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閑話 フェイ・クランの独白

 僕の名前はフェイ・クラン。六歳。

 僕の苗字がクランになったのは、本当につい最近のこと。それまでは、ただのフェイだった。



 僕と、僕の妹のミリアは、キルキア国で生まれた。

 父さんは腕の良い飾り職人だって母さんは言っていたけど、ミリアが生まれてしばらくして出て行ったきり父さんは戻って来ない。

 僕はなんとなく父さんの顔を覚えているけれど、ミリアにとっては最初から父親なんて居なかった。


 母さんはいつも優しくて、料理を作るのが上手かった。ただもともと身体が丈夫な方ではなかったみたいで、時々具合が悪くなって寝込んだ。

 家に父さんが居ない分、母さんは僕とミリアを育てるために無理をしていたんだと思う。

 母さんが寝込むと、当たり前だけど母さんは仕事に行かれなくて、僕たちはだんだんと食べるものを手に入れることにも苦労する様になった。


 それでも長いことお針子をしていた母さんはとっても腕が良かったみたいで、母さんが刺繍をしたハンカチやちょっとした巾着袋なんかが家にあって、母さんはそれを売って食べ物を手に入れてくれてたんだ。僕たち三人は貧乏だったけど、凄く幸せだった。


 だけど一年前のある日、母さんはひどく咳き込むようになって、熱もちっとも下がらなくなった。医者に診てもらうお金なんて家には無い。母さんはあっという間に衰弱して、ある朝、僕とミリアが目を覚ました時にはもうすっかり冷たくなっていたんだ。



 母さんが死んでから、僕とミリアは父さんの兄だという人に引き取られることになったんだ。その伯父という人は、僕たちが暮らしていた村からは随分と離れた港町で商売をしているという話だった。

 他に身寄りが無かった僕たちは、孤児院に行くか、その家に世話になるかしか選択肢は無くて、近所のおばさんたちは「引き取ってくれる家があって良かったね。元気で暮らすんだよ」と言って、僕たちの新しい生活を祝福して送り出してくれたんだ。


 新しい家には三人の子どもが居た。三人とも年齢の割に身体が大きくて、ちょっと意地の悪そうな嫌な目付きをしていると最初に思った。

 伯父さんは良い人だったけど、そこの家の義叔母さんは最初は気付かなかったけど、本当は凄く嫌な人間だった。


 僕は伯父さんの商売の手伝いをすることになって、昼間は港で船の荷下ろしや掃除などをした。まだそんな年齢じゃ無いからと、学校には行かせてもらえなかった。

 まあ、家の下の子も学校には行ってなかったし、それは嘘じゃなかったかもしれない。


 時々、港に着いた商船の荷下ろしの手伝いに駆り出された時に良いこともあったよ。

 クリスタリアって国から頻繁に来ていた船の船員さんたちは優しい人が多くて、手伝いをしている僕に飴をくれることもあった。

 時には頑張ったからと小遣い程度のお金を貰えることも。



 義叔母さんは母さんが残したハンカチなどの品を欲しがった。僕はミリアのためにそれらの品を残しておきたかったけど、見つかったら絶対に取り上げられると思って、悲しかったけど取られるくらいなら売ってお金に変えてしまう方が良いと考えたんだ。

 だから、僕は優しい船員さんにそれを買って貰うことにした。母さんがいつもいくら位で手放していたか分からなかったけど、結構な金額になった。

 僕はそのお金と、ちょっとずつ稼いだ駄賃を、いつかミリアと二人で暮らす日のために貯めることにしたんだ。裏庭の隅に埋めてね。



 あの家に行ってしばらくした頃から、ミリアは笑わなくなった。もともと痩せていたのに、もっと痩せて、そのうちほとんどお喋りもしなくなった。

 何を聞いても黙って首を振るだけ。時々僕が船員さんから貰ってくる飴を美味しそうに食べる時だけはニコッと少しだけ笑った。


 悲劇は突然やってきた。裏庭にお金を埋めているのが一番上の子にバレたんだ。僕は殴られて、地面に押さえつけられてお金はアイツらに全部取り上げられた。

 アイツらはそのことを親には内緒にして、僕のお金を使って好き勝手やっていた。もしも父親に告げ口をしたら、黙って金を貯めていたことをバラして家から追い出してやると脅してきた。

 あっという間にお金を使い切ったアイツらは、僕がたまに貰える駄賃さえ取り上げようとした。無いと言うと妹のミリアを殴る真似を僕に見せつけて脅すんだ。最低だよ。ミリアは縮こまってガタガタ震えてた。

 でも、それは殴る真似だけじゃ無かったんだ。実際ミリアは殴られていた。僕が気付かなかっただけなんだ。


 僕はミリアを連れて逃げる決心をした。このままじゃアイツらに食い物にされるだけだ。きっと伯父さんは助けてくれない。多分義叔母さんはアイツらがやっていることに薄々気づいてる。


 ある夜僕はミリアを連れて家を出た。目を付けていた船にそっと忍び込んで、船倉の荷物の隙間に二人で身を隠した。

 その船を選んだのは、昼間見かけたその船員がいつも優しい人たちと同じ言葉を話していたからだ。僕はどうしてもクリスタリアに行きたかった。



 船はテレジアという町に着いた。凄く大きくて綺麗な町だった。でも、助けてくれる知り合いなんて居ない。お金も無い。

 夏だったから、とりあえずすぐに凍え死ぬことは無い。凄く嫌だったけど、市場で食べ物を盗んだり、財布を取ったりしてどうにか生き延びていた。あの家に居るよりは、こんな生活でも幸せだと思った。だってミリアが笑うんだ。



 アスール兄ちゃんの大事な時計を盗んで捕まった。


 もう二度とミリアに会えないかと考えて、その時は気が狂いそうになったけど、アスール兄ちゃんたちは僕を許してくれた。それどころか、僕を捕まえて押さえつけたジルさんは僕とミリアを引き取ると言ってくれた。僕たちはジルさんの両親の子どもになった。ジルさんは、ジル兄ちゃんになったんだ。



 今は島で暮らしてる。毎日午前中はリリアナ先生のところで勉強したり本を読んだりしている。ミリアも一緒に。

 お昼はそこに来ている島の子たちと一緒に食べて、午後は釣りに行ったり、泳いだり、畑の手伝いをしたり、山に湧水も汲みに行くよ。毎日本当に楽しいんだ。

 ミリアはアスール兄ちゃんに「さようなら」と言ってから、また少しずつ喋るようになってきた。

「焦らなくて良い」とジル兄ちゃんも、新しい父さんも母さんも言ってくれる。



 次の夏か、もしかしたらその次の夏。アスール兄ちゃんは「またこの島に遊びに来る」って言っていた。

 そうしたら、もう一回「ごめんなさい」って伝えよう。

 今度はちゃんと言いたいことが言えるくらいクリスタリア語が喋れるようになってるはずだからね。「僕は幸せだよ」って伝えるよ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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