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29 さあ、島へ行こう!(1)

 二日目の午前中。テレジアの街を観光する予定のアスールたちだったが、アルカーノ家のチビっ子たちにせがまれて結局朝食後も出掛けることなく、一緒に絵本を読んだり積み木をしたりしてのんびりと過ごした。思っていた以上に前日の移動の疲れが出ていたのもある。


「島に移動したからといって、残りの休暇をずっと島で過ごさなきゃダメってことじゃないよ。船さえ出して貰えば簡単に行き来は可能だから安心して。一日ゆっくり観光と買い物をしにまた来れば良いよ」

「そうだね。お土産もいろいろ買いたいし、アスールはローザ姫に何かイルカの可愛いものを探すんだろ?」

「ローザにだけじゃ無いけどね」

「アスールだけじゃなくて、ルシオも一緒に離宮に行くんだったよね?」

「そうしろって父親から言われてる。離宮に居れば、そのうち誰かが迎えに来てくれるんじゃないかなぁ。……多分ね」

「ははは。案外適当なんだね」



 アスールとルシオは十日間の予定でテレジア旅行を計画している。最終日は移動に充てなければならないので、今日を含めレイフと過ごせるのは八日間だ。

 レイフからいろいろと話を聞いて、アスールにはやってみたい事が沢山あった。想像するだけでワクワクして(はや)る気持ちが抑え切れない。



「レイフ。お義母さんから今さっき連絡が来たわ。お迎えはお昼過ぎになるそうよ。用意するから、ここで昼食を食べてから行ってね」

「分かったよ、義姉さん。ありがとう!」


 階下からアニタの大きな声が聞こえ、それにレイフが大きな声で返事をする。

 今日は当然だが商会は営業しているので、階下からは忙しそうに仕事をする人たちの出す音や話し声が絶え間なく聞こえて来ている。大声で叫ばなければ聞こえないのだろうが、慣れないその大声にアスールは衝撃を受けた。


「ん? どうした?」

「いや、なんでも無いよ。ちょっとしたカルチャーショック?」

「カルチャーショック?」


 レイフは訳が分からないといった表情を浮かべてアスールを見ている。


「王宮じゃさ、大声で叫ぶ人は居ないから、それでビックリしたんだと思うよ」


 ルシオが助け舟を出した。


「そうなの? 貴族って……皆そんな感じ?」

「大抵はそうだね。うちはちょっと違うけど。アスールは王子だから殊更に特殊な環境なんだと思う。なんたって家が王宮だもんね。まあ本人にはそれが日常なんだから、特殊だなんて思ったことは無いだろうけど」

「学院に入学してから、自分にはこんなにも知らなかった世界があったんだって日々実感してるよ」

「へえ」

「毎日すごく楽しいよ」

「それは俺も、いや、僕もだよ」

「もちろん僕だって! って今ここで張り合っても仕方ないね」


 そう言い合いながら突然笑い出した三人を、レイフの小さな甥っ子たちは不思議そうな顔をして見上げていた。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 昼食後にアルカーノ商会まで迎えにやって来たのは、かなり日焼けして、ちょっと強面の、ひどくガッチリとした大男だった。

 どうやったらこんなにも鍛え上げることが出来るのだろう? と思わず見惚れてしまうほどの腕が、彼が着ているかなりピッチリとした半袖のシャツの下から飛び出している。


 男はたった一人で五人分の荷物を次々と無言で馬車に積み込んでいく。

 商会前に横付けされたその馬車は、行きに乗って来たアルカーノ商会と書かれたものよりもずっと大きくて、外観は一見シンプルに見えるがよく見れば随分と立派な作りだ。商会名や紋章など、馬車の持ち主を推測出来るようなものは一切無い。


「おかえり、(ぼん)。元気そうだな」

「ただいま! まさかマルコスさんが迎えに来てくれるとは思わなかったよ。ありがとう!」


 マルコスと呼ばれた強面の男は、レイフに礼を言われるとそれまで硬かった表情を一気に崩し、意外にもレイフに優しく微笑んだ。

 レイフはこれから島に向かう四人をマルコスに順に紹介していく。マルコスはあっという間に先程までの硬い表情に戻ってしまった。


(もしかして、余り歓迎されていないのかな?)


