32 この先の未来へ
アスールの学院入学が目前に迫っている。
数日前、アスールは祖父であるフェルナンドから呼び出しを受けていた。少しだけ二人で何気ない話をした後、フェルナンドは書斎机の鍵のかかった引出しから小さな木製の箱を取り出すと、黙ってそれをアスールに手渡した。
「開けてみろ」
よく見るとその木箱は相当な年代物らしく、上部には細やかな花の模様が刻まれている。フックを外して蓋を開けると、中には懐中時計が入っていた。
「時計の裏を見てご覧」
フェルナンドに言われた通りに時計を箱から取り出して裏返すと、そこには美しい飾り文字が刻まれている。
大好きな フェルナンド国王様へ
貴方の姪っ子 スサーナより
「……これは」
「それはお前の母が嫁に行く前、クリスタリアを離れる直前に儂にと贈ってくれたものじゃよ。スサーナの訃報を聞かされて以降、時折箱から取り出して磨いてはいたのだが、どうしても使うことが出来ずに仕舞ったままだった。あの娘の形見の品になってしまった……。アスール、それはお前にやる。大事にするんだぞ」
アスールはハンカチを取り出すと、フェルナンドから譲られたその懐中時計をそっと包み込んだ。
「ありがとうございます。お祖父様」
フェルナンドは大きく一つ頷くと、日に焼け深い皺が刻み込まれた手でアスールの頭を優しく撫でた。
ー * ー * ー * ー
もうすでに必要な荷物のほとんどが学院の寮へと運び込まれており、後はアスール本人の到着を待つばかりといった状態だった。
アスールの入学の日が近付くにつれ、ローザの元気がどんどん無くなっていくのがアスールには気掛かりだ。
「時々は光の日に戻って来るよ」
「時々っていつですか?」
「それは……学院に通ってみないとはっきりとは答えられないけど、出来るだけ早く戻って来るから」
「でも、シアン兄様もいつも『戻って来る』って言っていたけれど、夏休み迄ほとんど戻らなかったでしょ。きっとアス兄様も戻れないに決まっています!」
「えっ。僕?」
優雅に夕食後のお茶を飲んでいたら、突然妹から名指しで遠回しに非難される羽目になったシアンが、慌てた様子でローザとアスールの話に割って入った。
「アスールのことは分からないけれど、今年は僕は多目に帰って来るよ。最初の一回目はちょっと待たせちゃうかも知れないけど、その時は必ずローザにお土産を持って帰るからね」
「お土産ですか?」
「そう! 期待して待っていると良いよ!」
「本当に? 嬉しいです!」
シアンには何か考えがあるようで、なんらかの確信を持ってローザに帰る約束をしていた。
笑みを浮かべながらそのやり取りを聞いていたアリシアも話に加わる。
「今年からはアスールも学院で居ないけれど、その代わりに私がローザと一緒に居てあげるわ。一緒に刺繍や縫い物をしましょうよ。良かったらカリグラフィーをローザが私に教えて欲しいわ。先日のお手紙に一緒に添えられていた栞、とっても素敵だったから」
「ローザ、姉様にだけ栞を作って差し上げたの? 僕にはまだ届いていないよ?」
「シアン兄様に? ……はい。では、次は兄様に作って差し上げますね!」
「ローザ、儂もまだ貰っておらんぞ!」
「えっ? お祖父様は本を読まれるのですか? 栞は本に挟んで使うのですよ?」
「おっと。そうじゃった、そうじゃった! 儂の分は後回しで良い。最後の最後で構わんぞ。先ずは読む本を探すのに時間がかかりそうじゃからな!」
皆が声を上げて笑う。
残されるローザが寂しく思わないようにと、それぞれが気にかけてくれている。
ー * ー * ー * ー
先日、図書室でアーニー先生と話してから、自分の中で何かが芽生え始めていることにアスール自身も気付いている。
そしてアーニー先生との会合の翌日、アスールはカルロから執務室へと呼び出されていた。
カルロは一人の父親としての立場からだけではなく、一国の王としての立場からも息子であるアスールに彼の “想い” を伝えてくれた。
おそらく新ロートス国王のお披露目はレオンハルト・フォン・ロートスの、いや、真のロートス王子であるアスール・クリスタリアの二十歳の誕生日となるだろう。
その日がアスールにとっては正に “デッドライン” だ。
今アスールには実際に揮えるだけの “力” は無い。アスールに有るのはクリスタリアの家族たち、ただそれだけだった。
でも、これから “力” を付けることはいくらでも出来るだろう。
祖父フェルナンドは以前に言っていた「力をつけろ、アスール。いつか不条理に奪われたお前のものを取り返すその日のために」と。
とにかく今は未来の為に “力” をつけよう。
先ずは学院で出来ることから始めよう。そう誓うアスールだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回より第2部として『王立学院編』をスタートさせる予定です。
これからも引き続き楽しんで頂けると嬉しいです。
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