6 ホルクを育てよう
「ねえ、アスール! 見てよ、このチラシ!」
ルシオが教室に息を切らして飛び込んで来たかと思ったら、アスールに一枚のぐしゃぐしゃになった紙をグイっと押し付けてきた。
「何これ? そんなに慌ててどうしたの?」
アスールはその紙を受け取ると丁寧にシワを伸ばす。それからその紙の上部に大きく書かれた字を声に出して読んだ。
「なになに? 『あなたも “ホルク” を育ててみませんか?』えっ? ホルク?」
「そう。ホルク! あのホルクだよ、アスール! ちゃんと最後まで読んでみて!」
あなたも “ホルク” を育ててみませんか?
当学院で育てているホルクが卵を七つ産みました。
もうすぐ可愛い雛が孵ります。
残念ながら飼育室では五羽しか飼育することが出来ません。
雛から育てれば、あなたに懐くこと間違いなし!
引き取って育ててくれる方二名を募集します。
鳥籠その他備品は飼育室でも購入可能。
詳しくは “ホルク飼育室” までお問い合わせ下さい。
読み終わって顔を上げると、ルシオが目をキラキラさせながらアスールを見ていた。嫌な予感がする……とアスールは思った。
「ねえ、アスールも一緒にホルクを育てようよ!」
「やっぱりだ……」
「えっ。なになに? やっぱりって?」
「本気なの? ルシオ、動物を育てるって簡単なことじゃ無いよ。分かってる?」
アスールだって、収穫祭の騒動の時にリリアナの腕から夕空へと飛び立った、あのホルクの姿が目に焼き付いている。
出来ることなら自分だけのホルクを育ててみたいとも思う。でもそれは “いつか” であって “今” ってことじゃ無い。
「大変だってことは分かってるよ! でも、こんなチャンスは滅多に無いよ。ホルクは本来それほど卵を産まないんだ。飼育室で育てきれない数の卵を産む年なんて本当に凄く稀だって言ってたよ」
「誰が言ってたの?」
「飼育室の先生……」
「もしかして、ルシオ。もう話を聞きに行ったの?」
「うん。だって『お問い合わせ下さい』って書いてあるし」
「それで?」
「鳥籠その他備品は飼育室でも購入可能って書いてあるでしょう。だから念のため、いくら位の金額が必要なのか聞いてみたんだけど……」
「いくらだって?」
「小金貨三枚だって言われた」
「小金貨三枚? そんなに? 雛と鳥籠と備品だけで? ウソだろ?」
「違うんだ。雛だけで小金貨三枚」
「雛が? そんなにするの?」
「貴重な鳥だからね……」
「それってもはや “引き取り手” じゃ無いよね、探してるのは “買い取り手” だよ……」
「うん。僕もそう思う」
「飼いたいの?」
「うん……」
「で? 問題はなに? 金額ってわけじゃ無いんでしょ?」
「親の説得」
「バルマー伯爵なら良いって言ってくれそうな気がするけど?」
「そっちじゃなくて、母親の方だよ……」
「……ああ、そうか」
「ねえ、頼むよ、アスール。君も飼うって言えば、父親の方はきっと大丈夫だと思うんだ。どう? 確か前にホルクを育ててみたいって言ってたよね?」
「おい、勝手なことばっかり言うな! アスールが困っているだろ!」
「マティアス!」
いつの間にかマティアスがルシオの横に立っていた。
「親の説得が一人で出来ないなら諦めろ。アスールを巻き込むなよ」
「分かってるよ。分かってるけど……」
「大丈夫だよ、マティアス。ありがとう」
マティアスが自分の代わりに怒ってくれたことは正直とても嬉しかった。
「シアン兄上もホルクを飼ってるんだ。もうすぐ二歳になる」
「あれ? さっきホルクを育てられる機会は滅多にないみたいなこと言ってなかったか?」
「そうだよ。兄上のは密猟者から奪い返した卵だったんだ。ホルクは自分の卵以外は絶対に温めないから、巣に戻すことが出来なかった卵をお祖父様が孵したんだよ。兄上のホルクはそのうちの一羽なんだ」
