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14 院内雇傭システム

 ホルクが部屋にやって来てからニ週間が過ぎた。アスールとルシオは週に三回は飼育に関する質問をしたり、雛用に調整された餌を分けて貰ったりするためにホルク飼育室に通っている。

 今では二人ともすっかり飼育室に馴染んでいた。


 今日はルシオが料理クラブの方に参加しているので、アスールが一人で飼育室を訪れ、二羽分の餌を受け取ったところだ。

 結局ルシオは料理クラブに、アスールは魔導具研究部に、それから二人とも学院執行部に所属することになった。



 飼育室には先日雛を選ぶために通された室内の飼育場の他に、屋外にもかなり広い飼育場がある。そこでは主に成鳥が飼育されている。

 以前「相談事アリ。来週末帰ル」と書いて、非常に評判の悪かったカルロ宛てのホルクは、小銀貨一枚を払ってここで借りたものだ。

 ここにいる成鳥は数年をかけ訓練し、そのうち数羽は毎年秋に行われる学院のお祭りで販売するそうだ。



「そう言えば、屋外の飼育室にいつも学生が数名いますよね? ホルク関係のクラブがあるなんて説明会では言っていなかった気がするんですけど、彼らは何故いつもあそこに?」


 この日もピイ用の餌を受け取った後、アスールは最近ずっと気になっていたことを思い切って質問してみることにした。


「彼らは飼育のお手伝いをしてくれているのですよ」

「お手伝いですか?」

「ええ。殿下は院内雇傭システムをご存知ありませんの?」


 ここへ足を運ぶ度にルシオが話し込むのですっかり仲良くなり、最近ではお茶を用意してくれるまでになった事務担当らしき女性が、驚いたようにアスールを見てそう言った。


「いいえ、知りません。院内雇傭システム? 何ですかそれは?」

「王立学院では全ての学生の学費と食費は無料です。北寮の場合は寮費の負担もありません。それはご存じですよね?」

「はい」

「そういったものは国費と王家からの援助金で賄われているのです。ですが、その他にもいろいろと細々とした費用は発生しますよね。当然ですがそれらに関しては個人で用意する必要があります」


 小遣いとかそういう事だろうか? とアスールは考えていた。


「学院には裕福な家庭の子どもばかりが通っているわけではありません。家からの仕送りだけでは全てを賄いきれない、そういった学生たちのために院内雇傭システムは存在しているのですよ」

「雇傭と言うことは、学生が収入を得ていると言うことですよね?」

「ええ、その通りです。例えばこの飼育室ですと放課後に来てもらい、餌やりや清掃などの飼育補助をしたり、飛行訓練の補助をするといったお仕事をお願いしています。ここで得た知識や経験、それから技術を活用して、学院卒業後にその方面の職業に就かれる学生も多いです」

「そうなのですか。知りませんでした」

「飼育室以外でも、植物園と菜園、確か厩舎でもこのシステムを採用しているはずです。そうですね他には……優秀な学生を個人的に研究助手補助員として雇傭している先生も少なからずいらっしゃいますね」

「助手補助員ですか?」

「はい。こちらに関してはほとんどが第三学年以上の学生さんですね。第一、第二学年時に受け持って、優秀だと判断した学生を先生が学院に推薦する形で雇傭しているようです。そのまま卒業後も助手として学院に残っている人もいますよ。あそこのテーヴェ君もそうですし」


 テーヴェ君と呼ばれたその人は、育雛室で雛の世話を担当していて、いつもアスールたちが餌を分けて貰っている物静かな青年のことだった。


「貴族の方には無縁のシステムですものね。殿下がご存知無くても当然ですわね。特に地方から出て来ている一般家庭の学生たちにとっては非常にありがたいシステムだと思いますよ。年に二度の長期休みになどは特に、帰宅するにしても、学院に残るにしても費用は相当掛かるでしょうからね」

「長期休みに学院に残る?」

「ええ。自宅に戻るとしたら移動するだけで日数も費用もそれなりに必要になりますよね。それならば家には戻らずに学院に残るということを選択する学生さんもいます。特に王都から遠い地域の出身者に多いように思います」



 馬車を呼べばすぐに馬車が用意され城まで簡単に往復出来るアスールは、女性が話してくれたようなことなど今まで考えてもみたことも無かった。

 働いて収入を得る必要がある学生が同じ学院の中にいると言うこともそうだ。

 アスールは自分が如何に恵まれた存在であるのかを改めて思い知らされた。





「二週間でピイは随分と大きくなったね」


 自室に戻り鳥籠からピイを出すと、餌をあげながらピイの体調をチェックする。

 ホルクは基本的には雛から育てればその飼い主によく懐く。好奇心旺盛なので、オモチャを与えておけば夢中になって遊んでいるのでアスールが学院に行っている間は留守番も可能だ。ただし、とてもさみしがり屋な部分もあるため、学院から戻ったらこうして構ってやる必要があると飼育室から指示を受けている。


 ピイはアスールの手の上で出された餌を全て食べ終わると、今度はアスールの腕をヨチヨチと登って、肩まで辿り着くとそこで「ピイィ」と数回鳴く。

 どうやらこの一連の動作が彼の(彼女かも知れないが)最近のお気に入りのようだ。


 アスールはピイを肩に乗せたままテラスが見える窓の方へゆっくりと歩いて行き、そこからテラスを眺めた。数日前からアスールが学院に行っている間に鳥小屋の準備が始まっていたのだ。


「ほら、もうすぐピイの新しいお家が出来るね」

「ピイィ」

「もう少し大きくなったら、あの鳥籠じゃ暮らせなくなるんだよ……それはそれでちょっと寂しいよね。仕方ないことだけど」


 ピイは分かって居るのか居ないのか、アスールの頬に顔を擦り寄せてきた。


「ねえ、お前の新居、いったい設置にいくら必要か知ってる?なんと十二万リルだよ。確か前にバザーであの兄妹が払った金額が大銅貨二枚と中銅貨が六枚だったから……二百六十リルだろ。あの子たちが一生懸命悩んで買った揃いのスープ皿が四百セット以上買えちゃうよ」




 アスールは今までクリスタリアの城下町に行って何かを買ったり食べたりする時に、相手から言われた金額を支払うという行為はしていたが、その提示された金額に対して疑問を持ったことは無い。それが高いのか? 安いのか? 適正なのか? など考えようと思ったたことすらなかった。そうする必要が無いからだ。

 兄妹が買ったスープ皿の値段をアスールが覚えているのは、たまたま印象に残る出来事と結びついていたからだ。


 すっかり物思いに耽っている飼い主にピイが不満そうにその頬を突いた。


「ああ。ゴメンよ。別に君の新居が高価すぎると言っている訳じゃ無いよ。あれはたぶん適正価格なんだろうと思う。結局は僕が物を知らなさ過ぎるって話だね……」



 王宮で暮らしている時には知ろうとも考えようとも思わなかったことが、学院で暮らし始めてからは次から次へとアスールの目の前で起こるのだ。


(近いうちに誰かを誘って近くの町まで行ってみよう。まずは自分が如何に無知であったかを早急に知る必要がある。せめて身近な物の値段くらいは知っておくべきだろう)


 アスールはそっとピイの頭をそっと撫でた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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