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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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57 東の鉱山にある泉へ、再び(3)

 アスールたちは今回も前回同様、泉の近くに建てられた宿所のうち一番大きな建物に滞在することになった。

 この一番大きな建物は、外から見た限りでは何か変化があったようには見えなかったが、足を踏み入れてみると、内部は前回と大きく様変わりしていることがすぐに分かる。

 この建物のすぐ隣に、フェルナンドの提案で食堂となる建物が新たに建設されたため、一階部分にあった元々食堂として使用されていた広い部屋は使命を終え、改良工事が行われたそうだ。

 今は、半分を王宮府から派遣されて来ている職員たちが仕事部屋として使用しているのだとラモス・バルマーが説明してくれた。


 ラモスの話によれば、王宮府からは何人かの職員たちが定期的に交代しながら派遣されて来ているそうで、彼らは、夜はここではない別の建物で寝泊まりしているらしい。

 つまり王宮府の職員たちは、昼間は元食堂だった部屋で事務仕事をし、仕事を終えれば別の建物へとそれぞれ戻って行く。

 彼らが建物を後にすると、普段はこの大きな建物に寝泊まりしているのはギルベルトと、ラモス・バルマーと、ギルベルトの側仕えのフリオ・モンテスの三人だけになるそうだ。



「短い間ではありますが、皆さんが滞在している間は、この建物も賑やかになりそうで嬉しいです。普段は、特に夜間は周りが森なだけあって、しんと静まり返っていてかなり寂しかったので」


 アスールたちの荷運びを手伝ってくれながら、フリオ・モンテスはそう言って和やかに微笑んでいる。

 久しぶりに言葉を交わしたが、フリオはギルベルトの側仕えとして学院の寮で暮らしていた頃とは、随分と雰囲気が変わったようにアスールは思った。




 フリオ・モンテスは、アスールの側仕えをしているダリオ・モンテスの孫に当たる人物だ。

 今から六年程前。長く王族の側仕えとして働いている祖父のダリオの姿に子どもの頃からずっと憧れを抱いていたらしいフリオは、反対する両親をどうにか説得し、ダリオの口利きで、当時はまだ王立学院の第三学年生だったギルベルトの新しい側仕えとして学院にやって来たのだと聞いている。


 アスールが王立学院に入学した当時、フリオはまだ側仕えとしては一年程しか経っていないような新米で、事あるごとに祖父であり、側仕えとしては大先輩に当たるダリオから、指導という名のお小言をもらっていた姿をアスールは見かけていた。

 互いに王子兄弟の側仕えをすることで、側仕えとしては大ベテランの祖父のダリオと常に比べられることになるフリオにとって、同じ寮で常に監視の目がある状況はある意味気の毒な環境だったかもしれない。

 だが、これ程頼りになる先輩と同じ寮に暮らし、ギルベルトが学院を卒業するまでの三年間、ダリオから事細かな指導を受けられたことは、フリオにとってはかけがえのない時間だったともいえるだろう。

 ダリオの元を離れた今、アスールの目の前にいるフリオ・モンテスは、すっかり頼れる側仕え然として立っている。

 心なしか、フリオを見つめるダリオの顔がなんだか誇らしそうに見えるのは、アスールの気のせいではないだろう。



 そんなわけで、夕食を食べ終えたこの時間、アスールたち以外でこの建物に残っているのは、ギルベルトとラモス・バルマーと、ギルベルトの側仕えのフーゴ・モンテスの三人だけになる。

 三人とも既にアスールが連れて来ている仔犬が本当は神獣なのだということを知っているので、サスティーは気兼ねなく真の姿に戻って建物の中を好き勝手に歩き回り、疲れたのか、今はアスールの足元にゴロリと寝転がって気持ち良さそうに寝息をたてている。



「じゃあ、この辺り一帯は、いずれは貴族の保養地になるということですか?」

「おそらくは、そうなるだろうね」


 元食堂だった部屋の残りの半分は、今アスールたちが居るサロンとして使われている。

 そのサロンで、ギルベルトが今後開発が進むとこの辺り一帯がどうなるかを簡単に説明してくれていたのだ。


「うわぁ! 兄さん、父上にお願いして、うちも別荘を建てて貰おうよ!」

「お願いって、ルシオ。別荘を一軒建てるのに、どれだけ費用が掛かるのかを分かって言っているのか?」

「そんなに掛かるの?」

「そりゃあ、そうだろう」

「でも父上って、かなり働いているよね?」

「ああ。まあ、そうだな」

「それに、兄さんだって……」

「僕も? なあ、ルシオ。頼むからこの話は、また別の機会に父上としてくれ」

「分かりました。って……。あれっ?」

「どうかしたの、ルシオ?」

「ん? なんだかどこからか焼き菓子の良い匂いがしているような気がするんだけど……。気のせいじゃないよね、アスール?」


 こと美味しいものに関して、ルシオは異常に鼻が良い。

 食堂としては使わなくなっていたが、調理場はそのまま使える状態に保たれていたのだろう。アレン・ジルダニアの指揮下でアスールたちが泉周辺の土の採取に勤しんでいる間に、どうやらダリオはその調理場で存分に腕を振っていてくれたようだ。

