2 休日の過ごし方
入学式を翌日に控えたこの日は “光の日” だった。
午前中にアスールが部屋で本を読んでいると、兄のシアンが彼の側仕えと共にやって来た。
「昨日の夜はちゃんと眠れた?」
「はい。大丈夫でした」
「それなら良かった。……この部屋、こんな風になったんだね。兄上が使っていた頃に何度か入ったことはあったけど、随分と雰囲気が変わったね。まるで別の場所みたいだ」
「そうなのですか? 母上が準備して下さったそうです。ダリオから聞きました」
「ああ、そんな感じがする! いい部屋だね」
シアンは自分の部屋がこの丁度反対の位置、南側の端の部屋だと言った。
東寮では各階の両端の部屋が最も広く、王族の学生が在学する場合にはその部屋を使用しているらしい。アスールの真下はヴィオレータの部屋だそうだ。
「僕の真下の部屋はスアレス公爵家三姉妹の一番下が使ってる。去年まで次女が使っていた部屋に移動したんだ。ほら、成人祝賀の宴で見かけただろ、マチルダ様。そのすぐ下の妹がエミリア様、最終学年に在籍中」
「もし端の部屋を使用中に、後から王族が入学してきた場合……どうなるのですか?」
「そりゃもちろん譲ることになるね。『学院では皆平等』とは謳ってはいるけど、それでも貴族だけの話になれば序列ははっきりしているよ。実際エミリア様はヴィオレータの入学前はこの真下の部屋に居たんだから」
「そうなのですか……」
その時シアンの近くで控えていた彼の側仕えが、一瞬だけ自分の右手で左手首を摩るのが目に入った。
シアンの側仕えはダリオと比べるとかなり若い。まあダリオに比べれば殆どの者が若いのは間違いないのだが、精々彼は二十代前半に見える。
シアンは側仕えの方をちらりと見て、急に話題を変えた。
「そうだ、アスール。今日のお昼を一緒にどうかな? と思ってこの部屋を訪ねたんだよ。危うく本題を忘れるところだった」
「はい。喜んで」
「良かった。じゃあお昼に食堂で待ち合わせよう。テーブルは確保しておくから、ルシオとマティアスにもそう声をかけてくれるかな? 僕も友人を二人連れて行くから」
シアンが側仕えと部屋を出て行くとダリオが小さな溜息をもらす。
「殿下もお気付きになられたようですが、側仕えが主人以外の方にサインを気付かれるようでは側仕えとしては二流と言わざるを得ませんね……」
「そうなの?」
「ええ、そうです。実は、あれは私の孫なのですよ。どうしても側仕えになりたいと申すので、陛下の許可を頂いて、一年前から学院内でのみシアン殿下にお仕えしています」
「そうなんだ……。そう言えばちょっと立っている姿がダリオに似てたかも」
「左様ですか」
心なしかダリオが一瞬だけ嬉しそうな顔をしたようにアスールには見えた。
ー * ー * ー * ー
昼食は予定通り六人で食べる。
アスールはシアンの後ろに並び、兄からオススメの品を教えてもらってそれを中心に盛り付けてもらった。
「デザートは後で場所を移動して、そこで改めて食べようと思ってるんだ。あまりお腹一杯にしない方が良いよってルシオに伝えてあげて」
シアンがルシオの皿に気付き、笑いながらアスールに助言した。
「その必要はありませんよ。アイツの腹は “底無し沼” みたいなものなので」
シアンの前でカラトリーを選んでいたルシオの兄ラモスが苦笑いを浮かべながら口を挟む。
そのラモスの様子からして、きっと家でもルシオはああなのだろうと容易に想像できて、アスールは思わず吹き出しそうになった。
シアンが連れてきたもう一人は、シアンたちと同学年のエミディオ・パルナスだった。
彼はパルナス辺境伯家の次男だそうだ。
大柄なエミディオはその見た目はすごく強面なのに、話好きらしくよく笑う。エミディオは一年生がこれから教わるであろう先生たちのモノマネを交えながら、授業の内容などを面白おかしく教えてくれた。
「そろそろ談話室に移動しようか。もうお茶の用意が整っている頃だからね」
「そうだね。エミディオのモノマネはまだまだ尽きなさそうだし、続きは談話室に移ってからと言うことにして」
笑いながらシアンとラモスが立ち上がった。
ー * ー * ー * ー
談話室はかなり広い部屋で、ソファーセットが間隔をあけていくつも置かれている。
部屋の最奥、他よりも設の良いスペースでダリオと彼の孫のフーゴが準備を既に終えて主人たちの到着を待っていた。
途中何組か既に寛いでいるグループがいたが、シアンたちに気付くと立ち上がって礼をとった。
