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11 薔薇のペンダント

 翌日、訓練場に集まったのはフェルナンドとシアンとアスールの三人だった。


「やはりカルロは来ないか。ふん。困った奴だ」

「お父様はお疲れなのですよ、お祖父様。仕方ないではありませんか」

「ローザがそう言うなら……まあ勘弁してやるしかないな。ローザ、お前は危ないから離れたところで見てるんじゃぞ!」

「はい。ではこの辺りで見学しますね」



 フェルナンドの訓練は、ディールス侯爵のそれよりも余程過酷だった。騎士団の面々を畏れさせる元金獅子王は伊達じゃない。

 それでもシアンは振り回されながらもフェルナンドの剣をなんとか捌いていた。

 アスールはとてもじゃないが二人にはついていくことが出来ない。アスールはローザの横で早々に休憩することにした。


「兄上は凄いな……」

「そうですね。それにしても、お祖父様がまさかあんなにお強いとは思いませんでした。いつものお祖父様と全然違って……ふふふ、格好良いですね」

「本当だね」


「アスール。いつまでも休んでないで、お前さんも参加しろ!」

「はい、今参ります!」


 フェルナンドに呼ばれ、アスールはローザに向かって「参ったよ」とでも言いた気に肩を窄めて見せると、剣を合わせている二人の方へと駆け足で戻っていった。

 シアンの気が一瞬だけ逸れたのだろうか、大きく振られたフェルナンドの剣がシアンの剣を勢いよく弾き飛ばした。木剣はローザに向かって凄いスピードで一直線に飛んでいく。


「ローザ、危ない! 避けろ!」


 フェルナンドがローザに向かって大声で叫ぶ。振り返ったアスールの目に、すっかり驚いて身を固めてしまっているローザが見えた。木剣はもうローザの目の前に迫っていた。


「ローザ!」


 その瞬間、ローザの胸元から眩しい光と共に何かが飛び出していった。余りにも強烈なその光に、その場にいた誰もが思わず目を覆ったほどだった。

 慌ててアスールがローザの方を確認すると、ローザはその場にへたりと座り込んで、ただ呆然と前を見つめている。

 その視線の先には、少し前までは確かに木剣だったと思われる粉々に砕け散った木の残骸と、鋭く尖った氷の破片が数本、それから大量の氷の欠片が落ちていた。


「ローザ、どこにも怪我はしていないかい?」

「はい。大丈夫です」


 すぐにシアンがローザの元に駆け寄り、手を貸して立ち上がらせていた。


「一体これはどうなってるんだ?」


 フェルナンドは目の前で起きた事態が全く理解できないといった様子で辺りを見回している。アスールも同じだった。

 シアンはローザのスカートについてしまった土と草とを、優しくその手で払い退けている。


「申し訳ありません。ちょっと効力が強過ぎたようです……」

「効力? これはお前の仕業なのか? シアン?」

「はい」


 騒ぎを聞きつけたのだろう、休日にも関わらず訓練をしてたらしい騎士団の者たちが数人、何事が起こったのだろうかと集まって来た。


「誰でもいいから今すぐカルロを呼んできてくれ! 今すぐにだ!」


 騎士の一人が凄まじい速さで城へと走って行くのが見えた。残りの騎士たちは遠巻きに様子を見ている。


「カルロが到着するまで誰もそれ以上近寄るなよ。アスール、お前がローザをそこの東屋まで連れて行け。ローザは座って休んでいるんだ。良いな?」

「「はい。お祖父様」」

「シアン、お前はここに残れ」

「はい」


 フェルナンドはふーっと大きく息を吐き、その場にドサリと座り込んだ。シアンは祖父のところまでゆっくりと歩いて行くと、隣に並んで腰を下ろした。


「驚かせてしまい申し訳ありません」

「昨日のペンダントか?」

「はい」

「……まあ、詳しい話はカルロが来てからだな。何度も同じ話をさせるのも可哀想だ」

「はい」

「それにしても……ちょっとやり過ぎだな、これは」

「はい。そう思います」


 フェルナンドは隣に座っているシアンをまじまじと見つめ、それから急に大きな声で笑い出した。それから大きなゴツゴツした右手でシアンの頭をガシガシと撫でる。シアンの美しい黄金色の髪はぐしゃぐしゃに乱れてしまった。


