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44 やっぱり怒られた

「アス兄様は酷いです……」


 離宮に到着早々アスールを待っていたのは、ローザからの非難の嵐だった。


 王立学院の夏の休暇が始まり、王宮に二人の兄が戻って来ることを楽しみにしていたローザは、迎えに出た馬車寄せで、馬車から降りて来たのがシアン一人だけだったことに愕然とした。

 まさか王家が揃って列席するのが慣例となっている夏の成人祝賀の宴をアスールが欠席するとは想像もしていなかったのだろう。

 さらに、ローザ以外の家族皆がアスールが戻らないことを知っていたことに憤慨したのだ。さもありなん。



「ごめんよ、ローザ。ちゃんとお土産はあるから……」

「お土産で許してもらおうなんて、兄様は甘いです!」

「じゃあ、いらない? レイフのお勧めの店で見つけたんだけど……」

「いらないとは言ってませんよ」

「はい、これね」

「……ありがとう存じます」



 アスールはローザに大きな包みを渡した。アスールたちは島の屋敷でローザに用意した土産を綺麗な紙で包んで美しくリボンをかけ、それをまた美しい紙で包んで可愛くリボンをかけるという作業を何度も繰り返す “悪戯” を施していた。


 ローザが何重にもリボンがかけられているその包みを上から順に開けている様子を見てアスールとルシオは顔を見合わせペロリと舌を出した。


「随分と日に焼けたのね? 楽しかったのでしょう? 二人とも」


 ローザがアスールに上手く丸め込まれる様子を楽しそうに座って見ていたパトリシアがアスールとルシオに声をかけた。


「「はい。とても」」

「それは良かったわ。リリアナ様たちご家族は皆様お元気でしたか?」

「はい。母上はレイフがリリアナ様の息子だとご存知だったのですね?」

「ええ、最初にダリオから “アルカーノ商会” という名前を聞いた時からね。黙っていてごめんなさい。だって、貴方は知らずにお友だちになったのでしょう? だったら、私の口から真実を話すのもねえ。それはどうかと思ったのよ」


 パトリシアはクスクスと楽しそうに笑っている。


「まあ良いですけど。……はい。これは母上と姉上にお土産です。アリシア姉様はどちらに?」

「あら、ありがとう! アリシアには語学の教師が来ているのよ。後で貴方から渡してあげて」

「はい」

「アスール、僕には何も無いのかな?」


 ローザが包みを開けるのを横でリボンをまとめながら楽しそうに見てたシアンが振り返ってアスールに尋ねた。


「男性陣には特に……」


 アスールは申し訳なさそうに答える。それを見ていたルシオが


「ちゃんとあるじゃない、アスール。ほら、あれ!」

「ああ、そうだ! ダリオが全部まとめて梱包してくれてるんだった。後で受け取って来ますから少々お待ち下さい、兄上。夕食の時にでもお出しします」

「夕食?」

「はい」


 そう言ってアスールとルシオはまた顔を見合わせて意味ありげな笑いを浮かべた。



「やっと出てきました! まあ、可愛い!……この泳いでいるのは、お魚ですか?」

「それはイルカだと思うよ」


 ローザが沢山の包み紙の山の中で、アスールがテレジアの店で選んだイルカの置物を持ち上げて見ていた。二頭のイルカが泳いでいる。


「イルカ? まあ、イルカってピンクとブルーなのですか? 可愛い!」

「いや、色は黒味がかった灰色のが普通だと思うよ。僕も本物は見たことは無いけど」


 シアンが答えている。


「そうなのですか? シア兄様も見たことは無いのですね? アス兄様、兄様はピンクのイルカをご覧になって? これみたいな!」

「あっ、いいや。僕たちが見たのは灰色だったよ。ローザが持っているのはあくまでも土産物だから……。もしかすると世界のどこかの海にはピンクもいるかもしれない? ちょっと分からないけどね」