「ここは王族用スペースだからいつでも使えるよ。ヴィオレータはほとんど談話室に来ることは無いから気にしなくて大丈夫。今日は声をかけたから後で来ると思うけど……。ほら来たよ」
アスールが扉の方を振り向くと、ヴィオレータが満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振り、早足で近づいてきていた。後ろから慌てた様子で三人の女の子がヴィオレータを追いかけている。その更に後ろをおそらくヴィオレータの側仕えだろうご婦人がゆっくりと歩いていた。
「ようこそ、学院へ。元気そうね、アスール!」
「はい。姉上もお変わりなく」
ヴィオレータが三人の友人たちを紹介してくれたが、アスールには正直誰が誰だかよく分からなかった。
ヴィオレータは個性的だ。すっきりとした印象を与える、あまり華美に見えない服を好んで着ている。
だがヴィオレータ以外の三人は皆、まるで揃えたかのように同じような格好をしていて、困ったことにアスールには色が違うということくらいの区別しか付かないのだ。アスールは途中からもう見分ける努力を放棄した。
お茶を飲みながら、皆で休日の過ごし方などを話した。
学院で授業が無いのは “光の日” だけだ。その日は夕方の門限迄は自由時間なので、学院の外への外出も許可されている。
前以て届けを出しさえすれば、前日の授業後から学院を出ての外泊も許可されるそうだ。このシステムを使えば王宮にも帰れる。
「僕たちが王宮へ戻れるのは、早くても四の月に入ってからだよ、アスール。 先ずは学院の生活に馴染まないと」
アスールの考えていることをまるで見透かしたように、シアンが笑いながらアスールにそう言った。
「城でローザが待っているのでしょう? 私も早く可愛いあの子に会いたいわ」
ヴィオレータがあの日の思いがけない夕食会を思い出したようで、楽しそうに笑ってそう呟いた。
「ローザ様って一番下の妹姫よね? そんなに可愛らしい方なの?」
「ええ、それはもう!」
「来年はローザ様がご入学なさる番よね? 私、今からローザ様をこの寮にお迎え出来る日がとっても楽しみだわ」
「そうね」
シアンはしばらくの間ヴィオレータとその友人たちの会話を黙って聞いていたが、堪えきれずに遂に口を挟んだ。
「ヴィオレータ。ローザが学院に入学するかどうかはまだ決まっていないよ。軽はずみなことは言ってはいけない」
「そうなのですか? 申し訳ありません、兄上。てっきり来年入学するものと思い込んでおりました……」
「アリシア姉上も学院には通わなかっただろ? それに試験を受けてみないと入学出来るとは限らないよ。あの子は算術がひどく苦手なようだからね。そうだろ? アスール」
「まあ……否定は出来ません」
その場は笑いに包まれて、ローザのことから話題は逸れた。
シアンがどうしてローザの件から話を逸らしたかったのかはよく分からないが、魔力のこともあるし、ローザの入学が未定なのは本当だ。それに、ローザの算術が壊滅的な出来なのは残念ながら覆しようの無い事実だった。
「馬車で半刻くらいのところにある町に行く人が多いよ」
「あそこなら大抵のものは手に入るし、小さな食堂やカフェもあるからお昼をそこで食べるのも良いね」
ルシオが食べ物の話題にすかさず食いつき、エミディオとどこの食堂の何が美味しいとかで盛り上がっている。
「学院から町までは乗り合い馬車もありますよ。ただ時間帯によってはとても混み合うらしいので帰りは注意が必要ですね。門限に間に合わないと、二週間外出禁止になってしまいますから」
ヴィオレータの友人の一人が教えてくれた。
実際に乗り合い馬車が混み合って乗り切れず門限に間に合わないことが少なからずあるらしい。そうならないために乗り合い馬車を利用するよりは、はじめから自分たちで馬車を一台手配してしまった方が良いとも言っていた。
上の学年の有り難いアドバイスをいろいろと授かり、お茶会はお開きになった。
「いよいよ明日は入学式だな」
「マティアスはまたガチガチに緊張するんじゃない?」
「もう平気だ」
「でも、明日はきっと陛下がご列席なさるよ!」
「あっ!」
マティアスは相変わらず “王族アレルギー” が治らないようだ。
三人は笑いながら部屋へと続く階段を並んで上がった。
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