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 5 授業と休み時間と

 授業が始まると最初の二週間はあっという間に過ぎていった。

 学院では毎日午前中に座学が三コマ、昼食を挟んで、午後は実技がある。思っていた以上に毎日が慌ただしい。

 座学は算術、地理、歴史、言語、文学、文化、マナー、それからフェリペ先生の魔導理論 “基礎” と魔導薬学 “初級”。

 実技は魔導理論の “基礎錬成”、魔導薬学の “初級調合”、各属性別にクラスを分けて魔導実技の “基礎演習”、その他。

 その他の中にはマナー、ダンス、音楽など。それからホルクの扱い方と、そのために必要なセクリタの作成もそのうちあるらしい。



 今年の新入学院生はぴったり百名だ。A、B、C、Dクラスの四クラスに分けられている。

 アスールの在籍するAクラスは二十五名。

 そのうち貴族の男子はアスール、ルシオ、マティアスの三人だ。

 この三人の座席に関しては、マティアスが初日に選んだ「後列中央が定位置」ということで、クラス内では完全に認識されたようだ。

 他には貴族の女子がクラスに二人いる。彼女たちも常にアスールたちの右前の席に二人で座るようになっていた。

 

 残りの二十人は全員平民で、男子十二人、女子八人。

 大抵もう一つあるアスールたちの前の席には女子八人の中の誰かが座っているようだ。

 ルシオの観察報告によれば、それ以外の席に関しては、座る位置も、座る人の組み合わせも日々変わっているらしい。この二週間で平民の子たちは随分とお互いに打ち解けはじめているように見えた。

 別にマティアスが威嚇をしているわけではないのだが、マティアスの右側の席に誰かが座ったのをアスールはまだ一度も見たことがない。



 午前中の三コマの座学と座学の間には、それぞれ二十分の休憩時間がある。

 その二十分間にクラスの皆が何をして時間を消費しているかと言えば……大体が他愛もないお喋りだろう。


 最初の週、アスールたち三人のところには、他のクラスの貴族の男子が入れ替わり立ち替わり挨拶にやって来ていた。

 おそらくは親から「折角同学年なのだから、出来るだけ第三王子と仲良くなっておくように!」とでも言われている者が多かったのだろう。

 アスールに対し「どの委員会に入るのか?」「クラブは所属するのか?」そんな同じような質問ばかりが毎回投げかけられた。

 まだ委員会やクラブの決定までにひと月以上猶予があったので「まだ検討中」とアスールが答えると(実際検討中なのだが)それ以上会話は弾まず、休み時間の度に第三王子をわざわざ訪ねて来る者もいつのまにかいなくなった。


 それとは逆に、最近になって前の席のあたりで他クラスの貴族の女子を見かけることが多くなった。どうやらAクラスに二人いる貴族の女子のところへやって来ているようだ。


 同じクラスになった貴族の女子二人のうちの一人は、アスールも何度か城で顔くらいは合わせたことのある子だった。

 入学式当日にルシオが言い当てた、サカイエラ侯爵家のカタリナ嬢だ。

 彼女はなんというか……とても雰囲気のある子だとアスールは前々から思っていた。

 派手な見かけでは決してないのだが、黙っていても何故か目を惹くタイプといえば分かりやすいだろうか。

 実際にあまりお喋り好きではないだろう。自分から進んで話をしているのをアスールは見たことがない。教室でも暇な時間は席で本を読んでいる姿をよく目にする。


 もう一人はノーチ男爵家のヴァネッサ嬢。

 彼女はとても小柄で「まるで小動物みたいだよ!」とルシオが言っていたが、本当にそんな感じの子だ。

 ルシオの独自調査によればノーチ家は下位貴族。ヴァネッサ嬢はおそらく四女か五女だそうで、家ではあまり立場も良くないらしい。いつも他人の顔色をうかがい周りに気を使って生活しているように見える。当然アスールたち三人に自分の方から話しかけてくる勇気などはとてもじゃないがなさそうだ。

 目が合えば真っ赤になって下を向いてしまう。そんな子だった。


 そんな二人なのだから、いくら彼女たちのところへわざわざ別のクラスからやって来ても、当然話など盛り上がろうはずもない。


「多分女の子たちはアスールと話をしてみたくて、休み時間の度にこのクラスに遊びに来てるんだと思うよ」


 ルシオが開いた教科書で顔を隠すようにして、隣で本を読んでいるアスールに小声で話しかけてきた。


「えっ?」

「もしかして気付いてないの?」


 ルシオはアスールの反応を楽しむようにニヤニヤしている。


「カタリナ嬢とヴァネッサ嬢じゃ、気を回して彼女たちをアスールに紹介したりするなんてことは絶対に出来ないだろうからね。結局はあそこでああして喋っていても全部無駄な努力にしかならないな」

「だね。可哀想だけど」


 マティアスもルシオの真似をして教科書を広げ、アスールを挟んで楽しそうにルシオに相槌を打っている。

 貴族社会では、上位の者に対して紹介もなしに勝手に話しかけるのはマナー違反になるのだ。女の子たちは既にクラスメイトであるカタリナとヴァネッサに間に入ってもらいたいのだろう。だが残念なことに、当の二人はそんなことなど一向に気付く様子も無い。


 授業開始五分前の予鈴がなって、女の子たちはちらちらとアスールの方を気にしながらもそれぞれのクラスへと帰っていった。




 この日の最後の座学は地理だった。

「一学年の前期はクリスタリア国内のことを中心に学び、後期になったら近隣の国について学びましょう」と地理の先生が話している。


(クリスタリアからかなり離れた位置にある “ロートス王国” のことを学べるのは、いったいいつになるのだろう……?)


 アスールはぼんやりと考えていた。


 クラスの多くは王都出身者だが、中には地方から入学を機に出てきている学生もいるので、先生は彼らに王都とは異なる土地について順に発表させるつもりようだ。マティアスもそれに該当する。


「発表の必要がない王都出身組は気楽で良いな……」

「まあ、頑張ってよ。オラリエの今後の発展は君の発表にかかっているのだ!」


 ルシオが面白がってマティアスを揶揄っている。


 ほとんど王都を離れたことのないアスールにとっては、例え人から聞かされる話だとしても知らない土地への興味は尽きない。なかなかに今後が楽しみな地理の授業になりそうだ。


お読みいただき、ありがとうございます。

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