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20 学院七不思議

「ねえ、兄上。兄上は “学院七不思議” って聞いたことありますか?」

「なんだい? アスール唐突に……七不思議?」


 シアンは例の “薔薇のペンダント” の改良版を作っていたのだが、予期せぬ質問にその手を止めて、驚いた顔でアスールを見ている。


 この日の放課後、ホルク飼育室へはルシオが行ってくれると言うので、アスールは久しぶりに魔導具研究部に顔を出していた。

 アスールもルシオも幼鳥の世話があるので、頻繁にクラブに参加することも儘ならない状況がいまだに続いていた。それでも二人とも暇を見つけては、短い時間であってもこうしてクラブに顔を出すようにしている。ただそうは言っても、まだ魔導具を作ったり研究したり出来る状態にないので、来たからといっても特段することがあるわけでは無い。大抵は兄の近くで魔導書を読んで時間を潰していた。


「先日友人から聞いたのです。その子の九歳年上の姉上が学院に在学していた頃には、学院の七不思議がよく話題になっていたらしくて……最近はあまり聞かないそうなんですけど、何かご存知だったりしますか?」

「いいや。知らないな。七不思議ってどんなものがあるんだい?」

「えっと。喋る猫、消える猫……猫は白猫と黒猫なんだけど、どっちがどっちかは忘れました。それから動く銅像、色の変わる貴石。貴石の中で影が動くって言ってたような……後は何だっけ?」

「まだ五不思議だよ」

「もう一つ聞いたんだけど……。その子も七つ全部は知らないそうです」


 シアンはちょっと考え込んでから、神妙な顔つきでアスールに問いただす。


「ねえ、まさか『七つ全部知ったら不幸が訪れる』とか言うヤツじゃ無いよね?」

「えっ。違うと思います。そんなこと言ってなかったし」

「なら良いけど」

「その子が見たって言うんです。急に目の前にそれまで居なかった猫が現れたのを」

「消える猫ってさっきは言わなかったっけ?」

「七不思議では()()()()なんですけど、彼女が見たのは()()()()らしいです」


 シアンはアスールの言葉にクスリと笑って、また手を熱心に動かし始めた。

 前にシアンがローザに渡したペンダントよりも、薔薇の花を形作っている細工がさらに繊細になっているように見えた。


「今日は来られないって連絡があったそうだけど、クレランス先生もこの学院の卒業生だよ。何年前に在学していたか正確には知らないけど、その子のお姉さんよりは先生の方が多分年上なんじゃないかな。次に会った時に聞いてみたら良いよ。貴石の話に関しては、僕もちょっと興味あるな」


 シアンは顔を上げてニッコリ微笑んだ。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



 翌週、アスールが魔導具研究部の隅にある椅子に座って本を読んでいると、突然上から声をかけられた。


「おやおや。それは私の著書ですね。随分と真剣に読んでおられたようですが、殿下も兄君と同じく魔導石に興味がおありですか?」


 その声の主は顧問のクレランス先生だった。この日の先生は白色の長いローブを着ている。


(確かあのローブ……魔導師団の正装ではなかったか? それに「クレランス先生は今日はお休み」って言っていたはずなのに?)


「さっきまで魔導師団の会合に参加していたんですよ。想定よりもずっと早く終わったので、予定を変更したんです」


 アスールの心を読んだかのように、そう言って先生はニッコリ微笑んだ。


「何か私に聞きたいことがあるとか?」

「はい。でもクラブには全然関係無いことなので……」

「別に構いませんよ」


 先生は椅子を引っ張ってくると、アスールのすぐ横に腰かけた。二人の様子に気付いたらしいシアンも作業スペースから立ち上ってこちらに近付いて来るのが見える。アスールは兄の分の椅子も用意した。


「さて、どう言ったお話かな?」

「実は、友人から学院の七不思議についての話を聞いたのです。今は知っている人もほとんどいないらしいのですが、以前はよく話題になったらしくて……。もし先生が何かご存知だったら教えて頂きたいと思って」

