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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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58 次から次へと 

「おかえりなさい。アス兄様!」

「ただいま、ローザ!」

「今回もまた、随分とギリギリのご帰還ですのね。学院へ戻る準備は間に合いますの?」

「まあ、なんとかなるよ。たぶん」


 東の鉱山近くに見つかった “温泉” の調査を終えてアスールが王宮に戻って来たのは、当初の予定よりも遅れた、夏期休暇が終わる前日の夕方だった。

 後期の授業は明後日から始まってしまう。特別な許可がない限り、学生たちは皆、どんなに遅くても明日の夕方までには王立学院のそれぞれの寮に戻らなければならないのだ。


「そう言うローザは、いつ島から戻って来たの?」

「三日前ですわ。ヴィスタルの港まで、ジル様が新型船で送って下さいましたの」

「へぇ、そうなんだ。良かったね」

「はい」


 ローザだけなら兎も角、あまり船旅が得意でないパトリシアが一緒では、アルカーノ商会としてもジル・クランの操縦する新型船を出さざるを得なかったのだろう。


(ルシオには、ローザたちが新型船でヴィスタルまで送ってもらったことは黙っていた方が良いかな……)


 ローザたちが新型船で送り届けてもらったことを知ったら、新型船に乗りたがっていたルシオはさぞ悔しがるに違いない。

 まあそうは言っても、パトリシアは仮にもこの国の王妃なのだ。一侯爵家の次男でしかないルシオと、この国の王妃であるパトリシアが、同じ扱いである筈もないことぐらいルシオも分かってはいるだろう。



「そうだわ、アス兄様。ベアトリスお姉様も、昨日ガルージオン国からお戻りになられたのですよ!」

「昨日? そうなの? 確か姉上って、もっとずっと早くにヴィスタルに戻られる予定だったよね?」

「そうみたいですね。ですが、なんでも帰りにガイン伯爵領の近くにある “温泉” まで足を伸ばされたみたいですよ」

「えっ。ローザ、今 “温泉” って言った?」

「はい。言いました」

「ガイン伯爵領ってクリスタリア国との国境に近い場所だったよね? ガイン伯爵領の近くにも “温泉” があるの?」

「たぶん、そうなのではないですか? ベアトリスお姉様がそんな感じのことを仰っていらしたので」

「その “温泉” ってどんなところだったか詳しく聞いた?」

「いいえ、詳しいお話は特に聞いておりませんわ。ああ、もう! そんなことより、アス兄様! その “温泉” にお姉様が()()()()日程を変更してまで立ち寄られた理由を、お兄様は知りたくはないですか?」

「えっ? 立ち寄った理由? そんなの、姉上が “温泉” に入ってみたかったからじゃないの?」

「違いますよぉ。ふふふ。そんな理由ではありませんわ!」


 ローザはやけに楽しそうだ。


「あのですね。ルーレン殿下なのです!」

「えっと、何が?」

「だから、ルーレン殿下がいらしたからですわ!」

「ん?」

「ああ、もう! アス兄様は本当に鈍感さんですわね! ベアトリスお姉様がわざわざ目的地に “温泉” を加えたのは、そこにルーレン殿下がご滞在になっていることをお姉様がお知りになったからなのです。つまり、お姉様はルーレン殿下に会いに行かれたのですわ!」


