42 それぞれの事情(2)
アルカーノ商会の前では、皆の到着が遅いのを心配したアニタが外で到着を待っていてくれていた。
ギルからざっくりと事情を聞いたアニタは、先ず余りにも汚れていたフェイとミリアを風呂場へと連れて行った。
「まさかエルンストがキルキア語を話せるとは思わなかったよ。何で黙ってたんだ? 最初から通訳してくれてれば、フェイだってあんな片言のクリスタリア語で話さなくてって済んだし、もっと早く話がまとまっただろうに」
料理が冷めてしまったことを嘆いた料理人から散々「遅れるならそう連絡してくれれば良かっただろう」と責められたギルは、半分八つ当たり気味にアーニー先生に文句を言っている。
「私は今はこうしてクリスタリアの王宮に世話になっているが、いずれはこの国を離れる人間なんだ。そんな者が出しゃばるべきじゃ無いだろう?」
「ふん。物は言いようだな」
「さあ、お待たせしたわね。食事にしましょう」
アニタがフェイとミリアを連れて戻って来た。
「おお、見違えたなぁ」
汚れを綺麗に洗い落とされ、小綺麗な服に着替えさせてもらうと、想像していた以上に見目の良い子どもたちだということがはっきりと分かった。ただ、余りにも二人は痩せ過ぎている。
おずおずと席に着いた二人は、テーブルの上に並べられた沢山の料理に目を丸くしている。
「好きなだけ召し上がれ」
アニタは優しくそう言うと、どうして良いのか戸惑って居る二人の皿に、たっぷりと料理を取り分けた。最初は恐る恐る、そのうち脇目も振らず二人は食事を口に運んだ。
「よっぽどお腹を空かせていたのね……可哀想に。それで? 今後はどうするつもりなの、ギル。何か考えがあるのでしょう?」
「島に連れて行こうと思ってる」
「島へ?」
「だって、キルキアに戻すわけにはいかないだろ?」
「まあ、そうよね」
フェイは自分たちの話題をしていることが分かるのだろう、心配そうに大人たちの顔を順に見ている。
「心配するな。後でちゃんと話をしよう。今はいいから沢山食べろ」
フェイはギルに向かって頷くと、また料理に手をのばした。
昼食後、今度こそアーニー先生が通訳をする形で、詳しい事情を再度フェイから聞き出すことになった。フェイのすぐ横に座り、ミリアが心配そうに兄の服をしっかりと掴んでいる。
アーニー先生の質問にフェイが次々と答え、時々ミリアが頷いたり、首を横に振ったり傾げたりしていた。
「父親はミリアが生まれたすぐ後に出て行ったきり一度も会ってないのか。預けられてたって親戚も行方は知らないんだな?」
「そうらしいな」
「母親の方はどうなんだ?」
「えっ?」
「母親の親戚は居ないのか?」
「居たら、自分の具合が悪くなった時点で頼ってるだろう。そうしていないってことは居ないか、頼れるような関係じゃ無いってことだろうな」
「‥‥確かに」
「それで? フェイはミリアが話せなくなったのは親戚から受けた暴力のせいだと言っているんだな? はあ、参ったな。本当に参ったよ」
しばらくギルとアーニー先生の二人で、いろいろと話を擦り合わせているようだった。それからギルはフェイとミリアに向かって聞いた。それを先生がキルキア語に訳す。
「それじゃあ、二人ともキルキアには戻りたくないって事で良いんだな?」
フェイもミリアもしっかりと頷いた。
「分かった。だったら二人ともうちの子になれば良い」
「うちの子って……ギルさん結婚してたの?」
驚いたルシオが口を挟んだ。
「してねえよ。うちの子って言っても、親代わりになるのは俺じゃなくて、俺の両親だ。家は広くはないけど、結婚して家を出た姉ちゃんが使ってた部屋も余ってるし、ちっこいのが来れば、うちの親だって楽しみも増えんだろ?」
「へえ、良いとこあるじゃない」
「なんだよ、ルシオ、お前ちょっと生意気だな。で? お前たち、それで良いか?」
アーニー先生がギルの言ったことを訳して伝えると、フェイが心底ビックリした顔でギルを見つめた。ミリアはそんな兄を不安気に見上げている。
「どうする? 決めるのはお前たちだ」
「いく。いきたい」
フェイはクリスタリア語ではっきりとギルに答えた。ミリアも頷く。
「分かった。決まりだな」
ギルは二人の頭を両手でクシャっと撫でた。それから真面目な顔付きでアニタに向かって言った。
「申し訳ないけど、手紙を書くんでホルクを貸して貰えますか?」
「分かった。今、紙とペンを持ってくるわね」
そう言うとアニタは部屋を出て行った。
ギルは今度はレイフに向かって話し始める。
「リリー姐さんのセクリタ持ってるか? 持ってたら貸してくれ」
「うん。ちょっと待って。…‥はい、これ」
「助かる」
「母さんに何を?」
「これからのこと。いろいろ頼まなきゃならんことが出てくるだろうから、島に戻ったらコイツら連れてすぐに挨拶に行きたい」
「……そうなんだ」
「ああ」
フェイとミリアの二人は余程今まで気を張っていたのだろう、食事を終えてソファーに移動するとしばらくして二人とも眠ってしまった。
「寝ちゃったね」
「ホッとしたんじゃないの?」
「……そうだろうね」
「これからは幸せに暮らせると良いな」
「まあ、ギルのとこなら大丈夫だよ」
「うん」
話を聞いているだけでも壮絶な二人の過去を聞いている最中は、アスールもルシオもレイフもただただ言葉を失って黙っていることしか出来なかった。子どもなんて無力だ。手を差し伸べることすらできない。
「そういえば、アスールはいったい何を取られたの?」
「ああ、これだよ」
アスールはポケットから先程自分の手に戻ったばかりの巾着袋を出した。中からそっと懐中時計を取り出してルシオに見せる。
「懐中時計だったんだね。持ってたなんて知らなかったよ」
「貰ったのは最近だから」
ルシオが興味津々でその時計を見ている。裏返して、そこに書かれているメッセージに目をとめた。
「これって、フェルナンド様から頂いたの?」
「そうだよ」
「スサーナって誰?」
その時ミリアが目を覚ました。皆の視線が自分に集まっていることに気付いたミリアは小さく息を呑んで、慌てて横の兄を揺り起こす。
「ううううん」
起こされた方のフェイはまだ眠そうに目を擦っている。ミリアはそんな兄にしがみついた。
「ミリア? 大丈夫だよ。もう大丈夫だから……」
ミリアは小さく頷いた。それでもしっかりと兄の腕を掴んでいる。フェイが優しく妹の頭を撫でている。
(余程辛い思いをしてきたんだろうな……)
口には出さなかったがアスールは目の前の二人を見てそう思っていた。多分ルシオも同じ思いでいたのだろう。ルシオの唇にグッと力が入ったのがアスールにも分かった。
「じゃあ、そろそろ俺たちの島へ戻るとするか」
ギルがゆっくりと立ち上がる。
フェイが立ち上がるとミリアも慌てて兄の横に立った。フェイの目には今までとは違う期待に満ちた輝きがあるようにアスールは感じた。
ただ単に、そうであって欲しいとアスールが思っているだけかもしれないが、そう願わずにはいられなかった。
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