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33 釣りって意外と難しい?

 約束通り、午後からは海へ行くことになった。

 アスールと二人の子どもが釣りに行く話をしていたのがいつの間にか広まっていたようで、海へと続く道すがら段々と釣り道具を手にした子たちが加わって、海岸が見えて来た頃にはかなりの集団になっていた。


「いつもこんな風に集まって釣りをするの?」

「いいや。いつもは一人かせいぜい二、三人。こんなにチビどもが多いとうるさくて魚が逃げちゃうよ……。まあ皆アスールとルシオが珍しいから、こうしてぞろぞろ付いて来たんだと思う。それに魚を釣って帰れば母親に褒めてもらえるしな」


 海岸に到着すると、釣り竿とバケツを持って子どもたちはそれぞれお気に入りの場所に散って行った。


「岩場に行くなら、滑りやすいから気を付けろよ!」


 走って行く子どもたちにレイフが声をかけている。


「なんだか皆のお兄ちゃんって感じだね」


 ルシオが感心したように言った。


「今は俺が一番年上だからな。面倒を見るのは当然だよ。昔はうちの兄ちゃんたちや、他の年が上の連中が同じように俺の面倒を見てくれてた」

「そっか。ちゃんとこうして引き継がれて行くんだね」

「ああ。……ん? 何だよ、ニヤニヤして」

「だってレイフ。君さ、子どもたちと会ってから “俺” に戻ってるから」

「げっ。そう言やぁ、確かに」

「ここに居る間は良いんじゃない?」

「だよな」


 向こうの岩場の方で男の子二人がこちらに向かって大きく手を振っている。どうやらアスールを呼んでいるようだ。


「ねえ、あの子たちの名前教えて」

「ああ、茶色の髪のがルイス。黒髪の方がシモンだよ」

「ありがとう。ちょっと行ってくるね」



 ルイスとシモンがいる岩場まではなかなか険しい道のりだった。アスールがもたもたしているのを見兼ねたシモンが途中まで迎えに来てくれて竿とバケツを持ってくれる。


「先生、王都から来たんだろ?」

「そうだよ」

「もしかして王都にはこういう岩場って無いの? 釣りも初めてって言ってたし」

「あー、どうだろう。もしかしたらあるのかもしれないけど、僕は行ったことが無いんだ」

「へえ。王都にだって海はあるだろ?」

「海はあるよ。テレジアまでもヴィスタルの港から定期船に乗って来たから」


 シモンは岩場をひょいひょいと飛び跳ねるように進んで行く。アスールはその後ろを慎重に一歩ずつ進む。どうにかこうにかルイスの待つ釣り場へとたどり着いた。

 驚いたことにルイスのバケツには既に釣り上げた魚が数匹入っている。


「もう釣れたの? 凄いね!」

「うーん。でも今日はこの辺、小物しかいないみたい。移動しても良いけど…‥。先生はここの方が良いかもね。あの歩き方だと、これより先は多分無理」

「そうなの? だったら僕は戻ってレイフたちと釣るから、二人はもっと良い釣り場へ移動してくれて構わないよ。僕のことは気にしなくても良いから」

「……どうする? シモン」

「俺は先生と一緒にここで釣りたい。だって釣りの先生になる約束だったし」

「だよね。俺もここで釣る! 先生、ここに座って!」


 ルイスはゴツゴツした岩場でも比較的平らな場所を指差した。


「餌は持ってきた?」

「えっと。確かこの入れ物の中に入ってるってレイフが……うわあ!」


 中に入っていたものの想像を絶するうねうねとした動きを目の当たりにして、アスールは驚きの余り中身もろとも入れ物を放り投げてしまった。


「ちょ、ちょっと。もう、何やってんだよ!」

「これだから王都っ子は……。餌はこの辺に撒くんじゃなくて針の先に付けて海に投げるんだよ!」


 そう言いながらも二人はあっという間に散らばった餌をひょいひょい拾って入れ物に戻していく。


「餌って……虫? それ、どう見ても、虫だよね?」

「そうだよ。これが一番釣れんの」

「もう良いよ。どうせ付け方とか分かんないだろ? 俺が付けてやる」

「ありがとう」


 アスールから釣竿を受け取ると、シモンはあっという間に餌を付ける。それからほいっと竿をアスールに戻してよこした。

