7 王立学院執行部
「先程シアン殿下よりこちらが届きました」
授業を終え寮の自室に戻ると、待っていた側仕えのダリオが手紙をアスールに手渡した。その封筒はしっかりと封蝋で閉じられていて、そこにはシアンの印璽が押されている。
「何だろ? フーゴが持ってきたんでしょ? やけに厳重だね……」
アスールは封を開けた。封蝋が砕けパラパラと床にこぼれ落ちる。
アスールへ
学院生活には慣れたかい?
そろそろお茶でもどうかな?
部屋へ遊びにお出で。
シアン
「兄上から、お茶のお誘いだ。これって今からってことかな?」
「そのようですね。手土産用の焼き菓子は用意して御座います。御着替えが済み次第あちらへ向かわれるのが宜しいかと」
「……分かった」
(わざわざメモではなく印璽付きの手紙を寄越すなんて……何事だろうか。城で何かあったのかな? またローザが厄介事に巻き込まれたとか?)
アスールは不安でいっぱいになった。
大急ぎで着替えを済ませ、ダリオが用意してくれた焼き菓子と新しい茶葉が入れられた包みを抱え、寮の廊下の丁度反対側へと急いで向かう。
シアンの部屋の扉を軽くノックをするとすぐにフーゴが部屋に招き入れてくれた。
シアンの部屋もパトリシアの趣味だろう。アスールの部屋と似た雰囲気だったが、明らかにアスールの部屋と違うのは壁際の大きな作業机だ。
その机の上には何冊もの魔導具関連の本が乱雑に積み上げられていて、開いたままになっている本の近くにはおそらく今制作中であろうと思われる魔導具の材料とおぼしきものが数多く散らばっていた。シアンはちょっと前までそこで作業をしていたのだろう。
「やあ、アスール。早かったね」
「兄上、お招きありがとうございます。これ、焼き菓子と茶葉です」
フーゴがアスールから包みを恭しく受け取り、包みを開く。途端に焼き菓子の芳ばしくて甘い香りが部屋に広がった。
「もしかしてダリオの手作りかな?」
「そうです」
「へえ、それが噂の!」
「噂、ですか?」
「そう。フーゴから聞いてね。彼の祖父殿の作った焼き菓子は高級店のものよりもずっと美味しいらしいね。嬉しいな」
「もしかしてその茶葉は焼き菓子に合うように選んでくれたものだったりする?」
「たぶん」
「フーゴ。頂いた茶葉でお茶を淹れてくれるかな?」
「畏まりました」
その時、扉がノックされる音がして、フーゴは茶葉を置くと扉の方へと歩いていく。
「もう一人、声を掛けたんだ」
シアンがアスールに意味ありげにウィンクをする。
フーゴに連れられて部屋に入って来たのは、アスールにとっては初めて会う人物だった。
「ようこそ。エドガー先輩」
シアンに “先輩” と呼ばれたその人は、エドガー・セブグルと名乗った。学院では最上級生にあたる五年生で、王立学院執行部のメンバーの一人だそうだ。
「執行部の部長は別の人なんだけど……ほら、先日の説明会で舞台上で挨拶してた彼、アスール覚えているでしょ?」
「はい。確かケール侯爵家の……えっと」
「そう。まあ名前はどうでもいいよ。その彼が部長なのは『第五学年で一番身分が高い侯爵家の息子』って理由だからなんだけど、実際に執行部を動かしてるのはエドガー先輩たちなんだよね」
「私は平民です。我が家は王都で貿易商を営んでいます」
「あっ。もしかしてセブグル商会ですか?」
「そうです。ご存知ですか?」
「はい。この制服も」
「セブグル商会のドレスショップは母上の贔屓店だものね」
「そうですか。それはそれはありがとうございます」
エドガーは大袈裟にシアンとアスールにお辞儀をした後で悪戯っぽく笑った。
「それでね、アスール。そのうち話がいくと思うけれど、君も執行部に所属することになるから、そのつもりでいてね」
「そうなのですか?」
「まあ、王族の義務だね。何かあった場合、生徒と学院の間に入って欲しいってことみたい。僕なんて名前だけで何もしていない。会議には出席するけど、ほとんど口を挟むことは無いな。そのうち分かると思うけど、悲しいことに、僕たちはちょとした発言にも注意が必要な立場なんだよ」
