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22 図書室の亡霊

 シアンと二人で学院七不思議に登場する貴石を見に来て以降、学院の図書室の最奥の部屋の一番左のキャレルが、すっかりアスールの放課後の定位置になっている。

 ホルクのピイも少し成長して、慌てて寮へ帰って餌を与える必要が無くなってきたので、アスールはその日の課題を図書室で終えてから自分の部屋に戻るようにしているのだ。

 と言うのも、ピイのいる部屋で課題など始めようものなら、遊んで欲しい悪戯好きの雛鳥がすぐに邪魔をしに飛んでくる。アスールはもう何度かノートを破かれている。



「やっぱりここに居た」


 声をかけてきたのは兄のシアンだった。


「ああ、兄上! どうかされましたか?」

「別に大した用では無いよ。週末に王宮へ戻ろうと思っているけど、アスールも一緒にどうかなと思って」

「もしかしてペンダントが完成したのですか?」

「どうにかね」


 シアンはアスールの向かいのキャレルに荷物を置くと、そのまま貴石に歩み寄っていった。そしてそのまましばらくの間じっとその巨大な石を見つめている。アスールはそんな兄の背中をなんとなく眺めていた。


「ああ、やっぱりそうだ。この前もちょっと思ったんだけど、なんだかこの貴石の側に立つと不思議と心が落ち着くんだよね。アスールはそう感じない?」


 シアンは突然振り返るとアスールに尋ねた。


「えっ。どうだろう? 落ち着く? ……ちょっとその感覚は僕には分からないです。でも、ここの場所はなんだかすごく居心地が良いです」

「よくここに来ているらしいね。で、その後貴石に何か変化はあった?」

「特には」

「……アスールは集中すると周りが見えなくなるから、何かあっても見逃している可能性は捨て切れないな」

「そうなんことは無いです!」

「さっきだって、僕が声をかけるまで気が付かなかっただろ?」

「まあ、それは……そうですけど」


 シアンは屈託のない笑顔をアスールに向ける。


「それで? どうする?」

「えっ? 何を?」

「だ、か、ら。週末。一緒に王宮へ帰るかい?」

「ああ。そうでした! 帰ります。僕も相談したいことがあるし」

「まさか、またルシオと何か始める気かい? 今度は何を飼うつもり?」

「違いますよ。夏休みの件で」

「ふうん。ローザの機嫌を損ねないと良いけどね」

「うぐっ」



 その後はシアンもキャレルに座り課題を片付けはじめたようで、静まり返った閲覧室には、本のページを捲る音と紙の上を走る二人分のペンの音だけが響いていた。




「ふん。やはり気付いてはいないようだな……」


 貴石の横を小さな影がすうっと滑り抜けたが、二人の手は止まることなく、その気配にも気付くこともなかった。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



 夕食後、アスールの部屋にはマティアスと、ホルクの雛を連れたルシオが遊びに来ていた。


「ほらチビ助。仲良くピイと遊んでな」


 ルシオは鳥籠の扉を開けて、慎重に雛を籠の外に出した。ところがチビ助と呼ばれたその雛は、見慣れぬ人間たちと見慣れぬ部屋に戸惑っているのか、なんとしてもルシオの腕から降りようとしない。

 ピイはといえば、チビ助になど全く興味を示さず、窓際でアスールが今日拾ってきたばかりの木の枝を楽しそうにつついて遊んでいる。ずっとこの部屋でアスールと過ごしているピイは、もしかするとチビ助を仲間だと認識していないのかもしれない。それはチビ助にとっても同じらしい。


「ピイ。ちょっとおいでよ」


 アスールが声をかけるとピイがふわりと飛んで来て、アスールが上げた左腕にすっと降りた。

 アスールは乗っているピイごと自分の腕をルシオに近づける。ルシオの腕にいたチビ助がピイを見て少し後退りをする。ピイは新参者の目の前で自分のテリトリーを主張するかのように羽をバサバサと羽ばたかせた。


「ピイ。仲良くしてあげて」


 アスールが声をかけるとピイはアスールの方をじっと見つめてから、テーブルの上にピョンと飛び降りる。それからトテトテとルシオの腕の近くまで歩いていくと「ピイィ」と小さく鳴いた。

 チビ助は首を傾げるような仕草を見せ、しばらく考えて気持ちが固まったのか、ピョイとテーブルに降りたった。


「ホルクって……なかなか面白いな。それに、想像以上に動きが可愛い」


 マティアスが二羽の様子を興味深げに観察している。


「餌をあげてみる?」

「良いのか?」


 アスールはオヤツ用に摘んできた姫林檎の花をマティアスに渡した。マティアスは花の香りを確認した後で、そっと指で詰まんでピイに差し出した。


「掌にのせてあげた方が良いよ」


 アスールが自分の掌に姫林檎の花を一つのせて、ピイの方に手を伸ばす。ピイはアスールの掌の花をパクリと食べた。マティアスも慌てて花を掌にのせた。ピイは新たに伸びてきた掌の上の花もパクリと食べる。マティアスのこんなにも嬉しそうな顔が珍しくて、アスールとルシオは顔を見合わせてニヤリとした。




「そう言えば、最近ちょっと話題になってる図書室の亡霊って知ってるか?」

「図書室の亡霊? なんなのそれ?」


 もう雛鳥たちの観察には充分満足したのか、マティアスが急に新しい話題を振ってきた。今日の剣術クラブの時にでも聞いてきたのだろう。


「どうせただの気の所為とかだろうとは思うけど、ルシオはこう言う話が好きだろう?」

「うん。好き、好き!」


 ルシオは身を乗り出すようにして話の先を促した。


「図書室で、誰も居ないはずなのに物が移動したり、何かが背後を通る気配がしたり、音が聞こえたりするらしいんだ。亡霊だか幽霊だか知らないけど、怖くて図書室に一人で行かれないって女の子の付き添いをしたって上級生が話しているのを聞いた」

「なにそれ。もしかして『怖いわ。一緒に来て!』『俺に任せろ!』『きゃ、素敵!』とか言う流れじゃ無いよね、それ……」

「そうなのか? アスール」

「えっ。僕に聞かないでよ!」


 ルシオはお腹を抱えて笑っている。


「アスール最近よく図書室に行ってるみたいだけど、何か知らないの?」

「僕は特に何も……。そもそもそれって本当の話なの?」

「分からん」

「騎士コースの上級生だったら、魔力量的にも将来性的にも優良物件だろうから……今のうちに囲い込みたいと思ってる女の子がいても不思議じゃ無いよね」

「そうなのか?」

「はあ……。騎士コースの面々がマティアスみたいに訓練至上主義な筋肉馬鹿ばっかりだったら、それも無駄な努力になりそうだねけどね」


 マティアスはルシオの言わんとしていることが理解できないようで口を開きかけたが、ルシオがそれを遮った。


「ねえ、アスール。この焼き菓子のお代わりってまだある? 出来ればもうちょっとだけ食べたいんだけど」

「あると思うよ」


 アスールがダリオの方を振り返ると、もうすでにダリオが三人分の新しい皿の用意をしているところだった。


「やったー。お茶もお願いしまーす」

「あれだけ夕食を食べた後で、まだこれ以上食べるのか?」

「マティアスが食べないんだったら、君の分も僕が遠慮なく頂くよ」

「食べないとは……言ってない」


 ダリオは美しく洗練された所作でもって、あっという間に三人の前に新しく淹れなおしたばかりのお茶とお菓子を並べた。

 それが終わるとまたすぐに部屋の定位置に戻って控えている。そしてそこから優しい笑顔を浮かべ、楽しそうに笑い合う三人を見ていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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