54 アスールと神獣サスティー(2)
島からヴィスタルへ戻った翌日。アスールは神獣サスティーの要望に従って、観光を兼ねてのんびりとヴィスタルの街のあちこちを歩くことにした。
とは言え、神獣が本来の姿のまま通りを歩くわけにもいかないので、当然だがサスティーには小さな仮の姿になってもらっている。
おそらく周りの人たちからは、仔犬を連れた小綺麗な少年が一人で散歩をしているようにしか見えていないだろう。
アスールにとっては歩き慣れた王都とはいえ、カルロの指示で、この日も数名の騎士たちが少し離れた位置からアスールの護衛任務に当たることが決まった。
もちろん、その騎士たちには神獣サスティーの存在は明かされてはいない。
王宮を出発する少し前、犬好きだという騎士から「凄く可愛いらしい仔犬ですね!」と声をかけられ、サスティーはアスールの足元から不満気な表情でアスールを見上げていた。
「思っていたよりも、ずっと良い街ね」
「そう?」
「ええ。この国で一番賑やかなところだって聞いていたから、もっと煩くて汚い場所かと思っていたのよ。予想していたよりはずっと静かで暮らしやすそうなところじゃないの。暮らしている人たちの心も穏やかだわ」
「へえ。そう、なんだ」
「それに、ここの食べ物も、凄く美味しいわね!」
街歩きの途中、アスールは美味しそうな匂いをさせている屋台を回って、サスティーが気に入りそうな食べ物をいくつか見繕った。それを持って、アスールは普段あまり人が来ないこの場所まで移動して来たのだ。
少し崩れた石畳が続くこの静かな場所からは、ヴィスタルの王城を見渡すことができる。
ここは、ローザがエルンスト・ヴィスマイヤーと初めて出会った、ローザのお気に入りの場所でもあるのだ。
あの後、ローザからこの場所を教えてもらい、アスールもすっかりこの場所を気に入ってしまった。見晴らしが良く、人通りも少ないこの場所へ来ると、いつも護衛騎士たちはアスールやローザからそれなりに離れた場所で距離をとり、そこからアスールたちを見守っていることをアスールはよく理解していた。
だからこの日も、アスールは王城を眺める振りをして、騎士たちに背を向けて石畳に座った。
そうすれば、サスティーとの会話が騎士たちの耳に届くことも、サスティーが言葉を話せることにも気付かれることはないだろうと考えて。
「ねえ、確か前に神獣は物を食べる必要はないようなことを聞いた気がするんだけど……」
「そうよ。人の子や動物たちのように、生命を維持するために物を食べるってことなら、その必要はないわね。私の場合だったら綺麗な水があればそこから力を得ることができるから」
「でも、美味しいって感じるってことは、味覚はあったんだよね?」
「そうね、そうかも。でも、味としての美味しいを私が知ったのは本当に最近よ。ほら、あの時!」
「僕たちが一年前、初めて島の裏山の奥にある君の住処にお邪魔した時、だよね?」
「ええ、そう。あの時、初めて焼き菓子ってものを食べたわ。あれは凄く衝撃的だったわね」
「美味しいって意味を知ったから?」
「それもあるし、小さい姿になれば同じ物を何倍も多く味わえるってことを知ったわ!」
「あははは。……それね」
アスールは思わず笑ってしまった。だが、サスティーはアスールに笑われたことを、特に不快に感じている風でもない。
「素敵な城ね。この街もだけれど、あの城に住む人の子たちも、なんだか皆、温かいわ」
「そう? ありがとう」
「良い家族だと思うわよ。まあ、いろいろと事情はありそうな感じがするけれど」
「やっぱり、サスティーにもそれが分かるの?」
「何が?」
「複雑な事情だよ」
「……それっていうのは、つまり、貴方があの王と、今はあの島にいる王妃の、本当の息子ではないってこと? ああ、ティーグルと契約をしているあの娘、あの娘も同じ。そうよね?」
「やっぱり凄いね、神獣って存在は……。レガリアにも、初めて会った時にいろいろと見抜かれたよ。ギルベルト兄上と僕は本当の兄弟ではないだろうって」
「ギルベルト? ああ、貴方と二度目に会ったあの夏に、島に来ていた、綺麗な顔立ちで、頭の良さそうな、礼儀正しいあの少年のことよね?」
「兄上のこと、随分と褒めるね」
「だって、実際そうだったでしょう?」
「まあね」
「貴方だって、素直で優しい、とても良い子だと、ちゃんと私は思っているわよ」
不意にサスティーにそんな風に自分を肯定されて、アスールは思わず赤面した。
「あ、ありがとう」
「どうしたの? 顔が真っ赤じゃない」
「な、なんでもないよ! まさか、こんな風に褒めてもらえると思わなかったから、ちょっと動揺しただけ」
「ふうん。可笑しな子ね」
「いろいろあるんだよ! いつだって出来の良い兄上と、いろいろとまだ足りていない自分を比べたりさ。本当は血の繋がった家族じゃないから……」
思わずアスールの口から今まで決して口にしたことのなかった本音が溢れた。
サスティーの琥珀色の瞳がアスールをじっと捉えている。
「あのさ、僕と妹のローザは、もう君も分かってはいるだろうけど、父上や母上と血の繋がった本当の子どもじゃないんだ。僕たち二人は本当はこの国、クリスタリア国の第三王子でも第三王女でもない。もっとここよりも東の方角にある国、ロートス王国って国の王家に生まれた双子なんだよ。今は僕の代わりに偽物の王子が居て、ローザは死んだことになっているらしいけど……」
アスールは自分とローザの出自を、それから何も覚えていないが生後一ヶ月のお披露目の日の夜に起きた惨事を、秘密裏に助け出されてこの国に匿われていること、それから、いつかはロートス王国を自分の手で取り戻したいと考えていることを、思いつくままに語った。
途中からアスールは、自分の話を横に居るサスティーが聞いているか、それとも聞いていないのかなんて全く気にせず、ただひたすらに話し続けた。
おそらくはこうして誰かに話すことで、自分の中に渦巻いているわけの分からないいろいろな思いと感情を、少しずつ整理することができるような気がしていたのだ。
「この話、ローザはまだ知らないんだけどね……」
「あら、どうして知らないの? 何故あの娘には隠すの?」
「たぶん、ローザが知ったら凄くショックを受けるからだと思うよ」
「まあ、それは、そうでしょうね。でも、知るべき事実なんじゃないの? これは貴方だけでなく、あの娘の真実でもあるわけよね?」
「うん、そうだね。でも、このことは絶対に守らなければならない秘密で、どこからか秘密が漏れれば僕たちの命が再び狙われる可能性があるかもしれないって。それに……」
「それに?」
「僕はいつか僕の国を取り戻す。そして、僕の本当の両親を死に追い遣った者たちに絶対に復讐するつもりだよ。でも、ローザがそれをどう思うかは分からないから……」
「……話し過ぎちゃったね。ヴィスタルの街歩きは堪能できた? 遅くなる前に、そろそろ戻ろう。あのさ、サスティー。今聞いた話、皆には黙っていてくれる?」
「あら、どうして?」
「だって、僕が考えていること、家族には知られたくない」
「血の繋がりがないから?」
「そうかも、しれない」
「ねえ、アスール。それって、そんなに重要なことなの? 確かに血の繋がりは大切よね。でも、それが全てではないでしょう? 王も王妃も、他の家族も、貴方を、それからティーグルの契約者であるあの娘のことを、大事に慈しんでいることは確かよ! 貴方たちは確かに愛されているわよね? あの城に暮らす者たちに。私、何か間違ったことを言っているかしら?」
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