「港で船が待ってる」


 それだけ言ってマルコスはさっさと御者台に乗り込んだ。

 見送りのために店先に出て来ていたアニタが両手を腰に当て、呆れ顔でマルコスを見ている。小さな溜息をついてから、気を取り直したように馬車に乗り込むアスールたちに手を貸してくれた。


「じゃあ、皆さんお気をつけて。島は本当にとっても良いところよ。楽しい夏休みを過ごしてね!」

「「お世話になりました」」

「またいつでも寄ってね」


 アニタは無事に五人が馬車に乗り込むとそっと扉を閉めてくれた。アニタの足元でチビっ子たちが母親に抱っこをせがんでいる。

 馬車が走り出し、母親の両腕に抱かれた二人の兄弟が一生懸命に馬車に向かって手を振っている姿が見えた。



 馬車が停まりアスールたちが降ろされたのは、昨日の夕方定期船を降りたあの埠頭ではないようだ。それほど大きくはない建物が一軒とその横に厩舎と倉庫らしきものがあるだけのようだ。

 マルコスは荷物を全てを一ヶ所にまとめて下ろすと、建物内で待つようにだけ言い残して、自分は厩舎の方へさっさと行ってしまった。


「中で待ってればすぐ来るよ」


 レイフは慣れた様子で建物の扉を開けて中へ入って行く。アスールたちもレイフの後を追った。


 建物の内部は何の変哲も無いように見えた外観とは打って変わって、随分と趣のある凝った内装になっている。先程まで乗っていた馬車もそうだが、敢えて目立たぬように装っている風にも感じられる。


 レイフに気付いたようで、奥の部屋らしき扉が開いて、これまた屈強そうな若い男が出て来た。


「今ホルクを飛ばしたから、すぐに船は入って来ますよ」

「ありがとう」


 レイフはそのままその男と立ち話を始めたので、アスールたちは取り敢えず近くの椅子にそれぞれ腰を下ろして待つことにした。アーニー先生だけは座らずにアスールの背後にピッタリと立って辺りを警戒しているらしく、ピリピリとした痛いほどの緊張感がアスールにまで伝わってくる。


「先生、座らないの?」

「いえ、結構です」

「何か気になる事でも?」

「少し……」


 先生に話す気が無いようなのだから、アスールも無理に聞き出すつもりは無い。ダリオは無言のまま眼鏡を外すと、ポケットから取り出したハンカチでレンズを拭き始めた。

 なんとなく漂う緊張感に堪えられなくなったのか、ルシオが突如話し始めた。


「ねえ、今から行く島ってお店とかはあるの? 島に住んでいるのはルシオの家族だけ? 水や食べ物とかってどうやって手に入れてるの? 嵐が来たら島から出られなくなったりする?」


 矢継ぎ早に投げ掛けられる質問にレイフが答えようと口を開きかけたその時、入り口の扉が開いてマルコスが入ってきた。


「すぐに出港する。さっさと乗り込んでくれ」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、マルコスは早くしろとでも言う風にくいくいっと手招きをして、すぐに建物から出て行った。


「ごめんね。あの人、悪い人じゃ無いんだけど、ちょっと人付き合いが下手って言うか……」

「大丈夫。気にしてないよ」



 埠頭には一本マストのそれ程大きくない船が停められている。すでに荷物の積み込みは終えられていて、あとはアスールたちさえ乗り組めば、今すぐにでも出港可能な状態のようだ。

 レイフが先頭になって、埠頭と帆船の間に渡された木の歩み板の上を事も無げに渡って船に乗り込んだ。


「早くおいでよ!」


 そうは言われても、波で船が揺れる度に、その決して幅広いとは言えない歩み板が上下する。アスールはどうしても最初の一歩が踏み出せない。見兼ねたアーニー先生が躊躇しているアスールの横をすり抜け、歩み板の真ん中に立ってアスールの方に手を差し出した。


「大丈夫! 一度渡ってしまえばなんて事ないから」


 アスールは意を決して歩み板に足を乗せた。途中で一度身体が浮き上がる程の波が来たが、先生に手をぐいっと引き寄せられ、そのまま数歩、ほとんど駆けるようにして歩み板を渡り切った。ルシオも「うわー」っと声を上げながらアスールに続いて乗り込んで来る。

 その後ろからホルクの入った鳥籠を両手に持ったダリオが余りにも平然と姿勢正しく渡って来るので、アスールとルシオは自分たちの余りにも情けない姿を思い返して、顔を見合わせ苦笑いをするしかなかった。


 マルコスが手際良く歩み板を船に引き込み、乗員に合図を送ると、船は静かに海原を走り始めた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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