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 3 王立学院入学式

  王都よりも内陸に位置するせいか、王立学院の入学式は毎年アーモンドの花が見事に咲き誇る時期と重なる。

  学院の正門を通り抜け、しばらく進んだ右手に今年も新入生のクラス分けが貼り出されている。周辺は沢山の新入生で溢れかえっていた。

  既に自分のクラスを確認し終えた学生たちが、もうすぐ式が始まる講堂への入場を待っているのだ。


「アスールとマティアスと僕。三人とも同じクラスで安心したよ」


  満開のアーモンドの花が春風に乗り、ひらひらと舞い散っている。学生たちが作るざわめきの中、ルシオ・バルマーが近くに立つ二人に話しかけた。


「そうだね。まあ、学院側の配慮もあるのだろうけど……。僕も君たちと一緒で嬉しいよ」


 アスールは辺りをゆっくりと見回した。

 こんなに多くの同年代の人たちを見たのは、生まれて初めてかもしれない。

 それも皆が同じ服装をしていて……なんだかすごく不思議な感じがする。まあ、制服なのだからそれも当然と言えばそうなのだが、アスールには目にするもの全てが新鮮に映った。


「代表挨拶はもう完璧かい?」


 入寮したその日、アスールは寮監の先生から「入学式で新入生代表挨拶をするように」と言われたのだ。

 その年の入学予定者の中の最高成績者に依頼があるらしいが、アスールはこれもまた王子である自分への学院側の配慮だろうと考えていた。

 と言うのも、あの算術の試験問題ではたぶん満点は続出しただろう。少なくともシアンとマティアスはそうだったに違いない。


「それなりにね」

「なんだよ、それなりって!」


 ルシオがアスールの肩に自分の肩をぶつけて笑った。

 アスールにとって友人と呼べる存在は、まだこの二人だけだ。

 学院では『とりわけ同じ学年の者たちとは身分を気にせず “対等な友人関係” であるべき』と謳っている。

 実際にはどの程度 “対等な友人関係” なのか始まってみなければ分からないが、アスールはそれはそれで楽しみだった。


「あっ、入場するみたいだね!」


 誘導担当の教員がクラス毎に集まるようにと指示を出している大きな声が響いていた。



 新入生が揃って入場し、式が始まる。

 講堂は外見から想像していたよりも、ずっと広くて立派だった。内部には在校生と、新入生の保護者と思われる大人たちで満席の状態だ。

 王立を名乗っているのだから、当然なんらかの学院の式典には王家の誰かしらが必ず列席はするのだが、今日はカルロ王、パトリシア王妃が二人揃っている上に、先王フェルナンドまでもが来賓席に座っている。もちろんアスールの代表挨拶を聞くためにだ。


「……この王立学院で学べることを誇りとし、これからの五年間を共に過ごしていきたいと思います。新入生代表、アスール・クリスタリア」


 大きな拍手が巻き起こる。

 これがアスールにとって “クリスタリア王家子息としてのデビュー” となった。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