フーゴがお茶とお菓子の用意をしてくれた。
「先輩どうぞ。お茶もお菓子もアスールからの差し入れです。お菓子は彼の側仕えの手作りなんですよ」
そう言いながらシアンは早速焼き菓子を手に取って、そのまますぐに口に運ぶ。
「美味しい!」
そう言って、彼の側仕えであるフーゴをチラッと見てからアスールに向かって言った。
「ねえ、フーゴとダリオ、交換しない?」
「殿下!」
フーゴが慌てた様子で主人を見る。シアンは笑って「冗談だよ」と答えている。二人は主人と側仕えという関係よりは、年も近いせいだろうか友人同士のようだとアスールは思った。
その後アスールは、お茶を飲みながら執行部についてのあれこれをエドガー先輩から聞いた。
基本的には第四、第五学年の平民のうち成績上位五名と貴族二名の十四名で執行部は運営されているらしい。
王族が在学している場合は都度加わるそうだが、上に王族が在学している間はほとんど出番は無さそうなのでアスールは正直ホッとした。
だが、焼き菓子を食べながら話を聞いていたシアンが口を挟んだ。
「ちなみに、ヴィオレータはアスールの入学が決まってすぐに自分は執行部入りしなくて済んだと言って喜んでいたらしいから、アスールの執行部入りは第三学年からと言うことで覚悟しておいたほうが良いよ」
「えっ。そうなのですか?」
「ね。ヴィオレータも困った子だよね。でもまあ、僕もアスールがやるべきだと思う。……それで先の話になるけど、一緒に執行部入りするもう一人はルシオが良いんじゃないかな」
「ルシオですか……」
「あれ? ルシオじゃ不満なのかな?」
「そうではありません。ルシオはクラブを掛け持ちする気みたいで、きっと忙しいだろうから……」
「へえ。何のクラブ?」
「魔導具研究と料理です」
「料理? そりゃビックリだ。でも、ルシオが適任だと僕は思うよ。彼はああ見えて、ちゃんとバルマー家の血を色濃くひいているからね。兄のラモスもメンバーだし、ルシオ本人にやる気があるかどうかを聞いてみると良いよ」
「分かりました」
「ところでアスール、この焼き菓子に名前は付いてる? 中に入っているのは何か分かる?」
「えっと……確か “パウンドケーキ” って言ってました。中身は紅茶の葉を細かく砕いたものと胡桃だそうですよ」
「なるほどね。すごく美味しかったってダリオに伝えて」
「はい」
フーゴがシアンにリボンのかかった小さな包みを渡す。それが合図だったかのようにシアンが立ち上がった。
「そろそろ夕食の時間も近づいているし、今日はこの辺でお開きにしますか。エドガー先輩、良かったらお持ち帰り下さい。アスールが持ってきてくれた焼き菓子。ええと、“パウンドケーキ” だそうです」
そう言ってシアンは小さな包みを差し出した。
「ありがたく頂きます。では、私はお先に」
エドガーは二人の王子に対して礼儀正しくお辞儀をすると部屋を出ていった。
エドガーを見送った後、フーゴが静かに扉を閉める様子をじっと見ていたシアンが、後ろに立っていたアスールの方を振り返って言った。
「そう言えばアスール、何だか面白い事に巻き込まれているらしいね」
「えっと、何の話ですか?」
「週末、城に戻るんだろう?」
「ああ、そのことですか」
「予定よりも随分早くなっちゃうけど、なんとか間に合いそうだし、僕も一緒に城に戻るよ。ローザと約束もしているしね」
シアンは作業机の方にチラリと目をやる。
「じゃあ、行こうか。今日の夕食は一緒に食べよう。なんだかすごく愉快な話も聞けそうだし……ルシオたちにも声をかけようか」
シアンは楽しくて仕方がないといった様子でスタスタと先に部屋を出て行く。アスールは慌てて兄の後を追った。
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