9 お城へ帰ろう(1)
「なんだか申し訳ありません......シアン殿下」
「大丈夫だよ。ルシオ、気にしないで! 便乗しているのはむしろ僕の方なんだから」
ルシオはアスールの側仕えであるダリオと並んで王家の馬車に揺られていた。目の前にはシアンとアスールの兄弟王子が座っている。
何故こんな状況なのか?
話は十日ほど前に遡る。
アスールとルシオが飛ばした二羽のホルクは学院を飛び立ち王都へと向かった。一羽はアスールの父であるカルロ王の元へ。もう一羽はルシオの父であるバルマー伯爵を目指していた。
二羽のホルクは二人の心配を他所に、あっという間に目的地へと辿り着いた。二羽は王の執務室のテラスに設置されているホルク用の止まり木に仲良く並んで降りたのだ。
そう、つまりバルマー伯爵はまさに王宮で、よりにもよって王の執務室で仕事中だったということだ。
『相談事アリ。来週末帰ル。アスール』
「なんだこれは?」
「私にも同じものが……」
「あの二人、学院でいったい何をやらかした?」
余りに意味不明な手紙を受け取った王がすぐさま “三男の側仕え” に対し「事情を探った上報告するように!」との手紙を付けたホルクを飛ばす事態に陥ったことは至極当然の成り行きだろう。
翌日、ダリオは二時間をかけ王城へと出向きことの顛末を伝えると、同じだけの時間をかけて学院へと戻っていった。そして何事も無かったかのように、あくまで普段通りにアスールを出迎えていたのだ。
昨日になってルシオのところへ父であるバルマー伯爵から
明日、シアン殿下とアスール殿下のお迎えに馬車が出る。
それに同乗させてもらい一旦王宮へ入れ。
王の執務室にて待つ。 フレド B
といった内容の手紙が届けられたのだ。
慌てたルシオがその手紙を握りしめアスールの部屋に飛び込んできたのは夕食後のことだった。
ー * ー * ー * ー
「おかえりなさい!」
門をくぐり石畳を進む馬車の様子を上から見ていたのだろう、馬車寄せではローザが兄たちが馬車から降りてくるのを今か今かと待ち構えていた。
「アス兄様とルシオ様は執務室に来るように! ってバルマー伯爵からの伝言です。シア兄様はお母様とお祖父様がサロンでお待ちです!」
「ぐげっ」
ローザが受けてきた伯爵からの伝言にルシオが項垂れる。
「? ルシオ様、どうかなさいました?」
「いえ、なんでもありません。失礼致しました。つい……」
「つい?」
「ほら、ローザ。お祖父様を余り待たせると、ここまでお前を探しに来るぞ。さあ、僕たちはサロンへ行こう」
シアンはアスールたちに手を上げ合図した後、今度はローザの手を取ると軽い足取りで城へと入っていった。その後をシアンの荷物を持ったフーゴが追う。
馬車寄せにはアスールとルシオ、それからダリオが残された。
「さあ参りましょう。ここでこうして立っていても、何も解決致しませんよ」
「そうだね。行こう、ルシオ」
「……うん」
アスールとルシオの二人は、少なくとも昨日の昼過ぎまでは、もうすぐ手元にやって来るだろうホルクの雛のことでウキウキしていた。
「どうしてこうなった? なんで王の執務室?」
「そういえば、兄上も僕が城へ戻ることをとっくにご存じのようだった……」
「御二方、執務室に到着致しましたよ。中に御入りになりますよね?」
扉を前に今にもノックする体勢でダリオが返事を待っている。
「「入ります」」
アスールもルシオも心を決めた。
扉が開かれ、重たい足を引きずるように二人は執務室へと入る。執務室奥の大きな机に座ったカルロが、その前に立ったフレドが、同時に顔を上げるのが見えた。
「「おかえり」」
「「ただいま戻りました」」
閉められた扉の前で二人の足が止まる。
「どうした? お前たちに見られて困る仕事などしていないぞ。早くこっちに来なさい」
カルロの声に、アスールは観念したかのように前に進み出た。血の気の引いたような青白い顔色をしたルシオが慌ててアスールの後に続く。
「もう学院には慣れたか?」
「はい」
「マティアスは戻らないのか?」
「はい。今日の午後も訓練があるそうです」
「そうか」
「……」
「ん? どうした? やけにおとなしいな、二人とも」
「……」
「もしかして、何か怒られるようなことでもやらかしたか?」
アスールとルシオはハッとして顔を見合わせる。
遂に堪えきれなくなったのか、それまで神妙な顔で子どもたちを見つめていたフレドが突然笑い出した。
「これは失礼。どうやら思い当たる節はあるようだ」
「別にそういうことでは!」
ルシオが慌てて父親に言い返した。
「ホルクはダメだと言うことですか?」
「そうではないよ。ダメなのはあの手紙だ。なんだあの『相談事アリ。来週末帰ル』って……ありゃ酷すぎる」
「えっと」
「あれでは何事が起きたのかとビックリするだろう?」
バルマー伯爵が呆れたように溜め息をついた。
「お陰でお前たちの後ろに立っているご老体が往復四時間も馬車に揺られる羽目になったんだぞ。老人は労わるもんだ、若造たち!」
カルロの言葉に驚いてアスールが振り返ったが、ダリオはいつもと全く同じように神妙な面持ちでその場にスッと立っていた。
「本当なの? ダリオ?」
「はい。ですが、どうと言うことも御座いませんよ。殿下の御父君に比べれば……」
ゴホン。カルロが大きな咳払いを一つした。
「詳しい話はもうダリオから聞いている。ホルクの件は心配するな。ちゃんと面倒をみると約束できるならば飼育を許可しよう」
「ありがとうございます」
「ただし、金のやり取りはお前たちではなくダリオにやってもらう。大金だからな」
ダリオが頷いた。
「雛一羽が三十万リルですか……」
伯爵が考えこむように何かブツブツと呟いている。その様子をルシオが気まずそうに見つめていた。
「破格値ですね」
「えっ? 安いと言うことですか?」
「まあ、そうですね」
「すっごく高額だと思っていました……。だから、それで怒られるのかと」
「相場は七十から八十万リルですよ。ただし市場に出るのは大抵が訓練済みの成鳥ですけどね」
「そうなんですか?」
「ホルクはとても希少にもかかわらず人気のある鳥ですからね。ですが、三十万はかなりの大金ですよ! あなたたちは自分たちが非常に恵まれていることをちゃんと理解した上で、その雛をきっちり育てなくてはなりません。言いたいことは分かりますよね?」
「「はい」」
返事を聞いて、伯爵はニッコリ微笑んだ。それから思い出したように真面目な顔に戻りルシオに向かって言った。
「ルシオ、このことはラウラには内緒だ。ラモスの時の騒動を覚えているだろう? またあれを繰り返すのは御免だからな。黙っていれば気付かれない」
「でも、長期休みの時はどうするのです?」
「あれが鳥小屋を好き好んで見に行くと思うか? 絶対に無い! それだけは断言できる。ラモスのホルクと一緒に鳥小屋に入れておけば暴露っこない」
「分かりました!」
やっとルシオの顔に赤みが戻った。
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