18 ポーションを作ろう(1)
「ポーションとは何か。先週の魔導薬学 “初級” でちゃんと教えたぞ。はい、誰か答えてみろ」
今日は待ちに待った魔導薬学 “初級調合” の一回目の実技の授業だ。フェリペ先生は一番前の席に座っていたカミル君を指名した。
「ええと、ポーションとは液体状の薬の総称で、種類としては回復薬、毒薬、解毒薬、緩和薬などがあります。回復薬の中には体力を回復するもの、魔力を回復するもの、両方を一度に回復するものがあります。品質の差で初級、中級、上級に分類され、稀に特級も存在します」
「よろしい。今年の授業では主に初級薬の調合を学ぶ。授業の進み具合によっては他の薬も扱いたいと思っている。まあそれはお前たちの今後の頑張り次第だ」
皆の目が一斉に期待で輝いた。フェリペ先生がそれを見てニヤリと笑う。
「ポーションは使用推奨年齢が十歳以上ってことになっているから、ここにいる者のほとんどはまだ飲んだことはないだろ? 飲んだことのある者は手をあげてくれ」
皆が周りを見回しているが、手をあげた者は一人もいない。
「じゃあ、どんな味かはまだ誰も知らないってことになるな……」
先生はすごく楽しそうな、それでいて、ちょっと、いや、かなり意地の悪い表情を浮かべて生徒たちを見ている。
「ポーションの味は作成者の腕次第、飲んでみてのお楽しみだ。完成後の試飲が待ち遠しいな。じゃあ、まずは基本的な説明をするぞ。作業台の周りに集まってくれ」
実習室の教師用の大きな作業台の上には、数種類の薬草といくつかの道具類が並べられている。フェリペ先生はまず大きな濃い緑色の葉を左手で掴むと、黒板に “スハレン草” と書いた。
「一回目の今日は初級回復薬を調合する。材料だが、まず、これだな。スハレン草。回復薬のベースとなる薬草だ。初級から上級まで全ての回復薬にスハレン草は使用する。甘い香りがするだろ? 上手く調合することさえ出来れば、一緒に混ぜる薬草の独特の苦味を抑えてくれる。次はこれ」
今度のは小さな丸みを帯びた葉っぱが沢山連なっている。先ほどのスハレン草の下に今度は “ココペリ“ と書いた。
「ココペリだ。見た目と名前は可愛らしいが、味は信じられないほど苦いぞ。最後にアマリージア。これは薬草というよりは完成したポーションの品質を保つ働きをする」
最後の “アマリージア” は黄色くて細長い葉っぱだった。先生は三種類の薬草の重さを計り、手際よく刻んでいく。それを水の入った容器に入れて火にかけた。
「今回は試作なのでこんな少量で作っているけど、普通はそっちに置いてある鍋で作る。将来的には一度に今作っている量の二十倍くらいは調合出来るといいな。グラグラ沸騰させないように火力に気をつけること。魔力を適量流し続けながらよく混ぜる。魔量は少な過ぎず多過ぎず……混ぜる手は休めるな。段々と薬草から成分が滲み出て来て、もうちょっとすると一気に色味が変わるから注意して見てろよ!」
皆の視線が先生の混ぜている液体の上に集まっている。容器と混ぜ棒がぶつかるカチャカチャという音だけが静まりかえった教室に響いている。
「「あっ」」
何人かの声が合わさった。薬液の色が濃い緑色から一瞬で明るい緑色に変化したのだ。先生は容器を火から下ろした。
「このまま冷めるまで放置した後、この装置を使って濾過する。濾過した液体をこっちの装置で蒸留すれば “初級回復薬” の完成だ。簡単だろ? じゃあ、実際に作ってみよう。材料はここから適当に持って行って、正確に計量して、残りはまたここに戻すように。はい、始めて」
皆が一斉に動き出す。
