閑話 エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーの独白
私はエルンスト・フォン・ヴィスマイヤー。
ロートス王国出身の一応由緒正しい高位貴族の跡取り息子ではあるのだが、今は訳あって祖国を離れ、クリスタリア国の王都ヴィステルで暮らしている。
行方知れずとなっていた姉を探す目的でこの国を訪れたのは昨年の秋のことだ。ひょんなことからこの国の第三王女と知り合いになったのをきっかけに、城でその王女と兄王子の絵画の指導をすることになった。
そこからは奇跡的な偶然も重なって姉と再会することが叶ったのだが、その姉から聞かされたのは祖国を蝕む恐ろしい闇だった。
こちらに関しては今後も調査を継続していくつもりである。
この春からは城内に部屋を与えられ、それまでの姫様の絵画教師という肩書きの他に、姫様が外出する際の護衛任務も請け負っている。
外出といっても城下を適当に散策して、おやつを食べたり、ちょっとした買い物を楽しんだりする程度なのだが、途中姫様は何故かは分からないが、かなりの頻度で何かしらの厄介事に巻き込まれる。困ったものだ。
それ以外の時間はバルマー伯爵の下で政治、経済、外交、その他諸々の仕事を勉強させてもらっている。
祖国を出奔している無位無冠のただの男にここまでしてくれるのだ。クリスタリア王家にもバルマー伯爵にも感謝の念しか無い。
先日、バルマー伯爵が王の執務室から戻られたと思ったら「夏の休暇の予定はどうなっている?」と急に問われた。
祖国に帰れるはずもない身、親しい友人がこの国にいる訳でもない。特に予定は無いと答えた。
数日後、伯爵は「休暇も兼ねてアスール殿下の夏の休暇に護衛を兼ねて同行して欲しい」と言ってきた。それは休暇とは言わないのでは? と正直思ったが、そこはまあ、普段の恩義を少しでも返せるかとも考えて快諾した。
この夏の休暇に関してはどういう訳か姫様には秘密にしているらしく、王宮では箝口令が敷かれていた。
にも関わらず、何かを企んでいるかのような、将又ことの成り行きを楽しんでいるかのような伯爵の様子が気になってはいたが、日々の雑務に忙殺されているうちに出発前日になっていた。
島にあるというアルケーノ商会会頭の本宅にようやく到着し、その屋敷の扉から出てきた婦人を見て、これまでなんとなく私の中で燻っていたもの全てがすぐに腑に落ちた。
伯爵の意味ありげなあのニヤケ顔の理由も、港や商会に出入りしていた男たちから感じた違和感も。
玄関先でにこやかに微笑んでいたのがまさかのリリアナ・オルカーノその人だったことで。
殿下を友人として自分の家に招待したレイフが、学院関係者に “家業” を隠していたことは理解できる。ただ、レイフが母親の過去に関して全く知らされていなかったことには少し驚いた。平民として生きる以上、それが正しい判断なのかもしれないが、事実関係を知ってしまうと、あの二人には似ている部分が多くある。
ルシオは再従兄弟と言っていたが、実際二人は従兄弟同士の筈だ。兄弟と位置づけられているシアン殿下が本来はアスール殿下の再従兄弟にあたるのだ。レイフとの方が余程血は濃い。
ダリオ翁もそのような事を言っていたが、性格だけでなく、あの二人はまず骨格が似通っている。
その為だろう、歩き方までよく似ていると思う。今は二人とも成長過程にあるが、将来的には似たタイプの身体つきになるだろう。
二人が親しい友人関係になったことで、今後この相似点が懸念事項として浮上しなければ良いが……。まあ、私が余計な心配をしても仕方ないことだろう。
それよりも目下一番の私の関心事はこの家の主人であるミゲル・オルカーノ船長だ。いや、今はミゲル・アルカーノ氏と呼ぶべきなのか?
今日は所用があって島には戻らないと言っていたが、ここに滞在している間に是非ともお目にかかりたい。
と言うより、正直に言ってしまえば、手合わせをお願いしたい。
姫様の誘拐騒ぎの時に見たリリアナ殿の剣技にも目を奪われるものがあったが、海賊団の首領ともなれば如何程の腕前だろうか?
騎士の剣とはその本質から違うのだろう。
私も今後は “騎士の剣” だけでは太刀打ち出来ない状況に追い込まれることも考えておかねばならないと思っている。
そうであるなら、不安定な船上でも生き残れる海賊の剣技を私も学び、取り入れることは出来ないだろうか。
ダリオ翁の希望で裏山に登ることになったし、海釣りも楽しめるらしい。島内に滞在している間は殿下が賊に襲われる心配も無い。
この夏の休暇は、思っていた以上に楽しめそうだ。
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