12 魔導実技基礎演習
先日の魔力測定の結果を受けて、属性別の魔導実技のクラス分けが発表された。“基礎演習” の授業は魔力量に応じて十人程度の少人数で行われるそうだ。
主属性が “水” のアスールは、“氷” が主属性のルシオとも “火” のマティアスとも当然だが別々のクラスだった。
アスールは指定された教室へ少し早目に着いた。まだ教室にはアスール以外の姿はない。今回は思い切って四席ある前列の中央右側の席に座ってみることにした。
そのすぐ後に入室してきたのはヴァネッサ嬢だった。彼女はしばらく教室を見回して考えているようだっが、結局前列中央の空き席、つまりアスールの左側の席に座ることを決めたようで椅子に手をかけたが、なぜか手を止めアスールに声をかけてきた。
「お隣、宜しいでしょうか?」
「もちろんです。どうぞ」
ヴァネッサは緊張しきったような青白い顔をしてはいたが、今日は普段よりはっきりと聞き取れる声だ。
「アスール殿下も主属性は水なのですね。私も水なんです」
「(うん。一緒の属性だろうね……同じクラスなんだから)そうですね。このクラスは全員水属性ですものね」
「あっ、そうですよね。属性別のクラス分けなのだから一緒に決まっていますよね……」
ヴァネッサは真っ赤になって口籠ってしまった。それを見てアスールは慌てて弁解した。
「申し訳ない。嫌な言い方をしてしまったみたいで。貴女を否定するつもりでは無かったのだけど……」
「はい。分かっています。お気になさらず」
アスールはなんとなく気不味いのを誤魔化すように、室内を観察し始めた。
教室には学生用の机が十二個設置してあったが、そのうち何かの道具が用意されていたのは前列二列のみだ。このクラスは八人しかいないのだろう。
「ひとクラス十人程度って話だったけど、このクラスは八人しかいなそうだね」
気不味いのを誤魔化すにしても酷すぎる内容だとは思ったが、これが今のアスールの限界だった。
ヴァネッサはまさかアスールから話しかけてくるとは思ってもいなかったようで、明らかにビクッとしてから顔を上げてアスールを見た。
「ほら。一番後ろの列には何も用意されてない」
「確かにそうですね。あっ、でも今入ってきた人、そこに座っちゃいましたね」
「本当だね」
本鈴が鳴り始め、担当の先生が入ってきた。その横をすり抜けるように教室へ飛び込んできた学生が、アスールの右隣の空いている席に鐘が鳴り終わるのとピッタリ同時に着席した。
「ま、間に合った……」
「いいや、間に合ってはいないな。レイフ・アルカーノ。次からは遅刻として扱うぞ!」
「はーい。すみませんでした」
その時、中列に座っていた男子が明らかに不快そうな表情を隠しもせずに大きな溜息をついた。
「またアイツだよ。このクラスでは是非とも問題など起こさないでもらいたいね。魔力操作より先に、立場を弁えることを習った方が良いんじゃないのか?」
レイフがガタンと大きな音を立てて立ち上がると、声の主を睨みつけた。
「ヴィクトル・ヒルツ。言葉を慎め! 王立学院の理念に賛同出来ないのなら、お前が教室から出て行ったとしても俺は構わないぞ。身分の上下がこの授業に関係あるのか?」
教師の思わぬ激しい一喝にヴィクトルは縮み上がった。
「いいえ。……申し訳ありませんでした」
「なら良い。レイフ・アルカーノ、お前も座りなさい」
レイフは返事もせず、ドサっと椅子に腰を下ろした。教室内はなんとも言えない嫌な雰囲気に包まれた。皆の視線がレイフに集まっている。
アスールは一瞬レイフと視線が合ったような気がしたが、先生の自己紹介が始まってしまったので教壇の方を向くしかなくなった。
「このクラスを担当するアレン・ジルダニアだ。Cクラスの担任をしているので、数人は既に知っていることだろうが黙って聞いてくれ」
アスールの右の席からチッと小さく舌打ちをする音が聞こえた。
ジルダニア先生も明らかにその音に気付いたようで視線を動かしたが、そんな事にはお構いなしといった様子で話し続ける。
「俺は先月まで魔法師団に在籍していて、まさか自分が教師として人に何かを教える立場になるとは思ってもいなかった。向いていないと思えば辞めて帰って来ても構わないと言われてるので、まあこうしてここに立っているんだが……短い付き合いになったら申し訳ない。先に謝っておく」
教室内が騒ついた。
だがジルダニア先生は一向に気にする素振りは見せない。実際気になどしていないのだろう。
「このクラスは先日の魔力測定をした結果、魔力量の多い者だけを集めて編成した水属性のクラスだ。身分は関係無い。お前たちの中には魔力量だけは一人前だが、まだ自分の魔力コントロールの方法すら知らない者もいるだろうが、こちらの要求度は高いので諦めずに死に物狂いでついてこい。お前たちなら可能なはずだ。以上、質問はあるか?」
