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41 それぞれの事情(1)

 路地を入ってしばらく進むと、泣き叫び抵抗する子どもの喚き声が聞こえ、ジルが暴れて逃げようとする赤毛のその少年を地面にガッチリと押さえつけているのが見えた。そのすぐ横でアーニー先生が二人を見下ろしている。


「捕まえたの?」


 ルシオがアーニー先生に駆け寄った。


「ええ」

「もしかして、他所の国の子? 言葉が通じないんじゃない?」


 喚いている少年の言葉はクリスタリア国のものではなかった。


「この国の言葉もそれなりに理解はしているようですよ」


 レイフに付き添われるようにして、アスールがようやくその場に到着した。


「ジルさん。ありがとうございます。その子と、話すことは可能ですか?」

「もちろん」


 そう言うとジルは赤毛の少年を半ば強引に起き上がらせた。地面に押さえ込まれていた少年の頬は泥で酷く汚れている。赤毛の少年は自分を拘束しているジルを激しく睨みつけた。


「僕から取った物を返して欲しい。言っている事は分かる?」


 少年は唇を噛み締め、激しく首を横に振る。瞬間、ジルが少年を締め上げている手に力が入ったのがアスールにも分かった。少年は悲鳴をあげる。


「やめて、ジルさん。まだ小さな子だよ」

「小さくても、コイツは盗みを犯してるんだぞ。取られた物を取り返したら、兵士の詰所に連れて行く」


 アスールは大きく息を吐き、少年を真正面から見つめた。


「君が持っているものは、僕にとって換えの効かない大切な品なんだ。今君がそれを返してくれるなら、君のことを兵士に突き出したりはしないよ」

「なっ、何言ってる。それはダメだ。コイツは常習犯かもしれないんだぞ」

「何も兵士ではなく、親に引き渡せば良いじゃないですか」

「……おやなんていない」

「えっ?」

「おやなんていない!」


 赤毛の少年は二度目は叫ぶようにそう言った。


「親は、居ないの?」


 アスールが確認すると、少年は小さく頷く。


「じゃあ、誰が君の面倒をみているの? お爺さんとか、お婆さんとかは?」

「いない」

「まさか、一人で暮らしているの?」


 少年は首を横に振る。


「じゃあ、誰と?」

「みりあ。いもうと」

「妹? 妹だけ? 二人で?」


 少年が頷いたので、アスールは言葉に詰まった。


「君は何歳? 妹は?」

「ろくさい。みりあはさんさい」


 ジルが頭を抱えて大きな溜息をついた。


「それで、妹はどこに居るんだ? お前が帰って来るのをどっかで隠れて待ってるんだろ?」


 少年はジルのことを睨みつけるだけで返事をしない。ジルはチッと舌打ちをしてから少年を押さえつけていた手を離した。少年は自由になった両腕をさすっている。

 アスールは再び少年に言った。


「さっき取った僕の物を返して! あれは財布じゃないんだ」


 その言葉に少年は驚いたようにアスールを見上げた。


「本当に財布じゃないんだ。お金なんて入っていないよ。嘘だと思うなら確かめてご覧」


 少年はしばらく考えた後、ズボンのポケットから小さな巾着袋を取り出した。紐をゆるめ中身を確認して愕然とする。

 そして突如緊張が緩んだのだろう、その場にへたりとしゃがみ込むとワッと泣き出した。




 アスールたちは少年が落ち着くのを待って、如何にも訳ありと思われるこの少年の事情を聞くことにした。


 少年はフェイと言って、キルキア国の生まれだという。

 兄妹は母親を一年前に病気で亡くしている。父親は妹のミリアが産まれてすぐに母子を残して家を出てしまっているようだ。

 二人は母親の没後は父親方の親類に引き取られるが、満足な食事すら与えられず、キルキアの港で荷積みの手伝いなどをしてフェイが小銭を稼ぎ、妹と二人なんとか命を繋いでいたようだ。


 だが最近になって、妹が世話になっている親類から暴力を振るわれていたことが発覚。

 その上、フェイの少ない稼ぎを、その家の子どもに無理矢理に奪われるという事が何度か続いたそうだ。もうこれ以上その家での暮らしに耐えられなくなった二人は無謀にも子ども二人だけでの密航を試みた。



「それで、勢いで乗った船の目的地がたまたまテレジアだったってことか?」


 フェイは小さく頷いた。


「言葉は? クリスタリアの言葉はどうやって学んだの?」


 アスールはずっと気になっていた質問を投げかけた。


「ふねのひと、おしえてくれた。そのひとだけ、いつもやさしい。ふねがくる、いつもたべものくれる。そのひととおなじことばのふね、さがして、のった」

「そう……」


「あーーーー。参った。どうしたもんかなぁ」


 ジルは頭を掻きむしっている。


「不法入国者ということになりますね。私はこの国の人間では無いので分かりませんが、不法入国が発覚した場合、やはり強制的に帰国ですか?」


 アーニー先生がジルに尋ねる。


「だろうな」

「でも、帰っても親は居ないし、親戚は面倒なんて見てくれないんじゃ……」


 ルシオが泣きそうな顔で呟いた。


「まあ、そうだろうな」


 重苦しい沈黙が流れる。


「はあ。いずれにせよ、ここでいつまでも考えていても仕方ない。約束の時間は遠に過ぎてるし……コイツの妹を回収して、一旦商会へ向かおう」


 ジルが大きな溜息をついた後、妥協案を提示した。


「だが、先ずは盗んだ物をちゃんと返すんだ!」


 フェイは素直にずっと握りしめていた巾着袋をアスールに差し出した。それからほとんど聞き取れないくらいの小さな声で「ごめんなさい」と謝った。

 アスールは巾着袋を受け取って中身を確認すると、ホッと安堵の表情を浮かべて言った。


「ありがとう。返してくれて。妹はどこで待ってるの?」




 フェイは小さな路地を何度か曲がって慣れた足取りでどんどん歩いて行く。最終的に行き着いたのは、壊れた木箱や折れた材木などが放置されている、廃材置き場のような場所だった。


「みりあ」


 フェイが声をかけると、廃材の後ろから、痩せた小さな女の子が警戒するように顔を少しだけ覗かせた。妹も兄とそっくりの赤毛だった。

 アスールには理解できなかったが、フェイは恐らくは彼らの国の言葉で何か妹に語りかけている。

 女の子がおずおずと廃材の後ろから出て来ると、走って兄に駆け寄り、まるで知らない人たちから自分の身を隠すかのようにフェイの背後に隠れた。


「みりあ、はなせない」

「クリスタリア語を理解してないってことか?」

「ちがう。なにもいわない」

「ん? どう言うことだ? まあ良い。とにかく行くぞ。悪いようにはしないしないから、妹を連れて着いて来い」


 ジルはその長身に見合った歩幅でズンズン先頭を歩いて行く。アスールたちでさえ、遅れずついて行くのに早歩きになるくらいだ。フェイはミリアの手を引いて、置いていかれまいと必死にジルの後を追いかけている。


 一番後ろを歩いていたアーニー先生が何か二人に声をかけ、フェイが頷くと、先生は軽々とミリアを抱き上げ歩き始めた。

 一体全体アーニー先生は何ヵ国を話すことができるのだろうか?

お読みいただき、ありがとうございます。

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