「ほう。七不思議か。これはまた懐かしい話題だね」

「弟の友だちは七不思議の一つに出会ったらしいのですよ。消える猫ならぬ現れる猫だったよね?」

「はい。消える白猫、が本来の話らしいのですが、その子は目の前に突然白猫の()()()()()が現れたって言うんです」

「他の七不思議は何だって?」

「六つしか分からないんですが、消える白猫、喋る黒猫、夜中に動く銅像、誰も居ないのに軋む階段、色の変わる貴石、貴石の中で動く影です」

「なるほどね。僕の時代には軋む階段は無かったなあ。残りの二つは、礼拝堂の幽霊と割れる皿だったよ」

「そうなのですか?」

「ああ。ちなみに喋る黒猫って言うのは、西寮の寮監だった人の飼っていた猫のことで、如何にも人と喋っているかのようなタイミングでその猫が鳴くんだよね。寮監さんは数年前に交代してるから、今はその猫も学院にはいないけど。風変わりな猫だったよ」

「貴石については何かご存知無いのですか?」


 シアンが先生に尋ねた。


「貴石かあ。多分両方とも図書室の奥にある大きな貴石のことだと思うけど……見たこと無いかな?」

「二つの不思議が同じ貴石ですか?」

「そうだと思うよ。僕が卒業したのは十年前だけど、僕の在学中、あの大きな貴石は学院本館の中央ホールに飾られていたんだ。その頃頻繁に貴石の色が変わるとか、中に動物がいるとか、影が動くとか噂になっていたね。女子学生があまりにその噂を怖がるんで、僕たちの卒業と同じタイミングで中央ホールから図書室に移動させるって話が出てたね」

「図書室のどこに置かれているかご存知ですか?」


 シアンは興味津々でクレランス先生に尋ねている。


「閲覧室の最奥だと思ったけど、君たちはあまり学院の図書室は利用しないだろう?」


 というのも、学院の図書室に置かれている本のほとんどは王宮の図書室にもあるので、わざわざ他の学生と争ってまでシアンやアスールが学院の図書室の本を借りることは無いだ。実際、さっきまでアスールが読んでいた魔導石の本も王宮から持ってきたものだった。


「寮に戻る前にその大きな貴石を確認しに行こう!」


 シアンは目を輝かせ、この素敵なアイディアをアスールに嬉々として提案してくる。


「そうですね」


 アスールは珍しく強引な兄に笑顔で応えた。




 もうかなり遅い時間だったため、既に図書室に人影はほとんどない。広い図書室に二人の革靴による足音だけがアスールの耳にはやけに響く気がしてならなかった。


「閲覧室の最奥って言ってたよね、アスール?」

「はい」


 学院の図書の最奥には古い時代の歴史的資料や文献が保管されているようで、如何にも時代を感じる背表紙の本や、古代文字で書かれているらしくアスールには読めないものも多く並べられている。

 もうここまで来ると誰も居ない。


「あった。あれだよきっと」


 シアンの足取りが早くなった。アスールも慌てて兄の後を追う。

 そこにあったのは、アスールが想像していたよりもずっと大きな貴石だった。二人はその光景に目を奪われ、それ以上進むことが出来ずにその場に立ち尽くした。

 というのも、その貴石はまさに奇跡的なタイミングで明かり取りの窓から入り込む夕方の柔らかい光を受けて、壁に全体に虹色の幻想的な光をゆらゆらと映し出していたのだ。


「すごい!」

「ああ、本当に綺麗だ」


 そうしている間にもどんどん日は傾いていき、その幻想的な美しい世界はあっという間に終わりを告げた。

 うっすらピンク色にも見えるその貴石は、見上げるほどに大きい。囲いの中に置かれているため手を触れることは出来ないが、石であるにも関わらず何故か冷たい印象は受けなかった。


「想像していたのと全く違ったな。この貴石の色が変わったり、中に動物がいるように見えたりするなら、僕はなんとしてもこの目で見てみたいよ」


 シアンが興奮気味に早口で捲し立てている。こんな兄の姿を見るのは初めてかもしれない。


「最近そう言った噂話を聞かなくなったのは、実際にそういう現象が起きなくなったのか、それとも、ここに移されて単に人目に付かなくなっただけなのか……どっちなんだろう?」

「そうですよね。この場所に置かれていてはこの貴石を知る人は少ないでしょうね。こんなに綺麗なのに……」


 その時、六時を告げる時計台の鐘の音が聴こえてきた。


「今日のところはこれで帰ろう」

「そうですね」


 アスールはさっき見たばかりの、あの余りにも美しく幻想的な光景が頭からずっと離れないでいた。きっとシアンも同じなのだろう。


(ローザにあの光景を見せることが出来たら、きっとすごく喜ぶだろうな……)


 そんなことを考えながら、アスールは兄と並んで寮までの道を急いだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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