閑話 ユーリア・シェルンの独白
私の名前はユーリア・シェルン。シェルン伯爵家の現当主の妻です。
私の愛する夫のシルヴァ様が当主を務めるシェルン伯爵家は、ガルージオン国と隣国クリスタリア国との国境近くに領地を持つ、ガルージオン国に数多ある伯爵家の一つです。
シェルン領は他家と比べて、それ程大きくもない伯爵家ではありますが、そうは言っても、シェルン伯爵領の大半は広大な穀倉地帯であり、領民たちと協力しながらその地を管理しているため、伯爵領の割には石高もかなり多く、豊かな土地だと思います。それに、領民たちとの関係も非常に良く、素晴らしい領地だと私は自負しております。
現在、当主であるシルヴァ様は王都で王宮勤めをしております。領地の方は、愛する妻と可愛い三人の子どもたちを持つ長男に完全に任せております。
ですので、お陰様で私はシルヴァ様と共に、王都にある屋敷の方でのんびりと暮らすことができるのです。
シルヴァ様には、ガルージオン国では珍しく、私以外に妻は居りません。
ここで私とシルヴァ様の出会いについて詳しくお話しするのも良いのですが……。寧ろ私としてはその愛の歴史を余すところなく語りたいのです。
ですが、私とシルヴァ様の運命的な出会いから、周囲の大反対を押し切っての結婚、そして幸せな今に至る全てを語るとなると、とてもとても長くなりそうですし、後で息子たちから恥ずかしいからやめてくれと怒られそうなので、割愛させて頂きますね。
私には領地に居る長男の他に、二人の息子がおります。
数年前までは、二人ともガルージオン王宮騎士団の近衛隊に配属していて、次男は第十二王女ザーリア姫の、三男は国王陛下の第七夫人でザーリア姫の母の護衛騎士を務めておりました。私の自慢の息子たちです。
第七夫人のサリア様は、私の愛する夫の妹君ですわ。ですから、ザーリア姫は私にとって姪に当たります。つまり、私の息子たちは、彼らにとっては叔母上と、従姉妹姫の騎士を務めていたということになりますね。
その二人の息子たちですが、次男の方は、さる伯爵家のところに婿入りを致しました。もうすぐ息子夫婦にとってのはじめての子どもが誕生する予定です。
三男のジュールの方は、現在クリスタリア国の第一王子のドミニク殿下のところへと嫁がれたザーリア姫と共にクリスタリア国へと渡り、王都ヴィスタルの王城に一部屋を頂いて暮らしています。
家族想いのジュールは、既に婚約者が居て婿入りが決まっていた次兄の代わりにザーリア姫の護衛騎士を引き受けて、クリスタリア国へと旅立って行ったのです。
そのジュールが、この夏、どういうわけかクリスタリア国の第二王女のベアトリス姫の護衛騎士として、ガルージオン国へと戻って来ました。
そして、そのベアトリス姫が、光栄なことにジュールと共に我が家にお越し下さいましたの!
もしかすると二度とジュールと生きて会うことは叶わないかと思っていた私にとっては、本当に嬉しい再会を果たすことができたのです。
ベアトリス姫の母上は、私の従姉妹でもあるエルダ様。ベアトリス姫にとって、今回は本当に久しぶりのガルージオン国への訪問とのことです。
前回ベアトリス姫がこの国を訪れた時、まだ “ヴィオレータ” と幼名を名乗っていらした姫様はまだほんの小さな少女でした。母君と兄君に守られるように、常に手を引かれて歩いていた印象がございます。
ですが、成人になられ、名前を改められたベアトリス姫は、随分とご立派になられて、ご自身の意思をはっきりとお持ちで、自分の足でしっかりと立っておられます。本当に見違えるようです。
この国、ガルージオン国では、強い意思をはっきりと示す女性は、どちらかといえばあまり好まれない傾向にあります。
この国は、男性にしか与えられない権利が多く、近隣諸国に比べて女性の地位が低いのです。ですが、そのことに気付いている者も少なければ、気付いていてもそれを声に出して批判する者はもっと少ない。嘆かわしいことだと私は常々思っておりました。
もしもベアトリス姫がこの国の姫としてお生まれになられていたら、さぞ息苦しい思いをされたことでしょう。
話は変わりますが、ベアトリス姫は今回のご旅行に、カサンドラ・ギルファ様と仰る女性の護衛騎士を帯同されています。
お話によると、カサンドラ嬢はクリスタリア国の侯爵家のご令嬢であるにも関わらず、騎士を志し、現在立派に王女殿下の護衛騎士として身を立てているのだそうです!
王女殿下と麗しの女性騎士。ああ、なんて素敵なの関係なのでしょう!
この旅行中、ベアトリス姫には安全のため、息子のジュールの他に数名、クリスタリア国から護衛騎士が帯同しています。
その為、カサンドラ嬢は騎士としてではなく、姫君のご友人として同行しているそうです。ですので、護衛騎士として普段身に付けている騎士服をお持ちになられなかったそうなのです……。
ああ、本当に残念ですわ。是非騎士服をお召しになったカサンドラ嬢の姿を見せて頂きたかったのに……。
「ベアトリス様も、クリスタリア王立学院の学院祭で毎年行われている “模擬戦” の女子の部に参加されていらっしゃいます。昨年の大会はダダイラ国に留学されていた為不参加でしたが、その前年は、並み居る最上級生を抑えて第四学年生ながら優勝されていらっしゃるのですよ」
「まあ、それは素晴らしい!」
「ですが、その前の二年間はカサンドラ様が連続して優勝されているのですよ。私は、カサンドラ様に模擬戦で勝ったことは一度もありませんので……」
ああ、もう。本当にこのお二人は、なんて素敵な主従関係なのでしょう!お互いを認めあっていて!
ああ、叶うならば、私もその王立学院の学院祭を見学に行きたいわ。模擬戦を、特に女子の部を見てみたい! 女性騎士を目指す少女たちの熱き戦いをこの目に焼き付けたいものです!
そう言えば、ジュールがルーレン殿下のことをお探しのようだったので思わず殿下の滞在先を伝えてしまったけれど、大丈夫だったのかしら?
大きな声では言えないけれど、陛下の多過ぎる夫人と愛妾と王子たちのせいで、もう何年も王家では血生臭い後継争いが続いています。サリア妃のところの二人の王子もその犠牲者と言えるでしょう。
ルーレン殿下もサリア妃も、あの襲撃事件以降すっかり気落ちされてしまって……。
兄妹仲の良かったザーリア姫が国を離れてから、ルーレン殿下からは益々笑顔が減ってしまって心配していたけれど、そう言えば、姫の結婚の儀から戻られたルーレン殿下は、以前よりも少し明るくなったと聞くわね。もしかするとクリスタリア国で、殿下に変化をもたらすような何かがあったのかしら? それだったら私も嬉しいわ。
ザーリア姫も第一王子のドミニク殿下に大事にしていただいているようですし、第二王女のベアトリス姫もあのようなお方でしたし、クリスタリア国はきっと良い国なのでしょう!
ジュール。貴方が国を離れて遠くへ行ってしまったのは寂しいけれど、クリスタリア国で幸せな日々を送れることを、母は陰ながらずっと祈っていますよ。
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