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43 続く毎日

 今日も午前中は子どもたちの勉強に付き合って、昼食後は最後の思い出に浜に皆で泳ぎに行った。

 島に来た当初は色が白くて子どもたちの中で浮いていたアスールとシアンも、今では健康的に日に焼け、島の子どもたちに混じってもすっかり溶け込んで分からないくらいだ。


「あーあ。明日でこの島ともお別れか。十日なんて、本当にあっという間だったね、アスール」


 浜から戻り、荷造りもほとんど終わったので、アスールとルシオは屋敷の庭にあるベンチで他愛もないお喋りをしていた。

 ルシオが言うように楽しい日々はあっという間に過ぎて行った。明日の午前中には島を離れることになっている。



 フェイとミリアを連れて島へ戻ってからは、慌ただしい日々に更に拍車がかかった。

ジルの両親は突然連れて来られた厄介な子どもたちを、何も聞かずにすぐに受け入れてくれた。二人の表情も随分と和らいできている。

 相変わらずミリアは一言も話さないが、こればかりは時間をかけ、心の傷を癒していくしかないだろう。



 フェイもミリアも午前中は島の他の子どもたちと同じように屋敷で過ごし、午後は今後の生活の安定のために大人たちからいろいろと聞き取り調査などを受けているようだ。これにはアーニー先生も通訳のために毎回同席していた。


 密航という形で入国している二人には当然だが市民権が無い。クリスタリア国に於いては、一歳前後で住んでいる地区の役所か教会を通して市民登録をするのが一般的だ。

 もちろんこの登録は強制では無いので、全ての住民が登録しているかは定かでは無い。

 だが、登録をすることで例えば無料で学校へ通う権利を得たり、高齢の者には特定の年齢時に祝い金が出たりする。


 この市民登録に関してはリリアナが動いた。

 多少強引な手も使ったようだが、アルカーノ商会という()()()は伊達では無いようで、二人が市民権を得るまでにそれ程時間はかからないだろうとアーニー先生も言っていた。

 市民登録が完了すれば、フェイはフェイ・クランに、ミリアはミリア・クランになる。




「それにしても、ヴィスマイヤー卿って何か国語話せるんだろうね?」

「さあ、ちゃんと聞いたことは無いけど、随分色々な国を旅して来たって言ってたから」

「あの人って、なんだか独特な雰囲気があって、ちょっと格好良いよね。見た目もだけど、中身が。うちの父親もすっごく気に入ってるみたいでさ、ずっとクリスタリアに居て欲しいみたいなこと言ってたし」

「そうなんだ……」

「確かロートス王国の人だったよね?」

「そうだよ」

「ロートス王国は確かゲルダー語だよね。ゲルダー語が主言語な国って結構多いから、学ぶんだったらお勧めだったりするかなぁ? 後期から選択科目に外国語が加わるし、ゲルダー語を選ぶのも良いと思わない?」

「僕はゲルダー語にするよ」

「そうなの? アスールはもう決めてたんだね」


 大陸の北東地域ではゲルダー語が広く使われていて、ロートス王国だけでなく、近隣のノルドリンガー帝国のほとんどの地域やタチェ自治共和国、それからアスールの姉アリシアが嫁ぐ予定のハクブルム王国でも使われている。


「ゲルダー語は使用地域が広いからお得感あるよね。俺も選択はゲルダー語だな」


 レイフがフェイとミリアを連れてやって来た。


「やっぱりレイフもそう思うよね」

「そうだ、ルシオ。夕食用にレモンを取って来てって言われてるんだけど、一緒に取りに行くの付き合ってくれない?」

「レモンを? もちろん良いよ」

「じゃ、アスール。俺らちょっと行ってくるから、二人をよろしく! 戻ったら俺が家まで送って行くからさ」


 レイフはそう言うと、フェイの背中をそっと押した。


「分かった」




「こっちに来て座ったら?」


 レイフが立ち去った後も、落ち着かない様子でそのままずっと立っているフェイにアスールはそう言って、自分の座っているベンチの隣に手を置いた。

 フェイはおずおずと隣に座る。その兄の横にミリアもぴたりとくっついて腰を下ろした。


「僕にも妹が居るんだ」


 突然アスールが話を始めたので、フェイは驚いたようにアスールの顔を見上げている。


「ローザって言ってね、小さい頃は身体が弱くて病気ばっかりしていたんだよ」


 アスールが言っていることが分からないミリアがフェイの服を引っ張っている。フェイだってそれ程クリスタリア語を理解しているわけでも無いだろうに、妹のためにアスールの話を彼なりに通訳しているようだ。

