48 ホルクとセクリタ作成(2)
次の週には全員セクリタを染め上げ、授業前にはそれぞれのセクリタを見せ合っていた。
「うわ。カタリナさんのセクリタ、アスールの瞳の色そっくり!」
ルシオの声にクラスの皆がカタリナの席の周りに集まり、色を比較しようとカタリナの後ろの席に座っているアスールの顔を覗き込んでくる。
こんなにもあからさまに皆にまじまじと顔を見られるのは初めてで、アスールは居たたまれない気持ちになった。
しばらくは存在していた貴族とか平民だとかの壁は、今ではすっかり無くなっている。
「本当だね。ちょっと殿下の瞳の方が明るい?」
「そうだね。でも光が当たるとカタリナさんのセクリタも明るく見えるよ」
皆が口々にカタリナのセクリタとアスールの瞳について思い思いの感想を口にしている。
カタリナが手に持っているセクリタは深く濃いグリーンで、光にかざすとキラキラととても美しい輝きを放っていた。
(僕の瞳ってあんな感じに見えてるのか……)
皆の目に映る自分の瞳を想像して、アスールはなんだかくすぐったいような恥ずかしいようななんとも言い難い気持ちになった。
セクリタはどれひとつとして同じ色のものは無く、それぞれにキラキラと輝いていて見ていて飽きることがない。
「いつまで喋ってるんだ? 鐘がなったのに聞こえてないのか? 早く席につけぇ」
フェリペ先生が教室に入って来て皆に着席を促した。教室の中央に集まって喋っていた皆がそれぞれの席に移動していく。
「今日はホルクを飛行させるためのセクリタを作成するぞ。今日は誰に見本をやってもらおうかな。誰か立候補する者は居ないか?」
先生の問いかけに数人が手を上げた。
「じゃあ、サムネル・ドラン。自分のセクリタを持って前に」
「やったー」
サムネルが嬉しそうに自分の赤いセクリタを掴んで教壇のところまで駆け寄った。フェリペ先生は透明なケースと木槌をサムネルに手渡した。
「思い切りよくいったほうが綺麗に砕けるぞ」
「えっ? ……砕く?」
「そうだ。そのセクリタを砕く!」
サムネルはキョトンとして隣に立っているフェリペ先生を見上げている。
「ん? もしかしてお前分かってない? ホルクに取り付けるためには、そのセクリタを小さく砕いて欠片にしないと駄目だろう?」
サムネルがハッと息を飲んだのが見ていた皆にも伝わった。
「そうでした……」
「やれるか?」
「…‥はい」
サムネルは自分の赤いセクリタをケースにセットして木槌を手に持った。皆の視線が集まる中、木槌を勢いよく振り下ろした。
セクリタが勢いよく砕けて、小さな欠片が四方八方飛び散り、透明なケースの壁に当たる。不思議なことにケースの中には殆ど同じ大きさの、丸みを帯びた沢山のセクリタの欠片が出来上がっていた。
「よくやった」
フェリペ先生に声をかけられてサムネルがハッとして、先生と出来上がったセクリタの欠片を驚きに満ちた目で交互に見ている。
「こんな風に砕けるとは思わなかった……」
サムネルがぽつりと呟いた。
「確かに不思議だよな。砕け散った欠片が全く尖っていなくて、どれも皆同じように丸みを帯びてるなんて。でも、これが魔鉱石、セクリタだ」
呆気に取られているサムネルにフェリペ先生は小さな黒い箱を手渡した。
「これに欠片を全部入れて保管するんだ。失くすなよ」
「はい」
「じゃあ、席に戻って良いぞ」
サムネルは行きとは違い、今度はとても慎重な足取りで、黒い小箱を大事そうに抱えて席へと戻って行った。
「木槌とケースは三セットしか用意してないので、ここで順番に使ってくれ。使用後に清掃するから、次の者は必ず清掃済みのものを使用するように。じゃあ始めよう」
前の方の席に座っていた三人が教壇のところへ行って道具を受け取っている。おっかなびっくり木槌を降り下ろした女子のセクリタは全く砕けず、彼女は三回目でやっと成功していた。
「結構力が要りそうだな。ルシオもやったことあるんだろう?」
じっと見入っていたマティアスがアスールの奥に座っているルシオに問いかけた。
「セクリタに魔力を流したことはあるけど、割ったことは無いよ。アスールは?」
