19 ポーションを作ろう(2)
濾過は簡単に終わったが、蒸留はそれなりに時間がかかる。アスールは薬液が蒸留される過程をじっと見つめていた。
緑色の薬液は温められることで一旦水蒸気へと変化する。その水蒸気が冷やされることで再び液体になって容器内に溜まる仕組みで、その溜まった液体が完成品のポーションということになる。
「あれ? 蒸留したにも関わらず “無色” では無いって……変じゃない?」
アスールは頭の中に湧き上がった疑問を思わず口にする。その声が聞こえたのか、フェリペ先生がアスールの席に近づいて来た。
「無色じゃ無いことに疑問を持つってことは、蒸留の過程を以前にも見たことがあるのか?」
「はい」
「それはポーションでは無かったと言うことだな?」
「違います。前に祖父がワインを蒸留して、もっと強いお酒を作るんだと言って部屋で蒸留する様子を見たことがあります」
「はは、なるほど。祖父と言うことはフェルナンド様……。それで? フェルナンド様はその蒸留した酒の感想を言っていたか?」
「えっ。そっちですか? 蒸留が全て終わらないうちに母に見つかってしまい全部没収されたので、祖父は出来上がったお酒は一滴も飲んでいません」
「なんだそうか。そりゃ残念。飲んだ感想が聞きたかったのに。没収されたんじゃ飲めないな」
先生は本当に可笑しそうに大笑いしている。そしてふと真顔になってアスールに尋ねた。
「それで? 没収される前にある程度蒸留は進んでいたんだろう?」
「はい。赤ワインは水蒸気から液体に戻った時には無色透明でした」
「そうだね。普通はそう。でもこれはポーションだ。薬液を作る時に薬草と水以外に何を入れた?」
「入れたもの? ……もしかして、魔力ですか?」
「正解!」
どうやら魔力を流し込みながら作るポーションとはそういうものらしい。まあ全部無色透明よりは色の違いがあった方が、ポーションの効能の違いが分かりやすくて良いのかもしれない。
「そろそろ完成した者も出て来てるな。小瓶に詰めた物は一旦回収するぞ。前の作業台の自分の名前の書かれている場所に各自置いてくれ」
並べられた二十本の小瓶は緑の色の濃さだけで無く、透明度にもかなりのばらつきがあった。
「では、お楽しみの試飲といこうか。残った容器の中身は当然全員 “初級回復薬“ だな? 体調が良くなることはあっても、悪くなるはずは無い! 勇気を出して一気に飲み干せ!」
クラスの皆はお互い周りを見回して牽制しあっているが誰も自作のポーションを飲もうとしない。そんな中マティアスが立ち上がると自分の容器を持って、グイッと一気に飲み干した。
実習室内は水を打ったように静まりかえった。
「どうだ? マティアス?」
フェリペ先生がニヤニヤしながらマティアスに感想を聞く。
「特にどうと言うことはありません。不味くは無いです。強いて言えば、身体が少し温かくなって来た気もします」
「良し。成功だな」
それを聞いて男子数人が立ち上がりポーションを一気に流し込んだ。
「ぐえっ」
「ゴホゴホ……」
二人が口を押さえて床にぺたりと座り込んだ。
「あれは典型的な失敗例だな」
フェリペ先生は笑って、その二人に口を濯いでくる許可を出した。その様子を見ていた女の子たちは一様に自分のポーションを見つめて青ざめている。
「まあ、嫌な予感がする者は一気飲みせず、ちょっと舐めて味を確かめても良いぞ」
そう聞いても戸惑う子がいる中で、カタリナがグイッとポーションを飲み干した。皆がその戸惑いの無い飲みっぷりに驚いたようにカタリナを見つめている。カタリナに変わった様子は無い。
「どうやら成功のようだな。ほら皆もカタリナ嬢を見習ってさっさと飲んでしまえ。全員飲み切るまで授業は終わらないぞ!」
フェリペ先生に促され女の子たちが次々にポーションに口をつけ始めた。数人顔をしかめた子も居たが、女の子たちは概ね問題は無さそうだった。
