53 アスールと神獣サスティー(1)
「おかえり。皆、元気そうじゃな!」
「「フェルナンド様?!」」
ヴィスタルの港でアスールたちを待っていたのは、まさかのフェルナンドだった。
「なんじゃ、揃いも揃って随分と驚いた顔をしておるのぉ。アスール。儂に迎えに来て欲しくてピイリアを飛ばしたのではなかったのか?」
「えっと……」
動揺するアスールを見て、フェルナンドは楽しそうに笑っている。
「ようこそ、王都ヴィスタルへ!」
そう言ってフェルナンドは、アスールの足元にいた小さなサスティーを軽々と抱き上げた。
「今後のことをきちんと話さねばならん。悪いが、全員このまま王宮へ向かって貰うぞ。それぞれの屋敷へ戻るのは、話合いが全て終わってからじゃ」
「また随分と日に焼けたのぉ、アスール」
「そうでしょうか?」
「最後の長期休暇は楽しめたのか?」
「はい、お祖父様。お陰様で」
「そうか、そうか。それは良かった。それにしても、まさか神獣様を一緒に連れてお前さんたちが王都へ戻って来るとは思っとらんかったぞ」
「ですよね。僕もまさかこんなことになるとは夢にも思っていませんでした……」
王宮へと向かって走っている先頭の馬車に乗っているのは、フェルナンドとアスール、それからアスールの側仕えのダリオ・モンテスの三人だけだ。後の者たちは後ろの馬車にそれぞれ分かれて乗っている。
島を出る前からずっとこの仔犬のような小さな姿でいる神獣のサスティーはといえば、もしかするとこの姿を保ち続けるのに普段以上に力を使うのか、今はアスールの膝の上に陣取ったまま、揺れる馬車の中でウトウトと気持ち良さそうに微睡んでいた。
「それにしても、神獣様は何故急に王都へ来る気になったのじゃ?」
フェルナンドがアスールの膝の上のサスティーを眺めながらそう聞いた。
「それなら、アレン先生のせいですよ」
「アレン・ジルダニアのせいじゃと?」
「はい。会話の中で、先生がサスティーを煽って、そう仕向けたのです」
「ほう」
「神獣がひと所から離れたがらないのは保守的だからなのか? とか、長い年月を生きているにも関わらず、同じ場所から離れずにずっと留まって満足しているだなんて、退屈で面白味に欠けるとかなんとか言って……」
「成る程のぉ。それでその見え透いたアレン・ジルダニアの挑発にまんまと乗せられて、今ここにそうして居るわけか」
「そんな感じです」
「ほっほっほ。あの男も、なかなかやりおるのぉ」
「レガリアも、向こうでお祖父様と同じようなことを言っていましたよ」
「そうか、そうか。そりゃあ良いわ!」
馬車の中でフェルナンドが楽しそうに声を上げて笑ったが、サスティーは耳を何度かピクピクっと動かしただけで、そのまま目を覚ますことはなかった。
ー * ー * ー * ー
港から皆で王宮へと戻りカルロの執務室へと通された一行は、そのままそこで今後の予定を話し合った。
東の鉱山近くで見つかった “温泉” へ向けて出発するのは、それぞれが支度を整える時間を取って、三日後の早朝と決まった。
共同研究をする予定のアスール、ルシオ、レイフの三人の他に、引率者としてアレン・ジルダニアが、身の回りの世話係としてダリオ・モンテスが、護衛としてディエゴ・ガランの三人が同行する。
フェルナンドからは、この “温泉” の今後の開発を手掛けることが決まっている第二王子のギルベルトと、その補佐役のラモス・バルマーが既に先週から現地入りしていることが伝えられた。
その間、仔犬の姿のサスティーは我関せずといった顔をして、ソファーに座って真剣に話に耳を傾けているアスールの足の上に顎を乗せて優雅に寝転んでいた。
「ここも、思っていたより静かで、なかなか悪くないわね」
「サスティーの言うここは、王都のこと? それとも王宮のこと?」
話し合いを無事に終え、レイフとルシオが自分たちの屋敷へと帰って行くのを見送ってから、アスールもサスティーを連れて自室へと戻った。
「街はまだ評価を下せるほど堪能させてもらっていないわよ。私が悪くないって言ったのは、この城のことよ。あのティーグルが気に入って住み着くだけのことはあるわね」
サスティーはアスールが部屋の扉を閉めたことを確認すると、アスールの腕の中から床にふわりと飛び降りた。
それから、前足を突っ張るようにしてぐっと大きく伸びをする。そしてその次の瞬間には、アスールの目の前のサスティーはもう小さな仔犬のような仮の姿ではなくなっていた。
やはり真の姿に戻った神獣サスティーは大きくて、目を見張るばかりに美しいと、アスールは改めてその神々しさに魅せられた。
「今は、夏の休暇を取っている人が多くて、この城も普段より出入りしている人がずっと少ないんだ。いつもはもっと賑やかだよ」
「あら、そうなの?」
「それに、レガリアは普段はこの王宮で暮らしているんじゃなくて、王立学院のローザの部屋に居るんだ。ここに僕たちが戻って来るのは、今みたいな長期休暇の時と、週末に時々だよ」
「ああ、そうね。そう言っていたわね」
「王立学院には、元々王家の離宮があったんだ。レガリアはずっと昔の王様が作った光の魔石に守られて封印されていた。その魔石が掘り出されてしまうまで、魔石の中でずっと静かに眠っていたんだって聞いたけど……」
「そうね。そうだったわね」
サスティーは、どこまで詳しくレガリアの事情を知っているのだろうか?
「ねえ、明日は街を見せてくれるのでしょう?」
「良いけど。サスティーは街で何が見たいの?」
「何って……。街に何があるのかを知らない私に、それを聞くの?」
「ああ、ごめん。言われてみれば、そうだよね。じゃあ、取り敢えず街に出てみて、それから何をするかを決めるのはどう? それで良いよね?」
「そうね、それで良いわ」
それから、アスールは寝台に腰掛けると、部屋の中をあちこち興味深気に見回しながら歩き回っているサスティーをしばらくの間観察した。
「ねえ、サスティー。寝る場所なんだけど、そこの絨毯の上でも良いかな?」
「絨毯?」
「そうだよ、今君が立っている足の下に敷かれれいるそれが絨毯」
「ああ、これ?」
アスールの部屋にある絨毯は、ハクブルム国に嫁いでいった第一王女のアリシアから贈られた物で、どうやら絨毯としては最高級品質の品らしい。
ギルベルトの部屋にも、ローザの部屋にも色違いの同じ物が置かれている。
レガリアはその絨毯を特に気に入っていて、いつもその上に寝そべっているのだとローザが以前言っていたのをアスールは思い出していた。
人よりもずっと大きな神獣が寝転がるのには、その絨毯はまさに打って付けの大きさなのだ。
「ああ、そうだ。良かったらこれも使ってよ!」
アスールは自分の寝台の上に置かれていたクッションを二つ手に取ると、絨毯の近くにクッションを放り投げた。
サスティーは重なりあったクッションの上に頭を乗せるようにして、絨毯の上にゴロリと大きな身体を横たえた。
「あら、なかなか良いじゃない!」
「だよね! 気に入ってくれるんじゃないかと思ったよ!」
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