40 災いは突然に(2)
フリトーを食べ終えると、腹ごなしに海岸を目指した。
夏の眩しい日差しの下、アスール、ルシオ、レイフの三人がのんびりと並んで歩く。
テレジアの港には大小様々な船が出入りしていて、その中には他国からの商船も当然含まれる。そのため、町には観光目的以外での他国からの来訪者も多く見られた。
「いろいろな国の言葉が聞こえてくるね」
「そうだね。なんの話をしているんだろう?」
「中にはガラの悪い奴らも居るので注意して下さいね。坊ちゃん方」
「「「えっ」」」」
聞き慣れた声に三人が揃って振り返ると、ジルがアーニー先生の横に並んで歩きながらニヤニヤしている。
「いつ気付くかなぁと思って後ろを歩いていたんだけど、全く気付く気配も無いんで、痺れを切らして自分の方から声をかけちゃいましたよ」
「いつから居たの?」
「数分前ですかね。ヴィスマイヤー卿は俺が近付いたら直ぐに気付いてたけどね」
「本当に?」
「まあ、一応私は殿下の護衛ですからね」
「うん。なかなか優秀だな」
「恐れ入ります」
アーニー先生は数日前に手合わせをして以降、すっかりジルと打ち解けているように見える。
「それに引き換え……お坊っちゃま三人衆は全く危機意識ゼロ。ダメダメだな」
「ダメダメって……」
「この辺りはスリも多いし、変な言い掛かりをつけてくる輩も居る。呑気に歩いていると付け込まれますよ」
「そ、そうなんだ……」
そう言われて改めて見回すと、なんだかそんな風に見えてくるから不思議なものだ。
「さあ、あんまりのんびり油を売っていると約束の時間に遅れますよ。後で文句を言われるのは俺なんで、そろそろ商会に向かいませんか?」
ジルに言われ、海岸をあとにした。
アルカーノ商会の建物があるアスールも見慣れた大通りに戻って来ると、路上でやたらと知り合いから声がかかるようになった。主にジルがだ。
「ちょっと、ジル。最近全然店に顔を出さないじゃない。どこで浮気してるのよ!」
「悪りい悪りい。また今度顔出すよ」
「約束よ」
「ジルぅ。次はいつ来てくれるの? ってあら、こっちのお兄さんも良い男ね」
「ああ、悪いけど、そいつはダメだわ。今度埋め合わせすっからさ」
「本当に? 約束よ」
「よお、ジル。相変わらずモテてんな!」
「おうよ」
「今度また一緒に呑みに行こうぜ!」
「ああ、またな」
「あら、ジルじゃないの!」
「やあ、シエナにマリッサ、それからリアナも。元気そうだな」
「約束の時間に遅れるとしたら、どう考えてもジルさんのせいだよね。モテモテだ。さすが男前」
ルシオが面白そうに振り返って見ている。
日に焼け背が高く、鍛えられた筋肉が服を着ていても見て取れる。その上、ルシオが言うようにジルは如何にも女性受けしそうな甘い美男子だ。放って置いても女性の方から群がって来るのも分かる。
その上、今は隣をアーニー先生が並んで歩いている。こちらはこちらでジルとは違うタイプの良い男。ジルのついでと言っては大変申し訳ないが、アーニー先生も巻き込まれるように女性に囲まれていた。
「どうする? あの二人は放って置いて先に行くか?」
「まあ良いじゃない。面白そうだから見てようよ」
アスールたち三人はその場で立ち止まって、ニヤニヤしながら女性たちに囲まれているジルと先生を見物していた。
「うわっ」
アスールが突然声を上げてよろめいた。アスールの足元で少年がしゃがみ込んでいる。どうやら突っ立っていたアスールにその少年がぶつかったようだ。大方余所見でもしていたのだろう。
「大丈夫? ごめんね、怪我は無かったかな?」
アスールはその少年を助け起こした。
「……だいじょうぶ」
少年は小さな声で答えると、踵を返してその場から走り去った。
「おい。大丈夫か?」
ジルとアーニー先生が駆け寄って来る。ジルがアスールに向かって叫んだ。
「財布、取られてないだろうな?」
「えっと……大丈夫です」
「そうか? あの餓鬼、てっきりスリだと思ったんだけど……俺の気のせいか?」
「スリ?」
「ああ、ああいった感じでぶつかった隙に財布を持っていかれる。でもあんな風に自分も転んでたんじゃ逃げ遅れるだろ。もしあの餓鬼がスリだったとしても、あれじゃすぐに捕まってお終いだな」
アスールは確かに財布は取られていない。ちゃんと上着の内ポケットに入っている。でも。
「無い! どうしよう……取られたかも」
「えっ? 今大丈夫って言ってたじゃない」
「取られたのは財布じゃないんだ……」
すっかり血の気の引いた顔色のアスールを見たジルとアーニー先生がすぐさま駆け出した。
「エルンスト、そこの路地だ! お前はこのままさっきの赤毛の小僧を追え! 俺は回り込んで前を塞ぐ。心配するな、絶対に取り返してやるから!」
そう言い残してジルは小道を凄い勢いで走って行った。
「アスール、大丈夫? 君、真っ青だよ」
「いったい何を取られたんだ?」
「凄く、凄く大事なもの…‥どうしよう。もしも取り戻せなかったら」
「ジルさんは心配するなって言ってたよ。きっと捕まえてくれる」
「そうだよ。ジルはこの辺の裏道にも詳しいし、足も速いし、腕っ節だって……」
ルシオは今にも泣き出しそうなアスールの肩をそっと抱き寄せた。
「大事な物なんだな」
「うん」
「心配するな」
「うん」
それから三人はアーニー先生が入って行った路地へと向かった。
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