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 1 はじめての寮生活

 入学式の二日前、アスールにとってはじめてとなる寮生活がスタートした。

 王立学院には全部で三つの寮があり、それぞれの寮は東寮、北寮、西寮と、その位置を基に名前が付けられている。

 その内 “東寮” が貴族の子どもたち専用の寮だ。



「アスール殿下は三階の北側の一番奥右手のお部屋です。側仕えの方はその手前のお部屋をお使い下さい。こちらが鍵になります。鍵は寮の外への持ち出しが禁じられております。外出の際はこちらまで預けて下さいますようお願い致します」


 そう言うと、管理人はアスールの側仕えに二人分の鍵を手渡した。

 東寮と西寮の一部には『側仕え付き』で入寮することが可能な部屋がいくつかあり、シアンやアスールの他、公爵家や一部の侯爵家の子どもが側仕えと共にそれらの部屋を利用している。

 西寮の場合は大商家の子だったり、地方の高位役人の子だったりが側仕え付きで入寮するようだ。



 この東寮の管理人は見るからに生真面目そうな老人で、鍵を側仕えに手渡すと彼は自分の上着からハンカチを取り出してせかせかと手を拭いて、すぐにそれをポケットに戻した。

 それからホールの奥を指してこう付け加える。


「お部屋へはそちらの階段をお使い下さい。三、四階が男子寮。ニ階は女子寮となっておりますので、間違えてニ階に行くことのないようお気を付け下さい」



 アスールは彼の側仕えの後ろについて階段を上がった。

 アスールの側仕えとして一緒に入寮したのは、もうずっと昔から城勤めをしているダリオ・モンテス。

 彼はアスールが生まれるよりずっと以前に爵位を息子に譲り、それからはカルロの世話係を長年務めていた。数年前からはアスールの “世話係” 兼 “教育係” を務めている。今回の学院入学を機にカルロは “過去の経緯” を打ち明け、ダリオにアスールを託した。それだけダリオに対するカルロの信頼が厚いことが窺い知れる。

 ダリオは年齢的には()()と言っても良い年の筈だが、その立ち姿はスッとしていて美しいとさえ思わせる。


「若様のお部屋はこちらのようですね」

「ダリオ。前にも言ったと思うけど、その “若様” って言うのやめてほしい……」

「何故です?」


 ダリオは部屋の鍵を開けながら、何故そんなことを言われなくてはならないのか全く理解できないといった表情でアスールを見つめている。


「何故って……恥ずかしいよ」

「おや。左様で御座いましたか。では改めましょう。“殿下” なら宜しゅう御座いますかな?」

「……そうだね。じゃあ、それで」

「では、御入り下さい。殿下」


 そう言うとダリオが部屋の扉を開けてくれた。

 室内はアスールが想像していたよりもずっと広くて明るい。

 ベッド、勉強机、本棚、大小の洋服箪笥、部屋の中央にはソファーセット。家具は全て完璧に揃えられている。


「こちらのお部屋は昨年まで第一王子がお使いになられていたお部屋だそうです。ですが、家具は全てパトリシア様が殿下の好まれそうな物をと仰って新しく御用意されたものです」

