまです。友人がレイピック辺境伯領のお隣の領地から来ているので知っているだけですよ」

「マティアス・オラリエ君ですね?」

「はい」

「オラリエ辺境伯領は我がレイピックの左隣。ガルージオン国とマルテーラ公国の二国と国境を接しています」

「二つの辺境伯がクリスタリアの国境線をを守ってくれているってことですよね?」


 ギアン先輩は曖昧な笑顔をルシオに向けた。



 先輩の言ったように、クリスタリア国は領土のほとんどが海に向かって開けており、国境を接しているのは先程名前があがった三カ国だけだ。西側からダダイラ国、中央にガルージオン国、東側にマルテーラ公国。

 ガルージオン国とは過去に何度も小競り合いを繰り広げてきた歴史があるが、現在の第二王妃の輿入れと同時に平和条約を結んでいる。

 マルテーラ公国とは長きに渡り友好関係を続けており、過去にトラブルが起きたという話は聞かない。

 ダダイラ国に関しては、現在は女王が即位しており、政治も治安も比較的安定していると聞く。



「何か問題があるのですか?」

「ダダイラ国との間に……と聞かれれば答えは『NO』です。ただし、我が領内にダダイラ国籍を有する者が多く密入国しているという事実はあります」

「密入国?」

「はい。どうやら国境を接する鉱山を開発する目的があるようです」

「これって、僕らが聞いて良い話なの?」


 ルシオが疑問を口にした。


「この件に関しては既に正式な形で国には報告が上がっています」


 先輩は心配いらないと笑った。


「僕が問題視しているのは、我が領のほとんどが山岳地域であり、交通の便が非常に悪いことです。そのせいで、何かあった時の連絡が遅れ気味になる」

「その打開策として、先輩はホルクの活用を考えている訳ですね?」

「ええ、その通りです。学院卒業までの二年間で、僕はホルクの飼育、管理、運用などの全てを学び、それを領地に持ち帰りたいと思い、ホルク研究室の雇傭システムに登録しました」



 ルシオがなんだか考え込んでいる。


「あの。もし違ったらすみません。もしかすると、ギアン先輩もホルクの購入希望を飼育室に出していましたか?」

「ええ。確かに」

「やっぱり」


(そう言われてみると、飼育室に話を聞きに行った時に、もし僕たちが引き取れないようなら、次の人に話をするようなことを先生に言われた気がする。あれはギアン先輩のことだったのか……)


 アスールは思い返していた。



「あれは、お二人の方が飼育室に申し出るのが早かっただけの話なので、どうかお気になさらず。部屋の問題もありますし、どのみち僕がホルクを引き取ることは無理だったと思います」

「そうですか」

「実際に雛鳥を自分の手で育てるのが、ホルクを理解するには最短で最善の手だと思います。ですが、飼育室に通い始めて気付きました。多数のホルクをああしてまとめて管理することは本当に大変で、とんでもなく膨大な仕事量があるということに」


 ギアン先輩は楽しそうだ。


「逆に引き取れなかったことに今は感謝していますよ。もちろん、これは本心です」


 それからギアン先輩は少し前のめりになってアスールとルシオに小声で話した。


「実は今日僕が訓練をしていたホルク、僕の学院卒業時に買取の交渉を飼育室長としているんです。来年も訓練要員として名乗りを挙げようと思っているので、上手くすれば二羽のホルクをレイピック領に連れて帰れるかもしれません」




「なんだか先輩、凄くいろいろと考えて行動していて驚いたよ。何が凄いって、雇傭システムで稼いだお金をホルクの買い取りに使うつもりだって言ってたじゃない? 僕らなんて全額親に出して貰っちゃったよね。当然のように」

「そうだね」

「レイピック辺境伯量は鉱山からの産出物で随分と豊かだって話だから、何も先輩が費用を出さなくてもホルクを手に入れることなんて簡単そうなのに、敢えてそうしないのだから、本当に素晴らしいよ!」


ルシオはすっかりギアン先輩に魅了されているように見えた。


「明後日以降も先輩とは訓練の時に会えるから、いろいろと話を聞きたいな。ね、アスール」

お読みいただき、ありがとうございます。

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