34 大漁の魚の行方
大きな平らな岩の上に何人もの子どもたちが集まっている。その集団の中心にいるのはレイフともう一人、レイフと同じ位の年の子だ。
近づいてみると、どうやらその二人で皆の釣った魚の下処理をしているようだ。なんとも言えない生臭い魚の血の匂いが辺りに立ち込めている。
「五匹釣れたって?」
既にシモンとルイスによってアスールの釣果は報告済みのようだ。
「うん。楽しかったよ」
「なら、良かった。もうちょっとかかるからその辺で待ってて。アスールの分もここに置いてってよ、捌いてから持って帰るから」
「分かった」
レイフともう一人は小さなナイフを素早く動かして、魚の頭を切り落とし、お腹を割いて器用に内臓を取り除いていく。頭の無くなった魚はバケツに入った海水でさっと洗われて、それぞれ釣った本人のバケツに氷と一緒に順に入れられていく。
時折、手の空いた子どもがバケツの海水を綺麗なものと交換していた。
「皆、手際が良いね」
「そうだね」
邪魔にならない場所から作業の様子を観察していると、どの子のバケツにも大体同じ魚が入っているように見える。それもアスールとは違って大量に。
アスールに気付いたシモンが近寄って来た。
「ここではあの魚が沢山取れるの?」
「今日はね。潮の流れとか、季節でも取れる魚は違うんだよ。今日は近くにシーディンの大きな群れが泳いでいたんだと思う」
「あの魚はシーディンって名前なの?」
「そうだよ。焼いてもいいし、煮てもいい。いっぱい取れたときはオイル漬けにするんだよ。すっごく美味しいよ」
「そうなの? それ、良いねえ。ねえ、アスール。僕たちが釣ったのもオイル漬けにして貰おうよ。屋敷の料理人にお願いしてみよう」
「そうだね」
もう既にルシオの頭の中はシーディンのオイル漬けのことでいっぱいのようだった。「シーディンのオイル漬け〜♪ 美味しいね。早く食べたいオイル漬け〜♪」と調子っぱずれな歌まで歌っている。
粗方作業の終わりが見えてきた頃、岩場に大人たちの姿がちらほらと見え始めた。
どうやら子どもたちの帰りが遅いので、こんな時は大抵魚が沢山取れているので、荷運びが必要かどうか様子を見に来たらしい。
迎えに来た大人たちは、バケツに魚と一緒に氷が入れられていることに気付いて驚いているようだった。子どもの口からルシオの魔力で氷が出てきたことを聞かされているのだろう、ルシオの方を見てとても丁寧に頭を下げていた。
これだけ大量の氷を出したのがルシオのような子どもだと言うことは、それだけその子の魔力量が多いと言うことで、つまりはその子は高位貴族の可能性が非常に高いと言うことなのだ。例えそれが呑気に変な歌を歌っている少年であったとしても。
子どもたちが処理の終わった魚を持ってそれぞれ親と一緒に帰ったのを見計らったかのように、屋敷からも二人の使用人が空のバケツを手に岩場にやって来た。
既にミゲル船長の姿は無かったので、おそらく船長の指示で荷運びを手伝うために来てくれたのだろう。
残ったシーディンを六つのバケツに分けて六人で持って帰る。頭と内臓を捨てているにも関わらず凄い量だ。
「ねえ、レイフはいったいどれだけ釣ったの?」
驚いたアスールが小さな声で隣を歩いているルシオに聞いた。その声が聞こえたのだろう、前を歩いていたレイフが振り向き、後ろを向いたまま平然と坂を登りながらアスールの疑問に答える。
「えっ? 今日は潮が良かったから入れ食いだったんだよ。いつもこんなに釣れる訳じゃないよ。持ちきれないと思ったから途中で釣るのを止めて、自分の分だけでもあそこで捌いてから持って帰ろうと思ったら、チビどもが自分たちの分まで捌いてって持って来るんだもん。参ったよ」
どうやら普段は釣った魚はそのまま持って帰って、各家庭で処理をするらしいのだ。
「だからあんなに頭下げてたんだねー」
「そうだよ。捌いてある上に氷入りだぞ。もっと感謝してくれ」
そう言うとレイフはまた前を向いて坂道を登り続ける。日がだいぶ傾いてきた。
「はあ、お腹すいたねー。夕ご飯は何だろう?」
ルシオは今日も通常運転だ。
ー * ー * ー * ー
夕食後。
屋敷の料理人に頼んで釣ってきたシーディンのオイル漬けを作って貰うはずだったのだが、ダリオが「どうせなら自分たちで作って、出来上がったものをお土産にしたら良いのでは?」と言い出した。