「そう。母上が……」


 アスールはベッドに腰掛けて、母が整えてくれたその部屋をゆっくりと眺めた。それからまた立ち上がり今度は細部をチェックする。

 部屋には二方向に窓があり、東正面の大きな窓の横にはテラスへ出られる扉もあった。テラスにはそれほど大きくはないがテーブルと椅子が四脚置いてある。


「テラスでもお茶が飲めそうだね!」

「左様で御座いますね。隣の私の部屋には小さなキッチンも整えてありますので、後ほど御支度致しましょう」

「えっ。ダリオの部屋にはキッチンがあるの?」

「はい、先日確認致しました。既に必要な用具も揃えて御座いますよ。私の部屋も御覧になりますか?」

「良いの?」

「もちろんです。殿下の御部屋と私のところはこの扉で往き来が出来ます。鍵は付いて御座いません。御用の際はこちらのベルでお呼び下さい。では、どうぞ」


 その部屋はアスールのところよりは随分と狭く、必要最低限の家具だけが整然と並んでいる。その合理的な室内において、唯一キッチンだけが明らかに一線を画していた。


「すごい数のお茶缶があるんだね。みんな違う種類? それにティーセットも随分と沢山ある」

「殿下の御好みになりそうなものを取り敢えず数種類集めてみました」

「そうなんだ……。うわ、オーブンまであるじゃない!」

「実は私、御菓子作りが趣味なもので……」

「えっ。全然知らなかった!」

「城では自分で食べるためだけにひっそりと作っておりましたから。ですが、これからは殿下にも召し上がって頂けると思い、張り切って道具もいろいろ持ち込みました」

「そうなの? 楽しみだな」

「はい。御期待下さい」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 夕食の時間。

 学院では朝食と夕食、それから授業が休みになる “光の日” の昼食も基本的には各寮で食べる決まりになっている。

 東寮には一階に大きな食堂があり、指定の時間に各自用意された食事を受け取り、空いているテーブルで食べる。


 そろそろ部屋を出ようかとアスールが考えていると、扉がノックされる音がした。ダリオが扉を開けると、そこに立っていたのはルシオとマティアスだった。


「アスール、僕らと一緒に食事に行かない?」


 アスールはダリオの顔をちらりと確認した。


「もちろん構いませんよ。暫くの間、殿下が寮に慣れる迄は私も皆様と御一緒致します」

「分かった」


 部屋を出るとルシオが目の前の扉を指差してニッコリ笑って言った。


「ここが僕の部屋! それから、その隣がマティアスの部屋だからね」

「目の前だね?」

「そうだね!」



 階下の食堂は既に半分以上の席が埋まっている感じだった。何故だか空いているテーブルの上にもパンが乗せられた皿と水が入ったガラス製のピッチャーが置かれている。

 食堂の奥の方に人が数人並んでいる列が見えた。


「この学院では高位貴族であろうとも、学生は基本的に自分の面倒は自分で見るのです。御食事はあちらの列に並んで、御自身で受け取るのですよ」


 ダリオがそっと耳打ちした。

 アスールはダリオが囁いた内容に驚いて聞き返す。


「並んで受け取る? えっ? どう言う事?」

「行ってみればきっと御判りになりますよ。なかなか合理的で良いと私は思いますね」


 アスールたちは取り敢えず言われた通りに列の最後尾に並んでみた。列が進むと前方の様子が見えてくる。なるほど良く出来た仕組みだ。


「まず最初にトレイを持って、前に進みながら順に御食事をそのトレイの上に受け取るのです。副菜は御好きなものを選べるようですね。さあ行って下さい」

「ダリオは?」

「ここは寮生のための食堂ですよ。私は別の場所で後程頂きますから心配ありません。さあお進み下さい。後ろの方が御待ちですよ」


 アスールはダリオに背中をそっと押されて前に進み出た。

 言われた通りにトレイを持って、更に前に進む。ルシオがこちらを振り向いて待ってくれている。

 主菜の皿を受け取り、ルシオに追いついた。


「この中から好きな物を選ぶんだって。何種類でも良いらしいよ。僕は “全部乗せ” にした」

「それどう考えても食べ過ぎだろ!って言うか、ルシオ。それ、本当に全部食べ切れるのか? 残すのはマナー違反だって言われただろ!」


 マティアスは呆れ顔だ。


「大丈夫! 取り敢えず全部食べてみないと、どれが好みの味なのか分からないだろ? 明日からのより良い食事のために、先ずは好みの味を見つけないとね!」

「ルシオのこれは “通常運転” だ。気にしても仕方ない」


 マティアスはさっさと先に進むことにしたらしい。ルシオも笑いながらマティアスの後を追った。アスールは数品選んで皿に盛ってもらいそれを受け取る。最後にデザートを一つ選んでから、カトラリーとグラスを取って全て完了のようだった。

 ダリオが微笑みながら終点で三人を待っていた。


「では、御席に参りましょう」


 四人掛けのテーブルにつく。

 ダリオは座らずにアスールの後ろにそっと控えている。他にも何人か側仕えを連れている学生もいることが見てとれた。

 注意して周りを見てみると、テーブルの上に置いてあるパンと水は好きなだけ取っても良いらしい。足りなくなれば追加してもらえるようだった。

 思った通りルシオのトレイは既に山盛りだ。更にパンが追加される。

 はじめての寮での食事はアスールにはなかなかに興味深く、ワクワクする体験だった。




 部屋に戻り、寝る支度を整えてダリオが自室に下がると、アスールは新しい部屋で初めて独りきりになった。

 学院が森の中にあるせいか、なんだかやけに静かに感じる。


「そう言えば、今日は一度もシアン兄上にもヴィオレータ姉上にもお会いしなかったな……同じ寮にいるはずなのに」


 思わず声に出して喋っていたことに気付き、アスールは慌てる。


(やっぱり寂しいのかも……)


 こうしてアスールのはじめての寮での夜は更けていった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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