 針の先で餌は身を(よじ)っている。アスールは細心の注意を払ってその餌が付いている針から少し上の糸を掴んだ。


 アスールの両脇で、ルイスが竿の扱い方を説明し、シモンが実際に手本を見せてくれる。ほんの数分でまたルイスが小さな魚を釣り上げた。


「とりあえず先生もやってみなよ」

「そうだね。でもその前に。今は君たちも僕の釣りの先生なんだから、結局ここに居る全員が先生ってことになっちゃうよね。僕のことはアスールって呼んでよ」

「でもさ、レイフ兄ちゃんの友だちなんだよね? アスール兄ちゃんって呼んだ方が良くね?」

「だったら、それで! よろしく、シモン、ルイス」

「こっちこそよろしく、アスール兄ちゃん。いろいろ教えてやるからいっぱい釣ろうぜ!」



 それから一時間程が経過した。

 シモンとルイスのバケツにはこれ以上は入り切らない程魚が入っている。


「何が問題だ? どうして一匹も釣れねえの?」

「わっかんねー」


 アスールには未だ釣果がない。シモンとルイスは頭を抱えている。


「タイミングが合ってないんだろ?」


 後ろから不意に声をかけられて振り向くと、そこにいたのはキャプテン・ミゲルではないか。


「キャプテン! 一緒に釣りすんの?」

「おう。それも良いな。でも先ずは、こっちの兄ちゃんに釣りの楽しさを教えてやらないとだろ? まだ一匹も釣れてないようだしな」


 そう言うとミゲル船長は、大きな両手で子どもたちの頭をわしわしと撫で、アスールに向かってニカっと大きく笑った。日焼けした精悍な顔に、白い歯が綺麗に並んでいる。


「餌だけ持って行かれてるんだろ? 魚が食い付いてるのに気付いてないんだろうな。この辺の魚は餌だけ持って行くのが上手いんだ」


 言いながら船長はアスールの釣竿の餌を新鮮なものに付け替えて海に投げ入れた。それをアスールに両手で持たせて、アスールの背後から自分も竿に片手を添える。


「すぐに来るぞ。指先に集中してろ」


 何を言っているのか分からなかったが、とりあえず言われた通りにしてみた。


「今だ!」


 船長が竿を上げる。針先で魚が暴れている。


「やったー」

「アスール兄ちゃん一匹目おめでとう!」

「あ、ありがとう」


 両脇でシモンとルイスが飛び跳ねて喜んでいる。先生になってやると言った手前、いつまで経ってもちっとも釣れないこの状況に、二人とも内心相当焦っていたのだろう。


「分かったか?」

「はい、なんとなく」

「だったらもう大丈夫だ」


 そう言いながら船長はアスールの頭もわしわしと撫でる。


「じゃあ、他の子たちの釣果も見てくるか」


 船長はのんびりと岩場を移動しながら他の子たちの様子を見て歩いている。その度に子どもたちの歓声があがった。

 一応護衛という肩書きで付いてきたアーニー先生も「海釣りは初挑戦」と言っていたが、子どもたちに混じって楽しそうにしている様子が見える。



 結局、その日のアスールの釣果は小さな魚が五匹。「リリアナ先生にあげて!」と言って、多分気を遣ったのだろうシモンとルイスから五匹ずつを貰って、アスールは合わせて十五匹を持ち帰ることになった。


「釣れたの? 凄いじゃない、結構入ってるね」


 ルシオがアスールのバケツを覗き込んで驚いている。

 アスールはルシオにことの顛末を説明した。バケツのほとんどは貰いものだと知ると、ルシオはお腹を抱えて笑っている。


「そう言うルシオは釣れたんだろうね?」

「もちろん! 二十じゃきかないくらいは釣ったよ。レイフには遠く及ばないけどね」

「それで、レイフは?」

「あっちで魚の処理をしてるよ。内臓を取っちゃう方が良いんだって。僕はあそこでの役目はもう終わったから、こうしてアスールの魚を受け取りに来た」


 そう言うとルシオはアスールのバケツに両手をかざす。ゴロゴロゴロと音がして、ルシオの手からバケツの中に大量の氷がこぼれ落ちる。


「魔導実技基礎演習の授業をちゃんと受けておいて良かったと、今日初めて思ったよ」


 この半日でちょっと日に焼けたルシオの顔から笑みがこぼれた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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