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17 休日をリルアンで(3)

「我が家は貴族と言っても所詮は下級貴族ですし、娘の私が言うのも烏滸がましいですが、それほど家計にゆとりは無いはずなのです。それでもこうして学院に通わせてもらって、すごく両親には感謝しています。下に弟が二人と妹がいるので、卒業後は家族を支えたいと思っています」


 ライラ・オデイラはその小さく華奢な見た目に反して、落ち着いていて思慮深く、相当に堅実な少女らしかった。

 入学間もないというのに、既に卒業後のしっかりとしたビジョンまで持っている。


「在学中に出来る限り魔力量を上げて、自分の属性を磨きたいのです」

「地属性って言ってましたよね? とても珍しいと聞きましたが」


 アスールはローザにも主では無いが、地の属性もあったことを思い出していた。


「そうらしいですね。今年は私ともう一人。魔道実技演習の授業も二人です。先生は二人だけのために授業を行なって下さるのですから、なんだかすごく得した気分ですよ。第二と第五学年は居なくて、第三学年は四人、第四学年はお一人だそうです」

「本当に少ないのですね……。光の属性の方は居ないのですか?」

「光ですか? さあ、どうでしょう」


 チャパランをもう一つお代わりをしたルシオだったが、ようやくそれを食べ終えたようで、濡れた布巾で手を拭きながら話に加わってきた。


「光属性の学生なんて学院に居るはずないよ。随分と前に公爵家に居るって噂があったらしいけど、それだって本当かどうか分からないし、もし居たとしても隠すんじゃないかな」

「隠す?」

「そうだよ。大人ならともかく、子どもだったら誘拐される危険があるだろ。すっごく貴重な属性の持ち主なんだから」

「貴重ってどういうこと?」

「考えてもみなよ。光の属性があるってことは癒しが出来るんだよ。戦争をしている国だったら最強のカードだろ? 奪い合いが起きても不思議じゃないってこと」

「ああ、そうか……」



 アスールは今初めてことの重大さに気付いた。魔力測定の時に父が博士に口止めしたのも、伯爵が自分とローザに言い聞かせたのも、兄上がローザにあんなにも強力な魔導具のペンダントを贈ったのも、全てはそういうことだったのだ。



「ところで、皆さんは学院の七不思議ってご存知ですか?」


 アスールが思いを巡らしている間にいつの間にか話題が変わっている。

 話を振ったのは意外にもそれまでずっと黙っていたヴァネッサだった。しばらく一緒に過ごしてどうにかこの状況に少しは慣れてきたのだろう、やっとまともに口を開いたのだ。ところが予期せぬ発言者に皆の視線が一斉に集まったので、彼女は顔を真っ赤にして再び口籠ってしまった。


「七不思議ですか? 初耳です。是非聞かせて下さい」


 ルシオが丁寧にヴァネッサに問いかけた。ヴァネッサは小さな声で話始めた。


「私も七つ全てを知っているわけでは無いのです。知っているのは六つです。喋る黒猫、消える白猫、誰も居ないのに足音の響く階段、動く銅像、色の変わる貴石、それから貴石の中で動く影。聞いたことありませんか?」

「いいえ」

「そうですか」

「ヴァネッサさんは誰から聞いたのですか?」

「九歳上の姉と六歳上の兄からです。第四学年にも兄が居るのですが、その兄は七不思議なんて聞いたことが無いと言うのです。もしかすると昔流行ったただの噂かもしれません。でも……」

「何か気になることでも?」

「見間違いかもしれないのですが、白猫を見た気がするんです」

「消えたんですか?」

「消えたというか、現れた?」

「現れた?」

「ええ。気付いたら目の前に居たんです。白い猫のようなものが」

「猫のよう? 猫では無いのですか?」

「はっきり見たわけでは無いので……他にも見た人が居るか知りたくて」

「なるほど。面白い」


 ルシオは目を輝かせている。隣でマティアスが小さく溜息をついた。


「そろそろ出ないか? あまりダリオさんを待たせるのも悪い。もう二人ともリルアンの町を満喫しただろう?」

「そうだね。帰ろうか」


 アスールは立ち上がり、座っていた女将さんに会計を頼んだ。横を見れば、他のテーブルに居た二組は既に店を後にしたようだった。


「まとめて支払います。おいくらですか?」

「ええと。全部で三千六百リルね」

「あの。三人分では無くて五人分まとめて支払いますから」

「そうよ。五人分の金額よ」

「えっ。じゃあこれで」


 アスールは財布から小銀貨四枚を取り出すと、それを店員に手渡した。


「あの。長居してしまったのでお釣りは結構です」

「あら、悪いわね。ありがとう」

「チャパラン。とっても美味しかったです。それからホットミルクも」

「そう? それは良かった。気に入ったなら是非また来てね。とは言っても、次は……私は居ないかな」


 そう言いながら女将さんは彼女の大きなお腹を愛おしそうに撫でている。


「赤ちゃん、楽しみですね。無事の出産をお祈りしています」

「まあ、ありがとう!」




 一足先にアスールが店を出ると、慌ててルシオが追いかけて出てきた。


「もしかして支払い済んじゃった?」

「ビックリするほど安かったんだ。だからと言うわけじゃ無いけど、ここは僕が支払うよ」


 マティアスと女の子たちが続いて出て来た。既に支払いが終わっていたことに驚いたライラとヴァネッサが慌ててアスールの元へ駆け寄って来る。


「殿下。それは困ります! 私たちの分は支払わせて下さい」

「ああ。でも……それぞれいくらか分からないし、気にしなくて良いよ。今日はいろいろと話せて楽しかったしね。ただ、出来ればこのことは他の子たちには内緒にしてくれると助かるよ」

「でも……」

「まあアスールが良いって言ってるから大丈夫!」

「では、ご馳走様でした。ありがとうございます」

「ご馳走様でした」


 慌ててヴァネッサもライラに倣ってお礼を言ったのだが、どういうわけかまた真っ赤になっている。そのことに気付いたアスールは、思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪えて、なんとか平静を装って答えた。


「はい。どういたしまして」


 ルシオが二人の足元に置いてある大きな買い物袋に気付いて言った。


「ところで、すごい荷物だけど、君たち帰りはどうするの?」

「乗り合い馬車で帰ります」

「この後もまだどこか寄る予定はあるの?」

「いいえ、もう帰りるだけです」


 ルシオがアスールに視線を送って寄越す。


「だったら僕たちの馬車で一緒に戻ると良いよ。もう二人くらいなら乗れるからね」

「宜しいのですか?」

「ああ」


 話が決まると、マティアスが何も言わずに二人に歩み寄り、足元に置かれた二人分の荷物を軽々と持ち上げた。


「あの!」

「大丈夫だよ。マティアスは見た目通り力持ちだからね」

「「ありがとうございます」」

「さあ、帰りますよ。皆さん急いで下さいね」


 ダリオとの約束の地点を目指しずんずん先を急ぐマティアスを追って、四人は急ぎ足で彼の背を追いかけた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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