10 お城へ帰ろう(2)
その後アスールとルシオの二人は執務室において、バルマー伯爵からたっぷりと時間をかけて “ホルクに持たせる手紙の適切な量と文面について” の講習を受けさせられた。
「フレド、もうその辺りでいい加減に許してやったらどうだ。パトリシアがサロンで二人を待ってるはずだ。そろそろ解放してやってくれ」
「仕方ありませんね。では次にホルクを飛ばす時には、今言った注意事項をくれぐれもお忘れなく!」
「「はい」」
執務室を出ると、ルシオが大きく息を吐き出した。
「あーーーーー。どうなることかと思ったよ」
「そうだね。でも、とりあえず良かった。これで学院でホルクを飼えるね」
「戻ったらすぐに飼育室に伝えに行こうよ。昨日、二羽孵化したって聞いたから、明後日にはもう全ての卵が孵っているかもしれないよ。見せてもらえるかも!」
「楽しみだね」
サロンへ到着すると、ダリオが二人を出迎えてくれた。ダリオは王への報告を終えると、一足先にサロンへ向かっていたのだ。
「御茶と御菓子の御用意が出来ておりますよ。皆様御待ちです」
アスールとルシオがサロンに入って来たことに真っ先に気付いたのはパトリシアだった。パトリシアはすぐさまカップを置くと立ち上がり、満面の笑みを浮かべアスールに歩み寄る。
「おかえりなさい。アスール。元気そうね」
全てを言い終わらないうちにパトリシアはアスールを優しく抱きしめた。
「ただいま戻りました、母上」
アスールは懐かしい母の香りに包まれて、今やっと家に戻ったことを自覚した気がした。
学院での生活が始まってまだたったひと月半だというのに、随分と長い間家族と離れていたような、そんな思いに囚われる。
「ルシオ、貴方も元気そうで何よりだわ。学院生活は上手くいっているの?」
「はい、なんとかやってます」
「そう……ね」
パトリシアはいろいろと聞いているのだろう、微妙な笑顔を浮かべた後で二人に席を勧めた。
アスールとルシオは二人並んでドサリとソファーに腰を下ろした。
「もしかして、大分絞られたのかな?」
「はい。バルマー伯爵の長講を受けてきました……」
シアンがクスクス笑って聞いてきた。
「兄上はどこまでご存じだったのですか?」
「……どこまで? まあ、今回の騒動に関して言えば、ほとんど全てかな」
「はあ……」
「でも、ちゃんと解決したのだろう?」
「はい」
「ならば良かったじゃないか。ホルクをこんなに早く手に入れられるなんて羨ましいよ。僕とラモスなんて何年待ったか……」
「アス兄様もホルクを飼うのですか?」
焼き菓子を食べながら話を聞いていたローザが、ホルクと聞いて、途端に目をキラキラさせて話に割り込んできた。
「そうだよ。ルシオと一緒にね」
「ルシオ様も?」
「はい。学院の飼育室でこの春に卵が沢山産まれて、育てきれない分を譲ってもらえることになったんです。ローザ様はホルクをご覧になったことがあるのですか?」
「はい!前にお父様のホルクを。とても綺麗な鳥ですよね。すごく賢いし」
「カルロのホルクは特別じゃよ」
ローザの隣に座っていたフェルナンドが話に加わった。
「飛行スピードも飛行可能距離も他のホルクとは比較にならん。あれは本当に別格だな。あの血統を残せれば良かったんだが、どういうわけかあれは番にならんでな。そうは見えんがもう相当な老鳥だよ」
「そうなのですか……」
「ところでお前たちはいつ雛を引き取るんだ?」
「先生からは孵化から半月後くらいと言われました。月末頃ではないでしょうか」
「それだと性別はまだ分からないうちだな」
「どちらが育てやすいとかあるのですか?」
「さあ、どっちも大して変わらんだろ。ただ、雌なら二年もすれば卵を産むぞ」
「ああ、そうか!」
「とはいえ、性別がはっきりするのは二ヶ月以上先だがな」
「シアン兄様のホルクは雄でしょう?ルシオ様のお兄様のホルクは雄と雌のどちらなのですか?」
「うちの兄のも雄だね」
「野生では分からんが、どこの飼育施設でも雌の方が圧倒的に少ないらしいぞ。だから飼育数もなかなか増えんのだ。卵もあまり産まんしな……」
「じゃあ、僕たち本当にラッキーだったんだね!」
ルシオが嬉しそうだ。
「あっ。もしかしてローザ様のそのペンダント、シアン殿下からのプレゼントですか?」
同じように目の前に座っているアスールがまだ気付いてもいないというのに、ルシオは目敏くローザの胸元に光るペンダントを指摘した。
「そうですよ。先程シアン兄様から頂いたのです。どうですか?」
「可愛いですね。薔薇の形でローザ様にピッタリです」
「ふふふ。これ、すごいのですよ。魔導具なのですって」
ローザが得意気に薔薇の花の部分を持ってルシオに見せている。薔薇は台座の上にキラキラと輝く水色の魔鉱石で加工されている。おそらく氷の魔鉱石だろう。
「夏の暑い日になったら快適な温度で私を包んでくれるそうですよ。なんだかとっても素敵だと思いませんか?」
「それは良いですね!」
「夏の暑い日は苦手ですが、今年は少しだけ楽しみです」
「まあ、それだけじゃないんだけどね……」
「なんですか? シアン兄様?」
「いや、なんでも無いよ。ローザ、夏だけではなくて普段から着けていてくれると嬉しいな」
「はい、もちろんです」
その後しばらくすると、仕事を終えたカルロとフレドがサロンに合流した。
ルシオはフレドと一緒に家へ戻り、アスールたちは久しぶりに東翼のダイニングで家族揃っての夕食をとることになった。
「明日学院に戻るのは、午後で良いのよね?」
「はい。昼食後にルシオが城まで来ることになっているので、行きと同じく一緒に戻ります」
「午前中は何か予定はあるの?」
食事を終えお茶を飲むためにソファーセットに移動すると、姉のアリシアがアスールの隣に腰を下ろして明日の予定を確認してくる。
「特に何も予定はありません。兄上は?」
「僕も特には無いですね。姉上は何かあるのですか?」
「そういうわけでは無いわよ」
「暇なら二人とも儂と稽古でもするか?」
フェルナンドが焼き菓子を口に放り込みながら、上機嫌で孫たちの会話に割り込んできた。
「最近なんだか運動不足でな。ちいと付き合え、二人とも!」
「運動不足って…‥父上、しばしば騎士団の訓練に無理矢理参加しているそうですが? 団長の方から『程々にしてもらわないと団員たちが疲れすぎて差し障りがある』との苦情が私のところに届いておりますよ!」
「そうか? たいしてシゴいちゃおらんがな……それで、どうだ?」
「明後日からの学院生活に支障が出ない程度でしたらお付き合いしますよ。アスールも良いよな?」
「はい」
「じゃあ決まりだ。ローザも観に来るか?」
「はい。楽しみです!」
「お前はどうする、カルロ。最近腕が鈍っているんじゃないのか?」
「ははは、これは手厳しい。まあ、考えておきますよ」
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