アスールも意を決してポーションを手に取ると、それを一気に飲み干した。ふわりとスハレン草の甘い香りが鼻を抜け、甘味を感じる少しトロリとした液体が喉を通っていった。しばらくするとマティアスが言っていたように身体の芯がポカポカしてきた。
アスールが特に問題無く全て飲み干したのを見て、ルシオも自分のポーションを一気に口に流し込み、ふーっと息を吐き出す。
「不味くも無いが美味くも無い……。期待を裏切る味だ。ちょっと舌先がピリッとするな」
「ほう。ルシオのはピリッとするのか。他の者はどうだ?」
先生は皆の意見を聞いては熱心にメモを取っている。
「全員飲み干したな。じゃあもう一度全員作業台のところへ、ここに並べられている小瓶が見える位置に集まってくれ。今日の総括をするぞ」
先生は小瓶の前に立ち、手帳を見ながら話を始めた。
「ここ並んでいるものをちょっと見ただけでも、ある程度そのポーションの出来と味は想像がつく。ポーションの品質の差は薬草の質にも左右されるが、大きく差がつくのはその作り方だ。先ずは計量。当然だが、正確に計量出来ていなければ一定の品質にはならない」
初心者であればあるほど、計量は最重要ポイントになるのだそうだ。薬草は多くても少なくても駄目で、それを抽出する水の量も正確に計量する必要があるらしい。
ただし、季節によって薬草に含まれる成分は変化するので、そのあたりは臨機応変な対応が必要になるが「授業では指定の分量を守るように」と先生は何度も繰り返した。
「この見本と比べると分かると思うが、液体に濁りのある物はポーションとしては品質が悪い。色の濃い物は抽出し過ぎで苦味が強く、薄い物は抽出不足で効果が低い。これは魔力の流し方に問題がある場合が多いな。ええと、後は……」
先生は手帳をめくっていく。
「そうだ。ルシオが言った舌がピリッとするのは薬草の刻み方に問題がある。ルシオが刻んでいる様子を見ていたが、ギュウギュウ押し潰している感じだったな。あれだと抽出前に薬草がどんどん酸化してしまうから、刻む時は切れ味の良いナイフを使って手早く作業すると良いぞ」
「分かりました。気を付けます。ところで先生、完璧な仕上がりだとポーションは美味しいのですか?」
ルシオの質問に笑いが起こった。ルシオが食いしん坊だと言うことは、すっかりこのクラスの皆に定着しているらしい。
「美味しいかどうかの基準は個人差もあるだろう? 気になるならそこの見本の味見をしてみたらどうだ。自分のとの差を確かめてみるのも勉強だ。容器にも残っているからそっちもどうぞ」
皆がスプーンを持って先生の作ったポーションに群がった。順番にちょっとずつスプーンですくって見本のポーションを口に運ぶ。
「甘い」とか「良い匂いがする」とか、自分のポーションとの違いをそれぞれが口にしていた。それからしばらくすると皆口を揃えて「ポカポカして来た」と言って騒いでいる。
アスールは味見をしてみて、自分の作ったものがかなり見本に近かったことに正直驚いた。思わず顔がニヤける。
先生は時間を確認すると、自分のテーブルに戻って使った道具を綺麗に片付けるように指示を出し、自分の作業台の上を片付け始めた。
「来週は今日と同じ物をもう一度作るから、ちゃんと復習してくるように。片付けの終わった者から帰って良いぞ。ではお先に」
そう言うと先生は二十本の小瓶を並べたケースを抱えて実習室を出て行った。
今日作ったポーションは研究室に持ち帰って成分分析をした上で、次の授業の時に分析結果とともに返却してくれるらしい。
ポーション作りは自分に向いているかもしれないとアスールは思った。来週の授業が楽しみで、肉体的にも精神的にもかなり疲れてはいたが、寮への帰り道、アスールの足取りは軽かった。
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