39 災いは突然に(1)
「ねえ、これなんかどう? あっちも良さそうだよ」
ルシオがは楽しそうにあちこちの店のショーウィンドウを眺めていた。今日は島を出てテレジアの町まで買い物に来ている。
島からテレジアまでは、裏山のハイキングにも付き合ってくれたジルが小型船で送ってくれた。何だか用事があるとかで、港にアスール、ルシオ、レイフ、それから護衛のアーニー先生を下ろすとジルは一人、いそいそと何処かへ消えてしまった。
「どうせ彼女のところだろ」
レイフがそっけなく言って、あっちの店の方がお勧めだからと皆を急かした。
「いらっしゃいませ」
扉を開けて店に入ると、扉の上部に取り付けられたドアベルが涼しげな音色で来客を知らせる。ガラス製か魔石製か、長さの異なる数本の棒が円状に吊るされていて、中心にある丸い金属とぶつかることで綺麗な澄んだ音が店内に響いた。
笑顔の似合う可愛らしい店員さんが出迎えてくれる。
レイフがお勧めだと言ったその店は、主に海の生き物をモチーフにした商品を扱っているようで、それほど広くない店内には商品がずらりと並べられている。
「うわー。なんだか可愛い店だね。レイフってこういう店が行きつけなの? ちょっと、いや、かなり意外」
ルシオの指摘した通り、その店は内装も扱っている商品も、はっきり言ってレイフとは真逆のイメージのものばかりだ。
「そ、そう言う訳じゃないよ。ただ、アスールの妹が『可愛いのが好き』みたいな事を二人が言ってたから、それでここが良いかと思っただけで、別に行きつけな訳じゃ……」
「行きつけではないが、どんな物が置いてあるかを知っている程度には来たことがある店。と言うことでよろしいすか?」
「もう、ヴィスマイヤー卿まで……」
レイフは真っ赤になったが、否定はしなかった。
「とにかく、ここならイルカの置物とか、イルカの刺繍の入ったハンカチとか、イルカの……ああ、もう。その他いろいろあるからね!」
「ありがとう、レイフ。ちょっと見せてもらうよ」
アスールはこういった店に入った経験が殆どなく、何をどうしたら良いのか分からない。
「これ、触っても大丈夫ですか?」
たった一人しか居ない店員に聞く。
「どうぞ。そちらの商品は左右に少し揺らすと、中にいるイルカが泳いでいるように動きますので試してみて下さいね」
言われた通り揺らしてみる。液体の中で二頭のイルカがゆっくり左右に移動する。
「へえ、可愛いのを見つけたね。ローザ様、好きそう!」
「そうかな?」
「うん」
その後もアスールは時間をたっぷりとかけて、凝ったボビンレース織の縁が取り付けられた、この店としてはかなり上質と思われるリネン製のハンカチを三枚選び購入した。
「もしかしてパトリシア様たちに?」
「そうだよ」
「うわー。だったら、僕も母上に何か買わなきゃじゃないか! それ、どこに並んでたの?」
ルシオは慌ててアスールが指差す方へ歩いて行った。
「まったく。アイツは面白いよな」
「そうだね。一緒に居ると退屈しないよ」
レイフが焦ってハンカチを物色しているルシオの後ろ姿を見て笑っている。
「この後はどうする? 別の店でまだお土産を見る?」
「お土産はこれだけで良いよ。他の家族には多分こういった物よりも、この前作ったオイル漬けの方が喜ばれると思う」
「じゃあ、昼ご飯まで町をぶらぶらしようぜ」
「そうだね」
昼食までと言っていたはずなのに、結局四人は屋台が多く並ぶ市場にやって来ていた。
「昼食は昼食。今は軽食!」
と言うルシオの謎理論に従い、ここでしか味わえない屋台の味を堪能すべきとの結論に達したからだ。テレジアの町は流石に港町だけあって、海産物を扱う屋台がやたらと多い。
「ねえ、レイフ。君のおすすめは?」
「そうだなぁ。海産物が良いなら、海老とか烏賊のフリトーかな。貝がたっぷりと入ったシチューも美味いけど、あれだとお腹いっぱいになっちゃうから、やっぱりフリトーが良いと思うよ」
「フリトーって何?」
「んーと、衣をつけて油で揚げてあるもの。甘酸っぱいソースとかをつけて食べるんだよ」
「よし! それに決まり! どこにあるの?」
それならと、レイフのお気に入りの屋台に連れて行ってもらう。ここは本当に行きつけの店のようで、店員がレイフに気付くと気軽に声をかけてきた。
「よお。レイフ、久しぶりだなあ。お前さん、王都の学校に通ってるんだって?」
「そうだよ」
「そっちは見ない顔だけど、新しい友だちかい? あれま。一人友だちっぽく無いのも一緒だな。こりゃまた随分と男前だな」
「えっ。僕のことですか? おじさん」
ルシオが屋台に並べられている素材を覗き込みながら話に割り込んだ。
「ははは。こいつぁいいや。お前さんもまあまあ男前だが、俺が言ったのは奥に立ってる兄さんのことだよ。ジルと良い勝負だ。そう言や、ジルは今日は一緒じゃないのか?」
「そのうち合流するよ」
「そうかい、で? 何にする?」
「じゃあ、海老と烏賊のを二つずつお願い」
「はいよ。ちょっと待ってな」
おじさんは海老と烏賊を掴むと、手際よく衣をつけて油の入った鍋に放り込んだ。
「僕はまあまあだってさ」
アスールの横でルシオが呟いた。
出来たてのフリトーを一つずつ受け取り、近くに置かれていた空いた木箱や樽に腰掛けて食べる。揚げたてのフリトーは涙が出るほど熱々で、四人でハフハフ言いながら食べた。
「そっちの輪っかが烏賊?」
「そうだよ、どうぞ」
「うん。これも美味しい! どっちも良いね!」
ルシオの言うように、海老のフリトーも烏賊のフリトーもどちらも甲乙つけ難いほどの美味しさだ。
「屋台だと出来立て熱々のものが食べられますからね。姫様も最近はすっかり屋台の虜ですよ。お忍びの度に新しいものに挑戦されています」
アーニー先生は何か思い出したようにクスリと笑った。
「ローザ様、屋台の食べ物なんて食べるんだ。ちょっと驚き」
「おや、これは内緒にしておいた方が良かったですかね? でしたら、ここだけの話と言うことにしておいて下さい」
「別に大丈夫でしょ。ローザのお忍び街歩きは最近じゃ全然秘密じゃないそうですよ。本人が屋台で食べたものを料理長に頼んで作ってもらっているみたいだし。料理長が苦労しているようだって、母上がこぼしていましたから」
「なるほど」
先生はいろいろ思い当たることがあるようだ。
「へぇ。妹姫は、そんな感じの子なんだ?」
レイフがぽそりと呟いたのをアスールは聞き逃さなかった。
「気になるなら、会いに来たら良いよ」
「えっ?」
「前から考えていたんだけど、僕たちが離宮に行くときに、嫌でなかったら、レイフも一緒に行かない?」
「えっと……。良いの?」
「もちろん!」
「でも、身分的にあり? ……僕は平民だよ?」
「でも、僕たち、友だちだよね」
アスールはレイフに向かって力強く頷いてみせた。
「それに、君たち再従兄弟同士でもあるんだろ?」
ルシオがニヤっと笑う。
「そうだね」
アスールは同意したが「実は従兄弟だけどね」と心の中で一人ニヤニヤした。
「戻ったら両親に相談してみるよ」
レイフの瞳はいつもより輝いて見えた。
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