 城からカルロが走って近づいて来るのが見えた。

 呼びに行った騎士からはおそらく何も聞かされていなかったのだろう、訓練場の手前に集まっている騎士たちに目をやり、その後で奥の訓練場に座り込んでいるフェルナンドとシアン、それから溶けかけた氷と木剣の残骸に気付いて、驚いたように目を大きく見開いている。


「父上、これは一体何事ですか?」




 カルロはまず、自分を呼びに走ってくれた騎士に礼を言い、集まっていた残りの騎士たちにはそれぞれの訓練に戻るようにと指示をした。

 騎士たちが立ち去り人が居なくなると、カルロはその場の様子をじっくりと観察し始めた。


 シアンが呼ばれ、状況を説明しているらしい様子がアスールにも分かった。


「ローザ、どこか痛かったりしないよね?」

「大丈夫。ちょっと驚いて尻餅をついちゃっただけ」

「そう。なら良かった」

「はい」

「ローザは何が起きたのか見ていた?」

「お祖父様の『危ない』って声が聞こえて、目の前に剣が見えたから怖くてずっと目を閉じていたからなんにも分からない。どうしてだか剣が当たらなかったみたいだったから、そっと目を開けてみたらあんな風になってて……」

「そうか、何も見ていないんだね?」

「ええ。見てないわ。アス兄様は何を見たの?」

「そのペンダントから眩しい光と一緒に何かが飛び出したような気がするんだけど、眩しくて手で目を覆っちゃったから詳しくは僕にも分からないよ」

「ペンダント? あっ!」


 ローザは自分のペンダントを持ち上げて確認して、驚いたようにそれをアスールに見せた。アスールには見えていたので気付いていたのだが、あのペンダントの美しかった薔薇の花はすっかり違うものに変わってしまっていた。


「薔薇のお花が無くなっちゃった……」

「そうみたいだね」

「あの氷が飛び出したの?」

「おそらくそうだと思うよ。ローザはあの瞬間、衝撃とか感じなかったの?」

「いいえ、ただ眩しかっただけ」

「そうなんだ……」


 とりあえず、あれだけの破壊力があったにも関わらず、ペンダントを着けていたローザには何も影響は無かったらしい。


「ローザ、アスール、城に戻るぞ。中で話そう」




 ローザはカルロからいろいろ質問を受けてはいたが、アスールに語ったこと以上は何も分からないようで、しばらくすると迎えに来たエマに連れられて部屋に戻っていった。

 あの場にいたフェルナンド、シアン、アスールもそれぞれカルロから事情を聞かれた。


「と言うことは、あれは全てシアンの作った魔導具が原因だったってことだね?」

「はい」

「何故昨日の時点であのペンダントが “守りの魔導具” だってことを言わなかった?まるで単なる空冷装置みたいな言い方だったじゃないか」

「元々護身用として開発したんですが、効果を試してみる時間が無かったので、まさかあれ程の威力を発揮するとは思っていなかったのです」

「お前は自分の魔力量を分かっていないわけではないだろうに……」

「申し訳ありません」

「まあ終わってしまったことをくどくど言っても仕方ない。が、次からはきちんと検証出来ていない物を人に渡すな。ましてやローザになど、以ての外だぞ。今回は怪我をしなかったから良かったが、何かあったらどうするつもりだ」

「ちゃんと責任は取るつもりです」

「はあ。……全く。夏までにローザに同じ物を作り直してやれ。せっかくプレゼントしてもらったのに壊れてしまったとガッカリしていたからな」


 カルロがもらす溜息はこれで何度目だろうか。


「ただし、威力の調整はきちんとしろよ。飛んできたのが木剣でなく、もしも人だったら……ローザの目の前で人が死ぬなんて恐ろしいことは考えたくないぞ」

「次は氷の刃を飛ばして刺すのではなく、包み込んで凍らせて捕まえる方向で考えてみます」

「ははは……そうか、それならそれでも……まあ程々にな」


 カルロの笑顔が凍っているように見えるのは気のせいだろうか。


「シアンもアスールも昼食後に学院に戻るんだろ? 食事の前に風呂に入って着替えておいで」


 時計を見たカルロが慌てたように二人に促した。


「ああ、もちろん父上も着替えをお願いしますよ。何故だか父上が一番汗をかいているようですね。またしばらく会えなくなるのだから、皆で揃って昼食を食べましょう」


お読みいただき、ありがとうございます。

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