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28 アルカーノ商会

 ヴィスタル発テレジア行きの定期船は定刻通りに無事にテレジアの港に入港した。港にはレイフの長兄であるカミルが迎えに来てくれていた。


「兄さん!」


 デッキの上から埠頭に居る兄を見つけたレイフは大声で叫ぶと、兄に向かってぶんぶんと大きく手を振っている。下船が始まるとレイフは一人兄の元へと駆け出して行った。


 久々に兄に会えて興奮を隠し切れないレイフの気持ちがアスールたちにも手に取るように伝わって来た。

 アスールやルシオのような馬車で日帰り出来る距離に家がある者とは違って、レイフが家族に会うのは入学後初なのだから、その喜びもひとしおだろう。



 埠頭に降り立ったアスールたちをレイフは兄の横に立って気まずそうに出迎える。レイフの兄はそんな弟の頭をぽんぽんと叩いている。もしかしたら撫でているつもりなのかもしれないが。


「ようこそ、テレジアへ。お待ちしておりました。お疲れではないですか?」


 レイフの兄は明るい声でそう言うと、特に答えを待つでもなく、近くに居た男衆に指示を出して、あっという間に荷物は “アルカーノ商会” と書かれた二台の馬車に積み込まれた。


「先ずは日が暮れる前に我が家へ向かいましょう。妻が夕食を準備して待っています。これと、その後ろの馬車とに分かれて乗車して頂けますか? 混み合う前にすぐに出発しましょう」


 レイフの兄が言うように、確かに迎えに来ていた何台もの馬車が乗客を乗せて帰り支度を始めている。早めにここから出発しなくては大渋滞に巻き込まれそうだ。アスールたちも慌てて馬車に乗り込んだ。

 先頭の馬車には兄カミルとダリオとルシオが、後続の馬車にはレイフとアスールと護衛のアーニー先生が乗っている。アスールは窓から薄暗くなっていくテレジアの街を眺めていた。


「木組の家が多いね。なんだか可愛らしい街だ」

「そうだね。ヴィスタルは石造りの建物がほとんどだから、ここは随分雰囲気が違うでしょ」

「黒と白? 茶色と白かな? コントラストが素敵だね」

「木は黒っぽいものもあるけど、多くが焦茶色だね。白く見える壁の部分は漆喰だよ」


 レイフはアスールの横に並ぶようにして、窓の外に広がる自分の故郷の景色を楽しそうに説明している。街には段々と灯りが灯り始めていた。



 馬車は街の中心地に近づいていっているようで、徐々に通りは賑やかになっていく。そして周りよりも一際大きな建物の前で馬車は静かに停車した。


 外から扉が開かれ、レイフを先頭にアスールとアーニー先生も続いて馬車を降りる。

 誰かが馬車が到着したことを知らせたのだろう。何人もの男衆が建物から出て来たと思って眺めていると、恐ろしいほどの手際の良さで馬車に積まれていた荷物が建物内へと運び込まれて行った。


 建物の正面入り口に “アルカーノ商会“ と書かれた大きな看板がかけられているのが見える。

 扉を入ると広いフロアの奥に長いカウンターがあり、手前には商談用と思われるテーブルがいくつか置かれている。左右には上客用の個室もあるようだ。

 すでに今日の営業は終了しているようで人影はない。



 フロアの中央にある階段からにこやかな笑顔の女性が降りて来た。上の階では小さな男の子が二人、興味津々の様子で今来たばかりの客を覗き込んでいるのが見える。


「ようこそお越し下さいました。住居部分は上の階になりますので、どうぞお上がり下さいませ」


 女性は優雅な仕草で挨拶をする。それから、


「お帰りなさい。レイフ」


 そう言って女性はレイフを抱きしめた。二階から「兄ちゃん帰って来たー!」と言う小さな子のはしゃぎ声が聞こえて来る。


「ただいま、アニタ義姉さん。チビたちもただいま。元気だったか?」

「チビじゃないよ!」

「元気だよ!」


 明るい声がガランとしたフロアによく響く。思わず皆が笑顔になる。




 この大きな建物がクリスタリア各地にあるアルカーノ商会の全てを取りまとめる総本部で、現在はレイフの長兄であるカミルとアニタの夫婦が中心となってアルカーノ商会テレジア支部を切り盛りしているらしい。