誰も声を発しない。
「じゃあ授業を始める。と、その前に、そこの二人。一番後ろの列はだめだ。用具の置いてある席に移動してくれ」
指摘された二人がガタガタと音を立てて席を移動する。
「よし。前期の間はその席がお前たちの定位置だ。移動されると俺が混乱するから、絶対に勝手に席を変わるなよ!」
「えええーーー」
最前列左右両端のレイフともう一人の男子が悲鳴をあげた。
初回の授業では、自分の中の魔力を感じることから始まった。
自分の身体の全体に散らばっている魔力を移動させ、利き手の掌から指先に向かって集めるというのだ。用意されていた大きめのトレイを利き手の下に準備する。
「水属性のクラスは気が楽だよ。精々失敗してもそこのトレイから水が溢れる程度で済むからな。他のクラスは悲惨だぞ。特に雷と火。想像してみろ、下手すりゃ黒焦げだ。じゃ各自集中して」
「えっ、説明は特に無しですか?」
「えっ? 説明なんて必要か? 取り敢えずやってみろ」
(取り敢えずって……。あれでも最上位クラスの受け持ちになるくらいだから、優秀な魔導師なのは間違いないのだろうけど、教師としてはどうなんだ? まあ、やってみるか)
アスールは言われた通りに、右手の掌に意識を集中する。
が、全く上手く行かない。
「うわあああああ」
隣の席から叫び声がして、クラスの皆の視線がレイフに集まった。
レイフは驚いた顔をして、右手を空高く掲げている。机の上に置かれたトレイからは入りきらなかった水が溢れ出ていた。
「おっ。なかなかやるじゃないか! ちゃんと魔力を移動させられたな。次からは魔力を動かすだけで、魔力を具現化させないように気を付けろ。この調子ならすぐにコントロールできるようになるはずだ。取り敢えずその水を捨てて来い。それからその辺拭いとけよ」
トレイがあったのはそういう意味だったのかと、クラス中がようやく理解した。
レイフが教室を出て行くと、明らかにクラス内に動揺が走った。例えそれが失敗であったとしても、一番初めに何らかの魔力操作を行ったのがクラスで唯一の平民であるレイフだったからだ。
「集中しろ」
先生の声が響く。皆はハッとしてまた自分の魔力集めに集中しはじめ、レイフが空のトレイを持って戻って来た時には騒ついていた教室はすっかり静まり返っていた。
アスールは今度は意識を掌から身体全体に分散させてみることにした。体内の魔力がどこにあるのか探ろうと思いついたからだ。
(ん? もしかして、これか?)
次の瞬間、アスールは掌から何かが溢れ出そうな気配を感じた。
(あっ。これマズイやつかも。さっきのレイフ君と同じことが起きる!ジルダニア先生なんて言ってたっけ?『具現化させるな』だった?)
「よし、アスール良いぞ。そこまでで終わりだ」
アスールは先生に肩を叩かれて我に返った。掌から水滴がポタポタとこぼれ落ちていた。
「よく途中で意識を切り替えたな。それで良い。今の感覚を忘れないように」
「はい」
「はあ、結局は先越されちゃったか……。あーあ。王子様ってのは何でもかんでも完璧ってことか?」
大きな溜息と共にレイフが本音を漏らした。レイフの声は決して小さなものでは無かったので、一瞬にして教室内に緊張が走る。
レイフとしても思わず口をついて出ただけの独り言が予想以上に教室内に響き渡ったことに驚いているようだ。
「あっ。なんか……ごめん」
レイフは素直に謝った。
「気にしてない。一番早く魔力操作出来たのは間違いなくレイフ君、君だよ。君のあの失敗がなかったら僕の成功は絶対に無かった。それだけは自信を持って言える」
「そんなことは……」
「それに、僕が王子なのはどうにもならない事実だけど、完璧なんてことは全然無いよ」
「そうか。……でも、本当に悪かったよ」
「ああ」
アスールはニッコリと微笑んだ。向けられたアスールの笑顔があまりにもあっけらかんとしているので、レイフの強張っていた表情も思わず綻んだ。
「あのさ。レイフで!」
「えっ?」
「君なんて付ける必要は無い。レイフって呼んでよ」
レイフは自分が照れていることを隠すかのように、半分そっぽを向きながら突っ慳貪に言い放つ。
「分かった。レイフ。僕のこともアスールで良いよ」
「えっと……でも王子だよね。殿下って呼んだ方が……良くないのか?」
「どうして? てっきりレイフは僕と友人になってくれるってことかと思ったんだけど……もしかして僕の勝手な勘違いだった?」
「はは。勘違いなんかじゃないよ。アスール。よろしくな!」
「こちらこそよろしく、レイフ」
結局その日のうちに魔力操作をちゃんと扱えるようになったのは、アスールとレイフの二人だけだった。
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