アスールも薬草を取って自分のテーブルに戻った。天秤はかりを使って薬草を計量する。兄のシアンからポーション作成の鍵は「正確さだ」と聞いていたので、時間をかけてきっちりと正確に三種の薬草を計量する。
刻む作業は思っていたよりも苦労した。先生は説明をしながら簡単そうに刻んでいるように見えたのに、細かく刻むのはなかなかに難しい作業だった。
やっとの思いで全てを刻み、容器に薬草を入れ終えた時には、すでに周りからカチャカチャと混ぜる音が聞こえ出していた。
「ふう」
アスールは思わず息を漏らす。思った以上にポーション作りは大変だった。「兎にも角にも正確に!」と言われている以上、全ての作業で気が抜けないのだ。アスールは慎重に水を計量してから容器を火にかける。
「えっと。フェリペ先生は何て言ってたっけ? グラグラ沸騰させないようにだったよね。火は弱火……こんな感じかな。魔量は少な過ぎず多過ぎず……ってどの位だろう?」
高位の魔力保持者ほど感覚派が多いとはよく聞くが、フェリペ先生も例外では無いようだ。あの説明で作業を始めてしまうんだからクラスの皆も感覚派がほとんどなのだろうか?
先生は実習室のテーブルの間を歩いては作業の様子を観察して何やら手帳に書き込んでいた。
右隣のテーブルではマティアスが眉間に皺を寄せながら容器の中身をかき回している。左隣のテーブルではルシオが鼻歌交じりで作業中だった。
余りにも対照的な二人を見て、アスールは思わず「ふふっ」と笑いを漏らした。
アスールが慎重に魔力を注ぎながら薬液を混ぜていると、刻まれた薬草からじわじわと緑色の液が滲み出るのが見て取れる。それが段々と濃くなり、ちょっとだけ混ぜ棒にまとわりつくような重みを感じたような気がした。だがそれはほんの一瞬の感覚で、その瞬間に薬液が劇的に変化した。
薬液は綺麗な明るい緑色に変わり、それと同時に混ぜ棒を通して感じていた負荷が消えたのだ。アスールは容器を火から下ろした。
フェリペ先生は全員が薬草作りを終えたのを確認すると、再び作業台の周りに集まるように指示をし、先ほど作った薬液が冷めたことを確認すると、それを使って濾過と蒸留の方法を説明した。
最後におそらくは洗浄済みだと思われる小さなガラスの小瓶を一つ取り出して、ポーションをこぼさぬように注ぎ入れ、瓶に蓋をして作業台の上に置いた。出来上がったばかりのそのポーションは、濁りの一切無い綺麗な明るい緑色をしている。
「さあ、じゃあ各々今見ていたことをよく思い出しながら自分のポーションを完成させてみよう。席に戻る前に、ここにある小瓶を一つ取っていくように」
席に戻りながらテーブルを注意深く見てみると、置かれている薬液の色や濁り具合がそれぞれ微妙に違うことにアスールは気が付いた。
「もうすでに薬液に差があるね」
ルシオがアスールの背後から小声で話しかけてきた。マティアスも他の学生たちもそのことに気付いたようで、皆はあちこちのテーブルを見比べ、実習室内はざわざわとし始めた。
「この段階で効果に差が出ちゃってるんだったら、困ったな……僕の薬液はちょっと君たちのよりも色が濃いんだよね」
ルシオは神妙な面持ちで自分の容器を手の取った。確かにアスールの薬液よりは少しだけ緑の色が濃いような気もするが、言われなければ分からないレベルだ。
「効果はさて置き、この違いが味に出るとしたら嫌だなあ。どうせだったら美味しいポーションを飲みたいよ」
「効果はさて置きって……ポーションで重要なのは味より効果だろうに、全くお前って奴は本当にブレないな」
マティアスが呆れたようにルシオの肩を叩く。ルシオはぺろっと舌を出して見せた。
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