 ローザの言うルーレン殿下とは、ルーレン・ガルージオン。ガルージオン国第十六王子。ガルージオン国王の第七夫人の次男で、ザーリアの同腹の兄にあたる人物のことだ。

 事故で足に大怪我を負ったため自力で立つことができず、普段は車椅子で生活している。


「ルーレン殿下が以前言っていた “温泉” って、ガイン伯爵領の近くだったの? てっきり王都の近くにあるものかと思っていたけど……」

「えっ? 詳しくは分かりませんわ」

「学院へ戻る前に、姉上に詳しく話を聞きたいな!」

「アス兄様。それでしたら、ちょっと難しいと思いますわ。明日の午前中はお姉様はいろいろとご予定が……」


 ローザが急に口籠もり始めた。


「明日、何かあるわけ?」

「ええと、まあ、そうですね。おそらく来客が……」

「僕には言えないようなことなの?」

「そんなことは……。ああ、もう! 例え今私からアス兄様にお伝えしなくても、寮に戻ればすぐに分かってしまう話ですわね!」

「何かあるんだね?」

「はい。お姉様は側仕えを解任されました。いえ、違いますね。明日の午前中に、お父様から正式に解任する旨を申し渡されるのだと思われます」

「それってまさか、イレーナ・ハイレン?」

「もちろんそうですわ」


 ローザの話によると、ベアトリスはガルージオン国から帰国した早々、父親である国王カルロに自分の側仕えの解任を願い出たそうだ。

 イレーナ・ハイレンは、それまでの側仕えが怪我を負った代わりとして、この春から新しくベアトリスの側仕えに就任したばかりの人物。

 確かにいろいろと問題の多い人物だとはアスールも前々から思ってはいたが、まさかこのタイミングで解任するとは正直思わなかった。


「ベアトリスお姉様は、残りの学院生活に側仕えは必要ないと仰っておいででした。実際、お姉様は大抵のことはご自身でおできになりますし」

「そうだね。ハイレン夫人が姉上と一緒に行動している姿なんて、僕もほとんど見たことないよ。あれなら、居ても居なくても同じだと思う」

「私もそう思います。ですが、エルダ様が、学院卒業までもう少しなのだから、敢えてことを荒立てるような真似はせずに、そのままにしておいてはどうかと提案されたようなのですが……」


 ベアトリスの性格からして、例え母親からの提案であったとしても、それが自分自身で納得できないような内容であったならば決して受け入れないだろう。


 ベアトリスも、アスールも、ローザも、明日の午後には学院に戻っていなければならない。戻るなら、もちろん側仕えを連れてだ。

 アスールの側仕えのダリオ・モンテスと、ローザの側仕えのエマ・ジスリムの二人は、長く側仕えとして王家に仕えているため、王宮に部屋を与えられている。明日もそこから学院へ向かう。


 イレーナ・ハイレンがベアトリスの側仕えをしているのは、あくまでも前任者の負傷に伴う止むを得ない急な人事であり、単に学院在学中のみの短期間の雇用契約ということになっている。したがって、イレーナ・ハイレンは王宮に部屋を与えられるような立場にはない。

 明日、ベアトリスが学院に戻る馬車にイレーナ・ハイレンも同乗するのが本来の姿なのだろうが……。


 どういった話になっているのか、今後どうなるのか、アスールにもローザにも分からない。



「そんなに面倒臭そうな状況なのだったら、姉上と話をするのは学院に戻ってからの方が良さそうだね」

「その方が良いと私も思いますわ」


 とはいっても、結局学院に戻ったら戻ったで、お互いに忙しくてなかなか話はできないだろう。


「アス兄様。ところで、サスティー様はどうされたのですか? まさか、もう島へお帰りになられたわけではないですよね?」


 ローザは周りをキョロキョロ見回してサスティーを探している。


「お父様からは、アス兄様たちと一緒に東の鉱山近くの泉へ向かったと伺ったのですが……。何故今ここに居ないのですか?」


「サスティーなら、今日はアレン先生の家に行ってるよ」

「アレン先生の?」

「そうなんだよ。“温泉” に滞在している間に、サスティーと先生はどういうわけだか意気投合したみたいで……」

「本当に? 信じられません!」

「だよね。どちらかといえば、島ではあの二人、ちょっと険悪なムードだったからね」

「そうですね」

「なんだかよく分からないけど、サスティーは先生の家に置いてあるサンプルとか資料とかを見たいと言い出して、そのまま先生の家に行っちゃったんだ」

「えっと……。その後は、どうされるのですか?」

「どうだろう? 先生が学院までサスティーを連れて来てくれるのかもしれないし、そのまま勝手に島へ戻るのかもしれないし。分からないな」

お読みいただき、ありがとうございます。

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