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23 夏休みの計画

「じゃあ、個人所有の島に招待されていると言うことなのね?」

「はい」

「それで、お相手は何処の何方なの?」


 アスールは兄のシアンと王宮に戻り、レイフに夏休み中に島へ遊びに来ないかと誘われたことを母であるパトリシアに伝えていた。


「レイフ・アルカーノという魔導実技演習のクラスで友だちになった子なのですが……。あの、母上。何処のとはどういうことでしょう?」

「パトリシア様、その件でしたら私から説明申し上げたいのですが、宜しいでしょうか?」


 それまでアスールの後ろで黙って控えていたダリオが口を開いた。


「構わないわ。ダリオ、お願い出来る?」

「レイフ様はアルカーノ商会の三男で、現在学院の第一学年に在籍しておられます」

「アルカーノ商会って、あのアルカーノ?」

「左様で御座います。アルカーノ商会はヴィスタルに本部が御座いますが、商会の事実上の本拠地はテレジアのようです。そしてアルカーノ家の本宅はテレジアの港から船で半刻ほどの離島に建てられているようです。今回はそちらへの御招待になります。その島へは許可を得た船しか入港出来ないらしく詳細は分かりかねますが、安全面等特に問題は無いかと」

「そうなのね。貴方がそう言うなら問題は無いのでしょう。アスール、後できちんとお父様にも了解を頂かないとならないけれど、私は反対は致しませんよ」

「ありがとうございます」

「ただね……ちょっと問題が……」

「…‥はい」

「……。貴方、……夏休みが始まったら、そのまま直接そちらのお宅にお世話になりなさい。そうよ! それが良いわ」

「はあ」

「それと、全て決まるまで、このお話はこれでお仕舞いにしましょう」

「はい」

「ダリオも良いわね。余計なことは言わないで頂戴ね」

「畏まりました」


 パトリシアは立ち上がると極上の王妃スマイルを浮かべて言った。


「では、参りましょう。皆がサロンで待っています」




 サロンには父王以外の家族が揃っていた。


「アス兄様! お帰りなさい」


 ローザが扉を開けて入ってきたアスールに駆け寄って来た。胸元にはシアンからのペンダントが輝いている。


「ただいま、ローザ」


 ローザはアスールの手をグイグイ引っ張ってソファーの側まで連れて行った。


「お帰り、アスール。元気そうじゃな」

「ただいま戻りました。お祖父様もお変わりないご様子、何よりです」


 フェルナンドはアスールに自分の隣に座るようにと、ソファーをぽんぽんと叩いている。アスールはそこへ静かに腰を下ろした。


「どうだ学院は? 何か面白いことは起きておるか?」

「面白いことですか? ……あっ、そうだ! お祖父様も学院の卒業生でしたよね?」

「そうじゃよ。随分と昔の話だがな」

「その頃、学院に七不思議はありましたか?」

「七不思議? ……知らんな」

「では、学院にある大きな貴石をご存知ですか? 数年前までは本館の中央ホールに置かれていたそうなんですが」

「ああ、それなら知っておるぞ。あれはあの地で掘り出された物じゃ。元々あの一帯は広大な森だった。まあ今もそうじゃが。あの学院は四代前の王に当たる儂の曽祖父が、王家の離宮だった建物を使って貴族の子女たちに教育を試みたのがそもそもの始まりじゃ」



 フェルナンドの話によると、現在王立学院の本館として使用している建物は王家の夏の離宮だったそうだ。

 学院設立の話が持ち上がった時に、夏の間しか使われることのなかったこの建物を使用してはどうかと、当時の王であったフェルナンドの曽祖父が提案した。

 最初はそれほど学生の人数も多くなかった王立学院であったが、年を経て学生が増えるに従い元々の離宮だけでは当然だが手狭になる。やがて奥の森が開墾され、新しい建物や施設が増えていった。


 学院開校から数年が経った頃、森の中に巨大な貴石が埋まっているのが発見された。森の近くに鉱脈は無い。その貴石は本来そこにあるはずのものではなく、明らかに人の手により埋められたものだと推測されたが、それだけ巨大な貴石であるにも関わらずその貴石の存在など、王家に伝わる文献のどこにも記されていない。取り敢えず調査も兼ねてその貴石を掘り出してみることになったそうだ。