「ラモス兄さんもその時にフェルナンド様から雛を譲り受けて育ててる」
「ねえ、ルシオ。まだ学院に入学したばかりだし、僕たち本当にちゃんと育てられると思う?」
「大変だとは、思う」
「いや、絶対にすごく大変だと思うぞ!」
「でも。飼いたい。自分だけのホルクを育てたい!」
「ふぅ。……分かったよ、ルシオ。『いつかは』が『今』になるだけだ」
「やった! ありがとう、アスール!」
そう言いながらルシオがアスールに抱きついた。
「それで? 母親はどうやって説得するんだ?」
「うーん、そうだなぁ……隠す?」
「隠す? はぁ? それって一番ダメなヤツだろ?」
「そうかなぁ。それが一番穏便な方法な気がするけど?」
マティアスは親に隠れて動物を飼うなんて非常識だとルシオを非難した。
「あーーーっ、そう言うことか!」
アスールは可笑しそうにクスクス笑って二人を見た。
「「なに?」」
「二人があまりに噛み合わないから」
「「えっ??」」
「マティアスは誤解してるんだよ。ルシオの母上は動物を飼うことに反対してるわけじゃ無いんだ。ホルクが、そうじゃないな。ルシオの母上は『鳥』がダメなんだよね。見るのも、近寄るのも」
「それから、食べるのもね!」
翌日、アスールとルシオは正式に「飼育を希望する」ことを伝えるためにホルク飼育室を訪れた。
飼育にはいろいろとクリアしなくてはならない条件があるらしく、先生から詳しい説明を受けることになった。
「まずは保護者の同意が必要です。同意は得られますか?」
「「はい」」
「次に、孵化してしばらくは鳥籠でも大丈夫ですが、半年もすると鳥籠では窮屈になるので鶏小屋に移す必要があります。寮のベランダに鳥小屋を設置することになりますが、設置許可が下りるのはおそらく一番端の部屋だけです。殿下は端の部屋をお使いだと思いますが、バルマー君は大丈夫ですか?」
「そう思って、僕は最初から端の部屋です」
「ああ。もしかしたら君は、ホルクを飼うために学年の途中にも関わらず友人に部屋を交換してもらったあのラモス・バルマー君の弟ですね?」
「そうです! あのラモスの弟のルシオです!」
先生はなんだか納得したようなしていないような微妙な表情を浮かべてルシオを見ていた。
「では、費用についてですが、おおよそこんな感じになると思います」
そう言うと、先生は二人に一枚ずつ金額の書かれた用紙を渡した。
雛一羽 三十万リル
鳥籠代 五万リル
鳥小屋設置費用 十二万リル 合計 四十七万リル
(その他必要な備品及び餌代が別途必要です)
「金貨四枚と大銀貨七枚かあ……」
「出してもらえそう?」
「たぶん大丈夫かな。アスールは?」
「父上にお願いしてみるよ」
「卵は後一週間ほどで孵化すると思われます。孵化から半月前後で雛の引き渡しになるので、できるだけ早く結論を出して下さいね。無理なら次の人に話をします」
「他にも欲しがっている人がいるのですか?」
「はい。もう一名」
「そうですか。来週末家に戻って相談してきます。返事はその後でも良いですか?」
「ええ。大丈夫です。では、お返事をお待ちしています」
アスールとシアンは使用料の小銀貨一枚を支払い、飼育室のホルクを一羽ずつ借りた。そしてそのホルクに「相談事アリ。来週末帰ル。アスール」と手紙を付けて、それぞれの屋敷まで飛ばすことにした。
「ちゃんと届けてくれるかな?」
「大丈夫だよ」
初めて飛ばしたホルクは、記憶に残るリリアナの美しいそれとは随分と違う無様なものだったが。
それでもアスールは新しい命を育てられるかもしれないこと、それから、予定よりも最初の帰宅が早まったことに少し胸が踊った。
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