31 予期せぬ再会
玄関先で手を振っているあの人は……
(えっ? レイフは「母さん」って言った? 聞き間違いじゃないし、見間違いでもないよね?)
その女性は「おかえりなさい」と言ってレイフを抱きしめた後、ものすごく悪戯っぽい笑顔を顔に貼り付けたままアスールに歩み寄って来る。アスールは思わず一歩後退りをした。
「ちょっとちょっと。後退りは傷付くわ! アスール。ようこそ。アルカーノ家へ」
女性は全てを言い終えないうちにアスールをグイッと引き寄せ抱きしめた。
自分の母親のアスールに対する突然の暴挙を前に、息子であるレイフがひどく驚いた顔で二人を凝視している姿が目の端に入る。
「ちょっと母さん。何やってるの! 仮にも彼はこの国の王子殿下だよ!」
レイフがアスールと母親の間に割って入った。
「もちろん分かっているわよ。さあ、皆さんお入りになって! お茶の支度が出来ているわ」
「えっ? 何? どういうこと?」
「それは僕も聞きたい……」
レイフは訳が分からないと首を捻り、アスールはこの状況に頭が追いつかず、ダリオは普段と変わらず平然としていて、アーニー先生は全てに納得がいったようで、ルシオはこの場を面白がっている風に見え、リリアナは一人したり顔で笑っている。
居間に通されるとまずダリオが女性に向かって挨拶をした。
「御久し振りで御座います。リリアナ様。この度は御世話になります」
「良く来てくれたわね、ダリオ。貴方ちっとも変わらないわね。てっきり宮仕えは引退したと思っていたわ。カルロに続いてアスールの教育係まで貴方だなんて驚いたわ」
リリアナは久しぶりに会ったダリオとの会話を楽しんでいるようだ。
「何がどうなってるの? なんで母さん、ダリオさんとあんなに親しげに喋ってるんだ? 知り合いだったってこと? さっきの感じだと、アスールも母さんのこと知ってるってことだよね?」
レイフは自分の目の前で繰り広げられているこの状況が全く飲み込めないようで、アスールに疑問を投げかけてきた。
「リリアナ様のことは知ってる。でも、まさか彼女が君の母上だったなんてことは全然知らなかったよ」
「リリアナ様? なんだって様なんだ?」
「もしかしてレイフ、君は何も聞いていないの?」
「聞いてないって……何を?」
「ええと。僕が説明しても良いことなのかなあ……」
「なんなんだよ一体? 僕だけ蚊帳の外ってこと? ちょっと母さん、ちゃんと僕にも分かるように説明してよ!」
ー * ー * ー * ー
リリアナの話を聞き終えて、彼女の息子であるレイフはしばし放心状態だった。
それはそうだろう。まさか自分の母親が元公爵家令嬢で、駆け落ち同然で父親と結婚し、貴族社会では既に死亡したことになっているなんてことを突然聞かされて「はい。そうですか」と納得出来る息子なんて居る筈がない。
「大丈夫?」
アスールはレイフに声をかけた。
「ああ、うん。……多分?」
「そのうち折を見て話そうとは思っていたのよ。まさか貴方とアスールがこんなに早く家に誘う程仲良くなるとは思ってもみなかったし。それこそ夏休みに貴方が帰ってきたら話そうかなぁなんてね。ああ、そうだわ、アスール。私のことはリリアナさんって呼んで頂戴!」
「えっ? は、はい。分かりました」
「ちょっと、母さん。そんなことより、母さんが元公爵令嬢ってこと……兄さんたちは知ってるの?」
「えーと、カミルはね。イアンにはまだ伝えてないわ」
「イアン兄さんもシアン殿下と同学年だよ。一応僕らは再従兄弟同士ってことになるんだよね?」
「あら。貴方自分のこと俺って言ってなかった?」
「気にするところはそこじゃないから……。はあぁ」
しばらく黙って話を聞いていたルシオがレイフとリリアナのイマイチ噛み合わないそのやり取りに堪らずぷっと吹き出した。
「ご、ごめんなさい」
「良いよ、別に。うちの母親はこういう人なんだ。とてもじゃないけど元公爵令嬢ってタイプじゃないだろ?」
「……えっと、ちょっと答えにくい質問だなぁ……」
「あら。ルシオの父君だって全然王宮府副長官ってタイプじゃないわよね?」
「えっ? ああ、そうですね。それは確かに否定出来ません。……父とも知り合いなんですね?」
「そうよ。カルロだけじゃ無くて、フレドとも私は幼馴染なの。私の方がちょっとだけお姉さんよ」
リリアナは何故か得意気である。
「そうよ。ここに居る中で私が初対面なのは貴方だけよ、ルシオ」
「じゃあ、ヴィスマイヤー卿ともお知り合いなのですか?」
皆の視線がアーニー先生に集まる。先生は慌てて持っていたティーカップをテーブルに置いた。
「はい。以前に一度だけお目に掛かったことが……。ただ私もリリアナ・オルケーノ様との認識だったので、まさか今回の訪問先のアルカーノ家の奥方だとは思ってもみませんでした」
「流石にオルケーノの名では王立学院に入学出来ないでしょ?」
「それはそうですね」
アーニー先生は苦笑いをしつつ同意した。
「どうして? 海賊団の子どもだと、学院に入学出来ないってこと?」
「あら。ルシオは海賊の息子が同じ教室に居ても気にならないの? 流石はバルマー家の……いいえ、フレドの息子だわね」
「僕は全然気にしないよ。だってここ数年、オルカ海賊団は非難されるようなことは全くしていないでしょう? 逆に他国の海賊の排除を買って出てくれているくらいだよね」
「あらら。詳しいのね」
「それは国と連携して動いてるってことですか?」
アスールも話に加わる。
「連携は……特にしていないわね。アルカーノ商会としても貿易商という商売柄、海の安全は絶対に確保したいもの。結果として国とも利害は一致しているってことにはなるわね」
「だったら尚のこと気にする必要は無いのでは?」
「皆がそうは思ってはくれないのよ。実際に、昔は随分と悪どいことをしていた時代もあるのよ。そのことを無かったことにはできないわ。さあ、お茶のお代わりを用意するわね」
そう言ってリリアナは席を立つと、部屋を出て行った。
「でも、まさかアスールとレイフが再従兄弟同士だったとは驚きだね。似てるところとかある?」
「どうかな。見た目的には……あんまり似てないよね?」
「御二人とも根が真面目なところがそっくりだと思いますよ」
ダリオが指摘する。
「それはそうと、レイフ様。こちらの御宅のホルク鳥舎で、あの二羽を預かって頂くことは可能でしょうか?」
「母さんに聞いてみてもらえるかな。ホルクの管理は母さんがしているから」
「左様ですか。休み明けからはテラスの鳥小屋に移すのつもりでしたし、徐々に慣らしておいた方が良い頃ですよ。急に一羽だけにするよりは他の鳥たちと一緒に鳥小屋での暮らしをスタートさせる方が慣れるのが早い気がします」
「そうなの? じゃあ、後でリリアナさんにお願いしてみるよ」
アスールとルシオのホルクは隣合って置かれたそれぞれの鳥籠の中で、おとなしく羽繕いをしている。
始終構って欲しがった頃の幼さは抜けて来ている。見た目にも、もう雛とは呼べないくらいに大きく育っているし、餌も小さく刻んでやらなくても自分で食いちぎって食べられるようになった。そろそろ性別も分かる頃だろうか。
飛行訓練開始まであと少しだ。
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