「僕も割るのは初めてだよ」
「王都の貴族の子どもたちは、誘拐とか、事件に巻き込まれたりとかの対処とか、万が一の用心のために、小さい頃にセクリタを作っておく家庭が割と多いみたいだよ」
「へえ、そうなのか。地方じゃそんな話は聞かないけどな」
「じゃあ、マティアスはセクリタを作ったのも今回が初めてだったの?」
「いや、それは無い。王都に出てくる前に連絡用に作って置いて来た。たまに母親からのホルクが飛んで来てるよ。返信用に父親のセクリタの欠片も持たされてるし」
「ああ、そうだよね」
順番が来て、三人も教壇のところで道具を受け取った。
マティアスはなんの躊躇もなく木槌を振り下ろして、あっという間にセクリタの欠片を作り上げ、先生から小箱を受け取ると欠片をざざっと小箱に移した。
横で見ていたアスールはマティアスのその余りの躊躇いのなさに思わず吹き出した。
「え? 何?」
「いや、ごめん。なんでも無いよ」
「マティアスらしいなってことだよね? アスール」
「そうだね」
マティアスは訳がわからんといった顔をしながらアスールとルシオを見てから、さっさと席に戻って行った。
「僕たちもやりますか」
「そうだね」
二人はほとんど同時に木槌を降り下ろした。
ー * ー * ー * ー
その日の午後、ホルク飼育室の担当者から実際にホルクを使った通信手段の方法を教わった。
ホルクにセクリタの欠片を取り付ける方法、手紙のセットの仕方。最後に左側にホルクを乗せて、その腕を振り上げてホルクも実際に飛ばしてみた。
思いの外大きいホルクに戸惑ったり怖がったりする者も居たが、最終的には全員が課題をクリアしてその日の授業は無事に終了した。
「この飼育室ではホルクを使っての手紙の配達を承っております。王都の周辺でしたら利用料金は千リルです。長距離をご要望の場合の金額は都度ご相談させて頂きます」
「ははは。最後にしっかり宣伝していくんだね」
「ルシオ君、ちゃんと聞こえていましたよ」
「あちゃー」
授業後、飼育室から来ていた先生の一人からそう言って呼び止められた。
「すみませんでした」
「まあ良いでしょう。それよりも来週から春に孵ったホルクの飛行訓練を始めます。アスール殿下とルシオ君も一緒に参加すると良いですね。強制ではありませんが」
「放課後ですか?」
「ええ。しばらくの間は風、水、雷の日に行います」
「週に三回も?」
「慣れるまでは短時間で回数を多く。徐々に回数は減らしていきます。特に初めのうちはちゃんと参加することをお勧めしますよ」
「分かりました。参加します」
アスールはすぐに答えた。待ちに待った飛行訓練だ。
「ルシオ君はどうしますか?」
「あの……訓練に参加するのに費用は掛かりますか? 親に確認する必要があるので」
「いいえ。費用は掛かりません」
「でしたら、僕も参加します!」
「ではお二人とも参加ということで伝えておきますね」
「「はい」」
「では来週の風の日にホルク飼育室へお越し下さい。一旦寮に戻ってホルクを鳥籠に入れ、覆いをかけた状態で連れて来ること。宜しいですね?」
「「はい」」
「では来週」
「「よろしくお願いします」」
先生の背中がある程度小さくなるまでルシオは黙っていた。だが身体はうずうず、喋り出したいのを懸命に堪えているのが伝わってくる。
「やった! 遂に始まるね! アスール!」
「そうだね。楽しみだよ」
「うん」
マティアスが興奮しているルシオの肩をガッチリと抱え込んだ。
「全く。この口は何度同じ過ちを繰り返すんだ?」
「えっ?」
「口を開く前に周りをよく見ろ!こっちまでとばっちりを受ける」
「ごめーん」
「さあ、帰ろう! 皆もう行っちゃったよ」
アスールが執り成した。実際クラスの皆は既に訓練場から教室に戻ってしまっている。
「そうだな」
「うん。今日のお茶菓子は何だろうね? アスール」
「……はあ。これだから」
マティアスは大きな溜息をついた。
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