 ミリアが心配そうな顔をしてアスールを見た。


「ああ、今は元気だよ」


 そう聞いて、ミリアはニッコリ可愛らしい笑顔を見せた。


「君たちにも、この国で幸せになって欲しいと思ってる」


 フェイはしばらく何か考え込んでいるように俯いていたが、急にベンチから立ち上がり、座っているアスールの目の前に向かいあうように立った。

ミリアも慌てて立ち上がると、フェイの斜め後ろに身を半分隠すようにして立っている。


「ご、ごめんなさい。とけい、とった。だいじなものだって、りりあなさんからきいた。ほんとに、ごめんなさい……」


 フェイの頬を後悔の涙が伝って落ちた。ミリアが心配そうにそんな兄の顔をのぞき見ている。


「もう良いよ、フェイ。時計は無事に戻って来たんだ。大丈夫だよ」


 アスールの優しい声にフェイのポロポロと流れる涙は何故だか勢いを増してしまった。アスールも慌てて立ち上がると、フェイを、その背中にくっついているミリアごと抱きしめた。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



「じゃあ、気をつけて」


 船着き場にはビックリするほど大勢の人たちが詰めかけていた。


 アスールたちは島から海を渡り、船でそのまま川を遡って、夏の離宮のあるハルン近くの町へ向かうことになっている。

 すっかり仲良くなった島の子どもたち、親たち、屋敷の使用人、ダリオとレシピ交換をしていた料理人の姿もある。もちろんシモンとルイスも来ていた。


「また次の夏も来るよね?」

「そうだね。来れると良いな」

「絶対に来てよ!」


 アスールにまとわりついているシモンとルイスを引き剥がすようにして、レイフがアスールに近付いて来た。


「来年の夏は、俺がアスールのところに行くんだからな。アスールがまたこの島に来るのはその次の年だ!」

「「えええーーー。何でだよ!」」


 シモンとルイスがレイフにぶら下がるようにして食ってかかっている。アスールはそれを見て笑った。


「だってさ、せっかく誘って貰ったのに今年は行っちゃダメだって母さんが言うから……」


 もそもそとレイフがアスールにだけ聞こえるくらいの小さな声で不満を漏らした。


「この夏は……仕方ないね。あの二人の面倒を見るんでしょ? 僕からもよろしく頼むよ、レイフ」

「ああ、分かってる。分かってるよ、俺だって」

「ありがとう」

「別にアスールに礼を言われなくてもさ……」

「そうだね」



「さあ、そろそろお乗りなさい!」


 リリアナが近付いて来てそう言った。既に荷物は全て積み終わっているようだ。

 アスールはポケットから小さな包みを取り出して、それをリリアナに渡した。


「お世話になりました。これは僕からのほんの気持ちです」

「まあ、アスール。貴方ってそういうところが本当にカルロそっくりよ。ありがとう。何かしら? 開けてみても良い?」

「もちろん」

「あらあらあら。素敵だわ!」


 それはアスールがフェイたちに出会うちょっと前に入った店で購入した、ボビンレースで縁取られたあのハンカチだった。


「それって家族への土産じゃ無かったのか?」


 横で見ていたレイフが目を丸くして驚いている。


「母上と姉上の分はちゃんとあるよ。ローザにはレースのハンカチは勿体無いだろ?」

「そうなのか? てっきり王族は子どもでもそういうのを使うのかと思ったよ」

「まさか」


「来年の夏はローザも連れていらっしゃい。まあ、あのカルロとフェルナンド様がそれをお許しになるかは……分からないけどね」


 リリアナはそう言いながら楽しそうに悪戯っぽく笑って、それからもう一度言った。


「さあ、そろそろ出発よ!」


 アーニー先生とダリオが船に乗り込んだ。ルシオも後に続く。


「あすーるおにいちゃん!」


フェイが妹の手を引いて近付いて来た。


「さようなら、おにいちゃん」

「さようなら、フェイ、ミリア。元気でね」


 その時ミリアがちょっとだけフェイよりも前に進み出て、本当に小さな小さな声で恥ずかしそうに「さようなら」と言ったような気がした。


 実際には周りがうるさくて聞き取れてはいなかったのだが、フェイがすぐに嬉しそうにミリアを抱きしめたので、きっとそうだったんだろうとアスールは思うことにした。

 なんだかすごく嬉しい気持ちが溢れて来て、アスールは皆に手を降り船に乗り込んだ。


「じゃあ、出発するぞ!」


 大きなジルの声と共に船は滑り出す。

 風に乗り、あっという間に手を振る皆の姿が小さくなっていった。

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