「適当なこと言うなよ、アスール」

「だって、居ないとは言い切れないだろ。見たことないだけで……」

「ええ、そうかなあ……」

「ルシオ様も一緒にご覧になったのですか?」

「はい。船のすぐ近くを並ぶように泳いでいて、とっても可愛かったですよ」

「まあ! お母様、来年は私もその島へ行きたいです!」


 ローザはイルカの置き物を抱えてパトリシアの横に移動し、置き物を左右に揺らして母にイルカを泳がせて見せた。


「無理は言わないのよ、ローザ」

「リリアナ様は来年はローザも連れていらっしゃいって仰ってましたよ」

「じゃあ、お父様に相談しましょうね」


「リリアナ様は陛下はうんって言わないだろって言ってたよな」


 ルシオが「やっぱり!」といった表情で楽しそうにアスールに耳打ちした。


「余計なことを……」


 アスールは肘でルシオの腕を押して黙らせた。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



「まさかさっき言っていたお土産が、君たちが手作りした料理だとは思いもしなかったよ」


 シアンの意見に食事を囲んでいる全員が頷いた。


「とっても美味しいわ」

「本当に」


 姉のアリシアも母のパトリシアもその日の夕食に出した “オイル漬け” の出来栄えに感心したようだ。皆がこぞって褒めてくれるので、殊にルシオはすっかり舞い上がっている。


「すごく沢山釣れたんですよ。それはシーディンという魚です」

「アス兄様も沢山釣ったのですか?」

「僕? 僕は……まあ、五匹だけ」

「じゃあ、どなたがこんなに沢山釣ったのです?」

「レイフとか、ルシオとか、後の人たちとか」

「アスールは小さい子たちにすごく懐かれて、その子たちから随分沢山分けて貰ってたよね」

「そうだよ。釣りは余り得意じゃないんだ」

「まあ、小さな子たちって?」



 結局食事の間中、それから食事の後のお茶の時間もずっと、アスールとルシオはローザから質問責めにあった。


「やっぱり私も来年は島へ行きたいです! 船の乗って、海で泳いで、イルカを見て、釣りをして、裏山で美味しいお水を飲んだり、木の実を取ったり……楽しいことがいっぱいですね」

「まあ、そうだね。でも多分ローザは釣りはやめておいた方が良いと思う」

「何故です?」

「だって、ほら。餌が……あれだし」

「餌ですか? お魚の?」

「うん。そうだよ。ね、ルシオ」

「うーん。確かにちょっと無理かもしれないですね」

「どうしてですか?」

「……ウネウネクネクネモゾモゾですよ」

「?」

「虫ってことです」

「……」

「あら。アスール虫は苦手じゃなかった?」


 楽しそうに子どもたちの話を聞いていたパトリシアが驚いたように聞いてきた。


「はい」

「でも、五匹は釣ったのよね?」

「付けて貰いました」

「え?」

「アスールは餌を見るなり驚いて箱ごと全部ぶち撒けたんです。見兼ねた子どもたちがアスールの針に毎回餌を付けてました」


 そう言ってからあの惨状を思い出したのか、ルシオは必死に笑いを堪えている。パトリシアも笑いたいのを息子の名誉を(おもんぱか)って堪えているようだ。


「……釣りはやめておきます」


 ローザが小さく呟いた。



「ところで、お祖父様はいつハルンにいらっしゃるのですか?」

「三日後だと思うわよ。どうかして?」

「いえ、どうということでも無いのですが、僕のホルクがもしかしたら雌かもしれないと言われたので、お祖父様に見ていただきたくて」

「えっ、そうなの?」


 片っ端から焼き菓子を平らげていたルシオの手が止まった。


「島のホルク厩舎の管理人に言われたんだよ。ピイはちょっと小振りだから雌かもしれないって」

「へえ、そうだったんだ」

「雌だったら卵を産みますね。そうしたら私にも下さいね!」


ローザが目を輝かせている。


「まだ雌かどうか分からないし、雌だったとしても卵を産むのは早くても数年後だよ。その頃アスールはまだ学院生だ。だとすれば、ローザがホルクを育てる最低条件は学院に合格することだね」


 ソファーに座っているローザの後ろに、いつの間にかシアンが立っている。シアンはにこやかに微笑みながらローザの両肩に手を置いた。


「余り夜更かしをすると、明日の勉強の時間に眠くなってしまうよ。もう休んだ方が良い」

「……はぁい」

「お休みなさい、ローザ」

「お休みなさい、お母様。皆様。また明日」

「「お休みなさい」」


 ローザはエマに付き添われて部屋を後にした。


「ローザは学院を受験するのですか?」

「本人はそう望んでいるわね」

「本人は?」

「ええ。カルロはいい顔をしないのよ。心配で仕方がないのでしょう。いろいろな意味でね」


 そう言ってパトリシアは困ったように微笑んだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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