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38 今日はのんびり

「先生、おはよう!」

「おはよう」


 今日も続々と子どもたちが屋敷にやって来る。釣りに参加していた子が多いので、すっかり顔馴染みのような気安さだ。ルイスとシモンも連れ立ってやって来た。


「今日もよろしくね、アスール先生!」


 シモンはすっかり計算が解ける楽しさにハマったようで、次から次へと新しい問題に挑戦してはアスールに丸ツケを頼みに来た。


「大人になったら商人になりたいんだ。お金を沢山稼いで、母さんに楽をさせてやりたいからさ」


 シモンの父親は海の事故で昨年亡くなっていて、今は母親と小さな弟との三人暮らしだそうだ。まだ六歳なのに随分としっかりしていると思っていたが、しっかりせざるを得ない状況がそこにあったのだ。

 ルイスの方はそれほど算術に興味があるわけでも無いようで、今日は本を読んでいた。



 お昼が近づくと、調理場の方から甘くて香ばしい匂いが漂ってきた。また美味しい焼き菓子が食卓に並ぶことを期待した子どもたちがやけにソワソワしている。

 賑やかな昼食が終わってもダリオが現れないので、期待に胸を膨らませていた子どもたちの落胆具合は見ていて可哀想なほどだ。

 食事の片付けを終えて皆が家に戻ろうと荷物をまとめていると、大きな籠を持ったダリオが現れた。


「今日はよく頑張ったご褒美があります。家に着くまでは決して食べてはなりませんよ」


 そう言ってダリオは一人一人に紙の袋を手渡している。

 食べては駄目だとは言われたが、見ても駄目とは言われていない。子どもたちは包みを受け取ると早速中身を確認している。


「うわー。美味しそう!」

「いいにおいがする」

「これ何?」

「ブロンディーズと言う名前の焼き菓子です。生地にリンゴを混ぜ込んで、たっぷりとナッツを乗せて焼き上げました」


 ダリオは真面目な顔で焼き菓子の説明をしているのだが、子どもたちは全くと言って良いほどダリオの話を聞いてない。

 匂いを嗅いだり、ちょっと突いて菓子の柔らかさを確認したりと大忙しだ。


「……まあ良いでしょう。気をつけてお帰りなさい」


 子どもたちはダリオにお礼を言うと、大事そうに包みを抱えて駆け足で帰って行った。


「ねえダリオ。僕たちの分は?全部配り終えちゃったみたいだけど……」


 ルシオが恨めしそうに訴える。


「ちゃんと残して御座いますよ。サロンで御召し上がり下さい」

「そう来なくっちゃ!」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 午後はルシオが昨日の森の入口付近で「美味しそうな山葡萄とワイルドベリーを見た」と言って、ダリオとレイフを半ば強引に引き連れて森へ向かってしまった。


 残されたアスールは特にすることも思い付かなかったので、屋敷の裏手にあるというホルク厩舎へ一人で向かうことにした。

 この島へ来てからというもの、預けっぱなしになっているピイの様子がずっと気になっていたからだ。



 厩舎では三羽の成鳥が飼育されているそうだ。

 手入れの行き届いた清潔な厩舎には大きな鳥小屋が三つあり、普段はそれぞれに一羽ずつが入れられている。そのうちの一番温厚な成鳥一羽と共にピイと、ルシオのチビ助が入れられていた。

 三羽ともとても落ち着いているように見えた。



 管理人が扉を開けてくれてアスールが小屋の中に入ると、ピイはそれまで居た止まり木からフワッと飛んでアスールの肩に静かに降りた。ピイはアスールの肩の上で嬉しそうに囀っている。


「ちょっと外に出すかい?」

「良いんですか?」

「お前さんには慣れているみたいだし、どっかに飛んで行っちまうことも無さそうだ。出しても大丈夫だろ」


 アスールがピイを連れて鳥小屋の外に出ようとすると、残されたチビ助が、まるでアスールに抗議するかのようにバサバサと翼をならした。


「ごめんね。一緒に出してあげたいけど、君がもし居なくなったら僕は責任取れないからね」

「ピイィ」

「ピイもごめんって言ってるから、許してあげてね」


アスールはピイを連れて、管理人と一緒に厩舎の外に出た。よく晴れたとても気持ちの良い日だ。



「コイツと、中に残ったアイツは兄弟鳥かい?」

「いいえ。同じ日に孵ってはいるけど母鳥は別々です」

「そうかい。同じ日に……。だとしたらコイツは雌かもしれないぞ」


 管理人はなんだか楽しそうに自分の意見をアスールに語り始めた。


「ここには雌鳥は居ないから俺は卵を孵したこともないし、小さな雛を育てたことも無いんだが……。コイツの方が随分とアイツよりも小振りだろ? それに、ここに居る他の雄のホルクたちに比べると、コイツはなんだか可愛いんだよな。仕草とかがさぁ。懐っこいし。まあ、全部ただの俺の勝手な想像に過ぎんがな」



 ピイはそんな話など我関せずといった具合に、アスールの肩と少し離れた地面とを行ったり来たり。まるで学院に戻ったら始まる “飛行訓練” の予行演習でもしているようだ。

 肩に着地する度に得意気にアスールの頬を小さなオレンジ色の(くちばし)で突いてくるのが、何ともくすぐったい。


「雌かあ。ピイ、お前女の子なの?」

「ピイィ」

「本当? でも、やっぱり男の子だよね?」

「ピイィ」

「ははは、どっちでも良いとさ。そのうち分かるさ」

「そうですね」



 祖父のフェルナンドは性別が判別出来るのは、生後三カ月後くらいと言っていた気がする。離宮に居る間は無理でも、王宮に戻れば城のホルクを管理している人に診てもらえるだろう。


「まあ僕はピイが雌でも雄でも、どっちでも良いんだけどね」

「ピイィ」


 ピイは楽しそうにアスールの肩の上で囀っている。

お読みいただき、ありがとうございます。

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