 タイミングよく部屋の扉が開いて、ワゴンを押しながらダリオが入ってきた。


「御茶の御用意が出来ました。もちろん焼き菓子もいろいろと用意して御座いますよ」

「やったーーー!」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「凄いよね。たったの半年で、随分と話が進むんだね」


 ギルベルトとラモス・バルマーの二人は、お茶を飲み終えると「片付けたい仕事がまだ残っているから」と言って、早々にサロンを後にしている。

 フリオ・モンテスも、使い終わった茶器の片付けを手伝うと言って、ダリオの後を追いかけるように、いそいそとサロンから出て行った。


 サロンに残されたのは、アスールとルシオとレイフの三人と、アレン・ジルダニア。

 それから、焼き菓子が運び込まれて来た途端にパッと目を覚まし、ついさっきまで小さい姿になって焼き菓子を思う存分堪能していたサスティーもいる。



 先程までのギルベルトの話によれば、現在進められている町計画の目玉は、当然だが、発見されたばかりの光の魔力を含む温泉だという。


 アスールには、昼間サスティーと共に泉を見に行った際、サスティーが「この温泉には光の魔力が大量に含まれている」と明言したことで、一つ試してみたいことがあるのだ。

 クリスタリア国では初めてとなる、ある『特別な施設』を、是非ともこの場所に作りたいと考えている。


 それは、アスールが義姉のザーリアから教えてもらった施設で、その施設では怪我人や病人が、湯に入ったり、高温の蒸気で満たされた部屋に入ったりすることで、治療をするというものだ。

 ザーリアの兄、ガルージオン国の第十六王子のルーレン・ガルージオンも、実際にその施設を定期的に利用していて、怪我の治療をしているのだとザーリアは言っていた。


「ルーレン殿下からも直接お話をお聞きしたのですが、ガルージオン国ではこういった “温泉” に浸かるという行為は、割と一般的な治療法なのだそうです。この場所にそういった施設を作れば、利用したい人が集まって来るのではないでしょうか。アレン先生はどう思われますか?」

「俺か? ああ、そうだな。なかなか面白いとは思うぞ。湯に浸かったり、蒸気で充満した部屋に入るのか……。うん、面白い!」


 アレンにも思うところがあるようで、何やらぶつぶつと呟きながら、いろいろと考えを巡らせているようだ。


「ねえ、アスール。ザーリア様の兄上のルーレン殿下も、その施設で足の怪我の治療のために薬湯に浸かったり、蒸気の充満した部屋に入ったりしているってことなんだよね?」

「そうだよ。ガルージオン国の医師から勧められて、ルーレン殿下は何度も試していると聞いたよ」

「それってつまり、傷が治ると言うこと? それとも怪我自体が治るの?」

「ルーレン殿下の場合、目に見えるような傷はもう既に癒えてるんだって。薬湯に浸かるのは、動かなくなってしまった足の機能を取り戻せる可能性があるからだと義姉上は仰っていたよ」


 ただし、医師からは確実に治ると断言されたわけではないそうだ。

 ルーレン・ガルージオンは、再び自分の足で歩けるようになる僅かな望みを懸けて、藁にも縋る思いで薬湯治療を受けているのだろう。


 ルーレンもザーリアも、アスールが聞いていた限りでは、ガルージオン国の治療施設が光の魔力と関係しているような話は一切していなかった。


「ルーレン殿下が同じような治療を受けるとして、そこに光の魔力が加わったらどうなると思いますか?」

「治療効果は……格段に良くなる可能性はあると思う」

「ですよね!」

「だが、効果があり過ぎることが、また新たな厄介事の種になる可能性も大いにあるぞ」

「ですよね……」


 光の魔力が絡むと、話はいつだって複雑になるのだ。

 その時、ルシオがあっけらかんと言った。


「どの道、僕らだけで話し合ったって、何も決められないんだから、王都に戻ってから、陛下に丸投げすれば良いんじゃないの?」

お読みいただき、ありがとうございます。

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