学院の料理クラブに所属しているルシオはダリオの意見にすっかり乗り気で、完成したものを食べるだけの予定だったアスールも、こうなっては仕方ない、料理に初挑戦することになった。
「シーディンは一時間程塩水に浸けておき、水気を取っておきました。今からオイルでじっくりと焼いていきます」
料理人は、大きな鍋を取り出すと結構な量のハーブを鍋の底に敷き詰めた。その上にシーディンを重ならないように綺麗に並べていく。
「どなたかニンニクの皮を剥いて、薄くスライスして頂けますか?」
「ニンニクの皮むきくらいはアスールでも出来るよ」
そう言うと、ルシオは調理台に置いてあったニンニクを取ってアスールに投げて寄越した。アスールは飛んできた塊を受け取って手の上に置いて眺めている。
「これが……ニンニク?」
「えっ。そこからかよ?」
アスールの台詞にレイフは心底呆れた顔をしながらも、それでもなんとか気を取り直してニンニクの皮の剥き方を丁寧に教え始めた。
アスールはレイフに教わった通り、何個かに分かれたニンニクを楽しそうに一つずつ剥き始めた。
ダリオがアスールの横で満足そうに微笑んでいる。
アスールが剥いたニンニクはルシオの手でどんどんスライスされていく。ルシオは貴族の男子にも関わらず「料理が好きだ!」と公言するだけあって、かなり手際が良い。
アスールが最後の一個を剥き終えると、ルシオが言った。
「最後はアスールが切ってみる?」
「良いの?」
「もちろん!」
アスールはぎこちない手付きだったがなんとかニンニクをそれなりに薄くスライスする。
料理人はアスールが作業を終えるまでの間ダリオと楽しそうに喋っていた。どうやらダリオが昼間焼いたパウンドケーキの話で盛り上がっていたようだ。彼の手元の調節台には既にスライスを終えたニンニクが山になっている。
「それでは、切ったニンニクと、赤唐辛子と、黒胡椒と、残りのハーブを全て入れて、シーディンが隠れる位たっぷりとオイルを注いで下さい」
指示を出しながらも料理人は別の鍋に同じものをもう二つ分作っている。アスールがオイルを注ぎ終わったのを確認すると、料理人はアスールの鍋をコンロに乗せて火にかけた。
「最初は強火です。そのうち魚から小さな気泡がプツプツと出て来ますので、そうしたら弱火にします。ほら、こんな感じに」
鍋を覗き込むと、確かに小さな気泡が見える。料理人が火加減を調節した。
「このまま一時間程弱火でじっくり火を通します」
「ええっ、一時間? まだ食べられないの?」
「はい。火を止めたら、そのまま冷えるまで待つので、食べられるのは明日の朝ですかね」
料理人はニッコリ笑ってそう言うと、残りの鍋も同じように火にかける。台所には美味しそうな匂いが漂い始めている。
「私は明日の仕込み作業も残っておりますので、後はやっておきますね。お疲れ様でした」
そう言うと料理人はコンロの様子を見ながらも、どんどん散らかった作業台の上を片付けていく。多分片付けを手伝われるよりも自分で全てした方が余程早いとの判断だろう。
「もう行こうぜ」
レイフに促され、アスールたちはキッチンを後にした。
「料理もやってみるとなかなか楽しかったでしょ?」
部屋に戻る途中で、ルシオがアスールに聞いてきた。
「そうだね。料理と言える程のことを僕がしたとも思えないけどね」
「でも、自分で釣った魚を自分で料理したんだから、すっごい立派なお土産になるよね!」
「そうですよ。奥様はことの他御喜びになられるでしょう」
ダリオが余りにも嬉しそうにそう言うので、アスールもなんだか嬉しくなってきた。
「はあ。それにしても今日は一日、新しいこと尽くしだったね」
ルシオが両手を高く上げて伸びをしながら呟いた。確かにルシオの言う通り、今日はいろいろと初挑戦が目白押しの一日だった。
「明日は裏山に登るから早く寝たほうが良いぞ! そう言うわけで、今日は俺は自分の部屋で寝るから。二人ともお喋りするなら程々に」
そう言いながらレイフがニヤニヤしている。昨日は明け方近くまで喋っていたせいで、三人ともかなり寝不足だった。
「そんなこと言われなくても、もう今すぐにでも眠れそうだよ」
「僕もだ」
「でもさ、明日の勉強会は良いの?」
「明日は光の日だよ。誰も来ない」
「そっか。じゃあ、朝食にシーディンのオイル漬けを食べてから山登りだ!」
「「……そうだね(な)」」
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