50 その頃、ガルージオン国では……(2)
友好国でもあるクリスタリア国の第二王女を歓迎する舞踏会は、多くのガルージオン貴族たちを招いて、王城で三晩連続して開催された。
貴族たちだけでなく、数多く居るガルージオン国王の夫人たち、それからその王子王女たちが入れ替わり立ち替わり次から次へと挨拶に来るので、ベアトリスは途中から何が何だか分からなくなってしまっていた。
会いたいとはこれっぽっちも思っていなかった第二王子のバルワン・ガルージオンとは、舞踏会の初日に顔を合わせて挨拶を交わした。
バルワンは、兄のドミニクとザーリアとの婚約式の日と全く変わらぬ不遜な態度でベアトリスと、ベアトリスの側に控えていたカサンドラ・ギルファに自分の正妻を紹介した。
仮にバルワンが次期国王となれば、自動的に次期王妃となるだろうバルワンの第一夫人は、面白いくらいバルワンの母親である第一夫人に似ている。つまり、非常に高慢な態度で感じが悪いのだ。
「やっぱり私は、あの人が王位に就いたら二度とこの国には来ないわ!」
「……お気持ちは分かります」
前日には、同じ台詞を言ったベアトリスを軽く諌めたカサンドラだったが、この日は困った笑みを浮かべながらもベアトリスに同意した。
「それにしても、ザーリア様の護衛騎士のシェルン卿は、ずっとご令嬢たちに取り囲まれていらっしゃいましたね」
ジュールを取り巻く令嬢たちを眺めながら、カサンドラが楽しそうに笑っている。
実際カサンドラが言ったように、ジュール・シェルンの周りにはどうにかしてジュールとダンスをしたいと切望する令嬢たちで溢れていたのだ。
ジュールはシェルン伯爵家の三男で、ガルージオン国では花形と言われている騎士団の近衛隊に所属していた元騎士で、見た目も非常に良い。
想像するに、第十二王女のザーリアに付き従ってクリスタリア国へと渡ってしまったことで、悲しみの涙を流した令嬢はかなり多かったと思われる。
そのジュールが突然こうして舞踏会に姿を見せれば、令嬢たちが浮き足立つのも仕方ないことだ。
ところが、当のジュール本人は「私はベアトリス王女殿下の護衛としてこの国に滞在しているだけですので……」と言って、壁際からベアトリスに近付く不届き者が居ないかと常に目を光らせていて、令嬢たちの熱い視線に応じる気配は微塵もないのだ。
三日間を通して、ジュールが唯一ダンスに誘ったのはカサンドラだ。ジュールが誘ったとは言っても、実際にはベアトリスから「一度くらい貴方も誰かと踊ったらどうなの?」言われたから仕方なくといった雰囲気だったが。
結局、三日続いた舞踏会の会場で、バルワン以外に唯一ベアトリスとしては顔見知りの第十六王子のルーレン・ガルージオンの姿を見かけることはなかった。
「ルーレン殿下は足がお悪いですから、いつもこういった会には出席されていないのではないですか?」
「そうね。そうかもしれないわね……」
カサンドラの言うことも尤もだ。
怪我の後遺症で自分の足で歩くことができず、車椅子での生活を余儀なくされ、ルーレン・ガルージオンは王位継承権も手放している。
そんなルーレンがこういった華やかな場に姿を見せないことは、言われてみれば大いに頷ける。
ー * ー * ー * ー
数日後、実家を訪問したいとベアトリスに願い出てきたジュール・シェルンに、ベアトリスとカサンドラは同行することにした。
ずっと王城に居ても特にすることもなく、段々と退屈しはじめていたので、ジュールと一緒にシェルン伯爵家を訪問した後で、彼の案内で街歩きをしようということになったのだ。
ベアトリスにとっては、今回のガルージオン国訪問は三度目となる。だが、三度目とは言っても、過去二回はまだほんの子どもの頃の話で、殆どベアトリスの記憶にはない。
馬車から見える風景は、初めて目にするのと変わらないくらい、ベアトリスにとって目新しい景色だ。
「ダダイラ国でも感じたけれど、こうして旅をしてみると、国によって建物の作りって随分と違うものなのね」
「クリスタリア国では、特に王都ヴィスタルでは建物は白壁で統一されていて、屋根は殆どが壁の白さによく映える赤茶色の瓦ですからね。確かに、全体的に茶色っぽい色合いの壁の多いこの辺りとは随分雰囲気は違いますね」
「街路樹も、全く違うわね」
「それは気候のせいでしょう。ガルージオン国は寒冷地域に属しますので、夏でもそれ程気温は上がらないようですわ。ヴィスタルはクリスタリア国の中でも温暖な地域です。家々の窓辺には一年を通して色とりどりの花が綺麗に植えられていますから、街全体が明るく見えるのだと思います」
「確かに、そうね」
その時、馬車の速度が明らかに落とされた。驚いて窓の外に目をやると、石造りの立派な橋が見える。
「この橋のすぐ先で、ザーリア様の兄上たちが乗られていた馬車は賊に襲われたのです……」
突然、それまでずっと黙っていたジュールが口を開いた。
「ここで?」
「……はい。我が屋敷の者たちは、この近辺を走り抜ける時は亡くなられた王子に哀悼の意を表すために、こんな風に馬車の速度を落とすのです」
「そうでしたか。こんなに街の中心部でだったとは想像もしていませんでしたわ。てっきり人通りも疎な場所だったのかと……」
ジュール・シェルンの話によれば、ザーリアの二人の兄たちが招待を受け、揃って出席したある貴族の館での晩餐会からの帰り道、二人の兄を乗せた馬車は強盗団に襲われたのだそうだ。
「あんなに目立つガルージオン王家の紋章が付いている馬車を、その上、護衛騎士が前後に付き従っているような馬車を襲うような間抜けな強盗団など、常識的に考えればいる筈などないのです!」
それでも現実に馬車は襲われたのだ。しかも、普段は二人が揃って王城の外へ出掛けることなど、滅多になかったのにとジュールは言った。
「四人居た護衛は、全員大怪我を負っています。馬車に乗っていた上の兄君は深手により命を落とされました。下の兄君、ルーレン殿下は、二度と自力では歩くことができない程の大怪我を右足に負ってしまわれました」
つまりこの襲撃は強盗目的などではなく、最初から二人の王子の命を狙ったものだったに違いないと自分は考えていると言って、ジュールは悔しそうに唇を噛んだ。
そんな惨事の中、何故か一人だけ軽い怪我だけで済んだ御者は、どういうわけか事件から数日後、詳しい事情を聞こうとしていた矢先に「酔っ払って川へと転落し、溺死したものと思われる」との報告が入ったそうだ。
「結局、全ては未だに闇の中なのです」
「そういえば、王城でもルーレン殿下をずっとお見かけしていないけれど、どうしていらっしゃるかシェルン卿はご存知かしら?」
「いえ。私は何も存じ上げません。サリア様は何も仰ってはおられませんでしたか?」
「いいえ、特には」
「そうですか」
ジュールは、それっきりまた黙り込んでしまった。
静かになった車内に、馬の蹄が石畳の上を蹴って進む音と、馬車の車輪の軋む音だけが響く。
「ああ、そうだ。家に到着する前にお二人に言っておかなければならないことがあります」
唐突にジュールが再び口を開いた。
「どのようなことでしょうか?」
「私の母親のことなのですが……。少しばかり風変わりな女性なのです。お二人とも、きっと驚かれると思いますのですので、前もってお伝えしておきます」
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