 式典後は各教室に歩いて移動する。

 入場前にすでにクラス毎にまとまっているので、周りに居るのがおそらくはクラスメイトということになるのだろう。

 アスールの両脇をルシオとマティアスがガードするかのように並んで歩いている。

 顔見知りが既にいる者はそう多くはないようで、教室へと誘導される間も、目だけがキョロキョロと周りを観察しているのが分かる。


「なんだかちょっとドキドキするよね」


 前を向いたまま小声でルシオが話しかけてくる。相変わらずルシオは楽しそうだ。

「黙れ」と言いたげな顔でマティアスがルシオを軽く睨みつける。こちらも相変わらずの真面目だ。

 “Aクラス” と書かれた扉の前でここまで誘導してきた人が立ち止まると、その周りに生徒たちが集まった。

 その後ろを別の誘導員が立ち止まった集団を避けながら、次の扉を目指して進んで行く。どうやらその集団が隣のBクラスのようだ。中に知っている顔が何人かいる。


「Aクラスの方はこの教室へお入り下さい。席は自由です。後ほど担任教諭が参ります」


 そう言うと誘導員は踵を返し去っていった。


 教室に入ったものの、何となくお互い牽制しあって誰も席には座ろうとしない。

 教室は教壇を要に扇状に席が配置されている。最前列に三人掛けの席が三つ、二列目が四つ、最後列が五つ。後ろの席へ行くほど段が高くなっている。


「三人掛けが、1、2、3……全部で十二か」


 ルシオは敢えて声に出して席数を数えているようだ。


「このクラスって確か全員で二十五人だったよね?三十六席もあるよ。随分余る。詰めて座る必要は無さそうだけど……どうす……」


 ルシオが喋り終えるのを待たずに、マティアスがさっさと手前の通路を上り始めた。慌ててルシオがその後を追いかける。アスールも二人に続いた。


「ここにしよう。三人一緒で」


 マティアスが指差したのは最後列の中央の席だった。そしてそのまま一番手前の席に自分の荷物をおろしている。


「了解!じゃあ、アスールは真ん中ね」


 そう言うとルシオはマティアスの背後をまわって奥側の席に着く。

 アスールも二人の間の席に腰を下ろした。


 三人の様子を見ていた他の生徒たちも席を選んでいる。

 アスールたちの前の机に女の子が二人近付いて来て、軽く会釈をしてその席に座る。そのうちの一人はアスールも見知った子だった。


「確かサカイエラ侯爵家の……えっと、あ、そうだ!カタリナさん! だよね?」


 ルシオが小声でアスールに確認してくる。

 アスールは顔を見たことはあったが名前までは分からなかったので、黙って首を捻っておいた。「分からない」と声に出せば、彼女にも聞こえてしまう気がしたからだ。


「きっと後で全員自己紹介するだろ」


 マティアスが素っ気なく答える。

 そうこうしているうちに全員が席に着き、同じ机に隣り合った同士が挨拶を交わし始め、教室はざわざわとした雰囲気になる。

 扉が開き、白衣を着た背の高い男性が教室に入ってきた。生徒たちのお喋りがぴたりと止まる。


「君たちのクラスを受け持つことになったフェリペ・カーリムだ。教科担当は魔法理論と魔法薬学。学院内にカーリムは他にも二人居るので、まあ二人とも私の親族なんだが……紛らわしいので私のことはフェリペ先生と呼んでくれ」


 そう言いながら先生は黒板に自分の名前を書いていく。それから生徒たちの方に向き直り、全員を見回しながら話を続けた。


「この学年だと、魔導理論 “基礎” と魔導薬学 “初級” の授業だな。名前からして小難しそな授業に思えるだろうが、ちゃんと聞いてさえいればそれほど難しくもない授業だ。まあ頑張れ。えっと、それから『魔導薬クラブ』の顧問もしている。勧誘して来い!って上の学年の奴らにうるさく言われてるんで、一応言うだけは言っておくな」


 教室のあちこちで笑いが起きる。

 先生は騒ついた雰囲気が収まるまで少し間を開け、真面目な顔で今までよりも低いゆっくりとした口調で話を再開した。


「もう当然分かっているとは思うが、この学院内では身分の上下を気にする事なく平等に学問の機会が与えられる。今日から卒業までの五年間、同学年であれば全員同じ学生としてお前たちは皆対等の関係だ。身分や立場を振りかざして何かを強制したり強要することは禁じられている」


 フェリペ先生はアスールの方を見て問いかける。


「それでよろしいですね? アスール王子殿下」

「もちろんです。今後フェリペ先生も僕に対して特別扱いは不要です。他の生徒と同様に接して下さい」


 先生はにっこりと微笑んだ。


「さて、じゃあ君たちにも自己紹介をして貰おうかな。それじゃあ……前の席の君から。名前と出身地と、趣味とか、学院で学びたいこととか適当に。あまり長くなり過ぎない程度で頼むね」


 また笑いが起こった。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



「良さそうなクラスだったね」

「そうだな。フェリペ先生もなかなか感じが良い」


 寮へ戻る道すがら、ルシオとマティアスがいろいろとクラスについての感想を喋っている。アスールは二人の話など耳に入っていないようで、なにやら考えこんでいた。


「どうしたの? アスール。さっきからなんだか難しい顔してる」

「フェリペ先生なんだけど……前に何処かで会ってる気がするんだけど、全然思い出せなくて。気のせいかな……」

「他にも二人親族が学院内にいるって言ってたな。フェリペ先生もきっとあの一族の一員ってことだろ?」

「あの一族って?」

「魔導師一族のカーリム家」

「あっ!そうだよ、カーリム! 先生はカーリム博士に似てるんだ! 背の高さは全然違うけど、雰囲気がそっくりだ。それだ!」

「どうやら悩みは解決したみたいだな」


 マティアスが一人で納得しているアスールを見て笑っている。


「たぶんね」

「じゃあ、前に会ったのは先生ではなくて先生の関係者だったんだね?」

「そうかも。確かルイス・カーリムって言ってた。魔導師団の顧問の人。かなり年配の人だったから……お爺さんとかかな?」

「僕、その人知ってるよ。モノクルしてるでしょ?」


 ルシオが左手の親指と人差し指で丸を作って自分の目にあてる。


「そうそう!」

「すっごく有名な魔導師だよ。でも、確か結婚してなかった筈……」

「ふうん。そうなんだ」


 そうこうしているうちに寮に到着した。


「はぁ、今日はいろいろあって疲れたね。今日の夕食はなんだろう? 楽しみだなぁ」

「まったく。ルシオの頭の中はいつでも食べ物のことばっかりだな」

「確かに!」

「えーーーーー。そんなこと無いよーー」


ルシオの悲鳴に似た抗議の声が思いの外ホールに響き、寮監があからさまに渋い表情をしているのが目の端に入ったが、三人は素知らぬ顔で階段へと急いだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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