 レイフの両親は商会全体の統括をしてはいるが、ほとんど島で暮らしているそうだ。


 アルカーノ商会の扱う商品は食料品から衣料品、生活雑貨、家具まで多岐にわたる。中でもクリスタリア国内では生産できないような特別な果物や香辛料や生地を国外から取り寄せ扱っていることで人気があるらしい。



 その日の夕食はとても賑やかだった。レイフの甥っ子たちの熱烈な歓迎っぷりに終始笑いが絶えず、アニタの手作りの美味しい食事を堪能した。

 デザートに到達する前に甥っ子たちはすっかり全てを出し切ってしまったらしく、危うく食事の皿の上に顔を突っ込むのではないかとアスールをハラハラさせるほどの睡魔に襲われ、食事が終了する前に母親によって強制退場させられた。

 王宮では家族全員が揃って食事が出来るなんてことは滅多に無い。その上こんなにもお腹を抱えて笑うほど賑やかに食事をしたのはアスールにとって初めての経験だった。



「今晩は手狭で申し訳ないですが二部屋に分かれてお泊まり下さい。明日の午後、本宅のある島からお迎えの船が参ります」


 アニタはレイフに「客間にはベッドが二台しかないから今日は既に寝ている甥っ子たちと一緒の部屋を使うよう」にと言ったのだが、散々揉めた結果、レイフもアスールとルシオと同じ部屋を使うことでなんとか決着した。



 案内された客室は思っていたよりもずっと広く快適そうだ。アニタが心配していた通り、ベッドは普通サイズのものが二台しか置かれていない。


「この二台のベッドをくっつけてさ、横向きに三人並んで寝たら良いよ」


 ルシオの提案に従って、三人で片方のベッドをどうにかこうにか押して、最後にはなんとか二台をくっつけることに成功した。

 そのまま三人で勢いよくベッドに飛び込んだ。

 ベッドの上で今度は誰が真ん中に寝るかで更に揉め、結局ルシオが真ん中と言うことで話がついた。


「二人とも静かに行儀良く寝てよね! 夜中に僕を蹴ったり叩いたりなんてしないでよ!」



 その夜は遅くまで今日あった出来事を三人で語り合った。

 初めての船旅、初めて見たイルカ、初めての街並み。アスールとルシオにとって初めて尽くしのこの旅の始まりは最高のスタートとなった。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 翌朝ルシオが目覚めた時には既にアスールとレイフは起きていて、窓辺に置かれた椅子に座り話し込んでいた。


「おはよう。二人とも早いね」


 大きな欠伸(あくび)をしながら挨拶をするルシオに二人が眠そうな顔をして答える。


「「おはよう。ルシオ()よく眠れたみたいだね」」

「うん。何? 二人は眠れなかったの?」


 不思議そうに二人を見るルシオを見ていた二人が顔を見合わせる。それから二人揃ってぶふふと吹き出した。


「僕たちは君に言われた通りとても行儀良く静かに眠ったよ。ねえ、レイフ?」

「ああ、そうだね。どっかの誰かさんのキックやパンチをお見舞いされるまではね」


 そう言ってまた二人は吹き出した。キョトンとしているルシオを見て今度は大声をあげて笑い出す。


「えっ。もしかして僕、寝相が悪かった?」

「悪いなんてもんじゃ無いよ。さ・い・あ・く」

「うそーーーっ。ごめん!」

「まあ良いさ。島に行ったら俺は自分の部屋がある。それにアスールもルシオもちゃんと別々のベッドを用意して貰えるよ。今夜はぐっすり眠ろうぜ、アスール!」

「そうだね。助かるよ」

「ほんと、ごめんってばーー」



 旅の二日目はこうして若干睡眠不足の感は否めないが、なかなかのスタートになりそうな予感がしていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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