「ところがだ、貴石を掘り出してみると、まるでその石が栓にでもなっていたかのように、地中から水がじわじわと溢れ出てきたと思ったら、貴石が埋まっていた穴にあっという間に水が溜まったそうじゃ。やがてそれは枯れることのない泉となり、今ではそこから湧き出た水があの一帯の土地をを豊かに潤しておる」

「それって」

「ん?」

「その泉ってもしかして小さな女神の像のある泉ですか? この前授業でそこの泉に行きました」

「ああ、貴石は学院に運び、代わりに女神の像を置いたと聞く。文献では掘り出された貴石は濃い紫色だったとあるが、今学院にある貴石はどうだ?」

「ほとんど透明ですね。光の当たる角度によっては薄っすらピンク色に見えなくもないです」


 それまで黙って聞いていたシアンが口を開いた。


「ほとんど透明? もしかすると徐々に貴石は色を失っているのかもしれんな……。儂の知る頃は淡いピンク色じゃった」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



 結局アスールは父に会えずに学院に戻った。

 どうやら他国から訪問団が来ているらしく、どういった用件かはアスールの与り知るところでは無いが、王宮は普段に比べるとなんだか落ち着かない雰囲気に包まれているような気がした。


「夏はテレジアの島に行くんだって?」


帰りの馬車の中でシアンがアスールに尋ねた。


「はい。父上の許可が頂ければですが」

「それは大丈夫でしょ」

「兄上はどうされるのですか?」

「僕はずっとハルンだね。ちょっと落ち着いて取り組みたいこともあるし」



 ハルンというのは王家の夏の離宮の一つである。

 クリスタリアの王都であるヴィスタルは毎年夏になると国内外から多くの人々が押し寄せてくる。街は観光客でごった返し、王宮周辺にもこの土地に不慣れな人々が近づくため、必然的に王宮周辺には警備の兵も増える。その為例年この時期には国王を除く家族は一斉に王宮から離宮へと移動するのだ。

 正妃パトリシアとその子どもたちはハルンへ、第二夫人であるエルダとその子どもたちは別の離宮へと。

 ハルンは大きな湖の畔に位置し、ヴィスタルよりは幾分涼しく過ごしやすい。


「多分だけど、今年が家族皆で過ごせる最後の夏になるんじゃないかな」


 突然のシアンの言葉にアスールは戸惑った。


「どういうことですか?」

「今、ハクブルム王国から大勢人が来てるのは知ってるだろう?」

「はい」

「姉上の縁談が持ち込まれている。第一王子とのね」

「えっ。そうなのですか?」

「……うん。年齢的に考えてもこれ以上は引き伸ばせないだろうな」

「引き伸ばす?」

「もう随分と前からこの話は出ていたんだよ。お相手のゲイリー王太子殿下は三年前にクリスタリアを訪問した際に姉上を見染めていて、既に何度も父上を通してアリシア姉上に求婚してるんだ」

「姉上はお相手の方を好ましく想ってらっしゃるのですか?」

「そのようだね」

「……なら良かったです」

「そうだね」


 その後はなんとなく二人とも黙ってしまい、アスールは車窓からの景色をぼんやりと眺めていた。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



「本当に? 僕も誘っても良いって彼が言ったの?」


 その日の夕食後、アスールが夏休みのテレジア旅行の計画をルシオに伝えると、ルシオは興奮気味に食い付いてきた。


「ルシオとマティアスも誘ってみたら? って言われたんだ。マティアスは実家に戻るって言うし、僕と二人だけど行く気ある?」

「行きたい!」

「ただね、母上の了解は得られたけど、父上からはまだなんだ。だからこの旅行は確定事項では無いよ。数日以内に連絡があると思う」

「分かった。僕も来週戻って相談して来るよ。それでどんな予定なの?」

「母上からは夏休みに入ったら王宮に戻らずに、直接テレジアに行く方が良いって言われたんだ。だからその日程で大丈夫かどうかをレイフに確認してもらおうと思ってる」

「一旦帰らないの?」

「ローザには()()()()テレジアに行くんだよ」

「ああ、そういうことね」


 ルシオは納得したと言いた気にニヤリと笑った。


「直接行くってことは……チビ助も連れて行くってことで良いよね?」

「それも確認するよ。テレジア迄はヴィスタルの港から定期船が出ているらしい。それ程遠くないってレイフは言ってたよ」

「僕、定期船は初めてだ! って言うか、船に乗るのが初めてなんだけどね。楽しみだよ」

お読みいただき、ありがとうございます。

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