49 その頃、ガルージオン国では……(1)
「お久しぶりです。国王陛下。お妃様方」
「ヴィオレータ姫、よくぞ参られた。いや、もうヴィオレータではなく、ベアトリス姫であったな」
「はい。成人致しましたので」
「そうじゃった、そうじゃった! で、エルダは元気にしているか?」
学院最後の長期休暇を利用して、ベアトリス・クリスタリアは実母エルダの出身国であるガルージオン国を訪れている。
エルダは先代の国王の孫娘。ガルージオン国王にとってエルダは姪、ベアトリスは大姪に当たる間柄だ。
「はい、お陰様で」
「……ああ、それで、あれはどうしておる?」
「……あれ、ですか?」
「ああ、まあ、良い。気にするな。しばらくこちらに滞在するのであろう? 部屋は用意させてある。そちらの令嬢共々、ゆるりと過ごすと良い」
「「お気遣いありがとうございます」」
ベアトリスはガルージオン国王が何を聞きたかったのか、一瞬理解に苦しんだ。だが次の瞬間、国王がチラリと横に並んでいる二人の妃の方へ視線を送ったことで気が付いた。
「国王陛下。ザーリア義姉上から陛下に届けて欲しいと頼まれている品がございます。後程どなたかに取りに来て頂いてもよろしいでしょうか?」
「ザーリアから? 分かった。後で誰かを遣わそう。ではの」
「はい」
「なんとも、ピリピリとした空気が漂っていましたね……」
「そうね。兄上とザーリア様からいろいろと聞いてはいたけれど、想像以上だったわ」
「この城に滞在するのは二週間でしたよね?」
「ええ。でも、もうちょっと早く出発した方が良いかもしれないわね。あんなギスギスした人たちの中で過ごすなんて、折角の最後の夏期休暇が勿体ないわ」
ベアトリスは今回のガルージオン国訪問に、側仕えのイレーナ・ハイレンは伴わず、ダダイラ国への留学時にも従者として同行した騎士のカサンドラ・ギルファを連れて出た。
ベアトリスとしては、留学時と同様にカサンドラと二人だけで行動したいとカルロに訴えたらしいのだが、そんなベアトリスの要望が通るはずもなく、今回のガルージオン国の訪問にはカルロの命で数名の騎士が護衛として同行している。
その中には、ザーリアの護衛騎士としてガルージオン国からクリスタリア国へとやって来たジュール・シェルンも含まれていた。
ジュールはシェルン伯爵家の三男で、ガルージオン国の “第五騎士団近衛隊” に所属する騎士の一人だった男だ。
本来であればザーリアの側を付かず離れず日々警護に当たっているジュールなのだが、ジュールが一緒であればベアトリスがガルージオン国内でも自由に動きやすいだろうとザーリアが推薦したため、今回は特別にベアトリスの護衛として同行することになったのだ。
「そう言えば、ザーリア様のお母上様は、先程の謁見の場にはいらっしゃいませんでしたよね?」
「そうね。義姉上様のお母上様とはまだ直接お会いしたことがないので、お顔は存じ上げないのだけれど……。あの場にいらしたのは、おそらく陛下の第一夫人と第四夫人だと思うわ。」
「確か第一夫人のお子が第二王子と第七王子。第四夫人のお子が第十王子でしたよね?」
「そうね。そんな感じだったと思うわ」
ベアトリスは曖昧な笑顔を浮かべた。
「以前、ドミニク殿下の婚約式に参列されていらしたのが、先程の第一夫人のご子息ですか?」
「ええ、そうよ。バルワン第二王子ね。……凄く、凄く、もの凄く感じの悪い人だったわ」
「ですが、今のところそのバルワン第二王子その人が、一番有力な次期ガルージオン国王候補なのでしたよね?」
「そうみたいね。もしそれが現実になったら、もう二度と私がこの国に来ることはないわね……」
「ベアトリス様。お言葉が過ぎますよ」
「だって、本当のことだもの!」
この日の夜。そのバルワン第二王子も出席するであろう、ベアトリスを歓迎するための王家主催の晩餐会が早速設定されているらしい。
「クリスタリア国内でも面倒な行事はなるべく避けてきたというのに……。まさかここへ来て、初日から晩餐会に出席させられることになるとはね」
「ベアトリス様のお立場上、今後も避けては通れないと思いますわ」
「まあ……そうよね」
その時、扉がノックされる音が聞こえ、ベアトリスがこの王城に滞在している間の世話係にと充てがわれている城の侍女が静かに部屋に入って来た。
「ベアトリス様。ベアトリス様に面会を求められて、第七夫人のサリア様がお越しになっておられます。入室の許可をお出ししてもよろしいでしょうか?」
「サリア様が? もちろんよ! すぐにお通しして!」
「畏まりました」
侍女は恭しく一礼をした後、一旦部屋の外へと出て行った。
侍女はサリア第七夫人が「お起こしです」とは言ってはいたが、実際に扉の前まで夫人が来ていたわけではなく、どこか近くの部屋で侍女が返事を持って帰って来るのを待っているのだろう。
「ああ、カサンドラ様。どうしましょう! 私、こんな格好でした……」
ベアトリスは国王に挨拶をしてこの部屋へ戻った後、晩餐会までの間にここまでの旅の疲れを取ろうと思い、すっかり寛いだ楽な服装に着替えてしまっていたのだ。
「今回に関しては、お約束も先触れもない急なご訪問ですし……。お許し頂けるのではないでしょうか?」
「そうね。そうよね!」
そうしているうちに再び扉がノックされて、数名の女性たちがベアトリスの部屋へと入って来た。
ベアトリスのために用意された客間は、流石に王城といった感じの豪華な部屋で、感じの良い居間の他、主寝室と側仕え用の寝室が付いている。
ガルージオン国王の、ベアトリスへの気遣いが充分に感じ取れる客間だ。
その客間に入ってくるなりサリアがベアトリスに向かって美しい礼をとった。
「第七夫人のサリア・ガルージオンでございます」
大国ガルージオンの国王陛下の夫人の方から先に名乗ったことにベアトリスは正直驚いた。
そのベアトリスの表情を見て取ったのだろう、サリアが戸惑うベアトリスに向かってニッコリと微笑んだ。
「夫人とは言っても、私自身に力があるわけではございませんから」
この優し気な口調と佇まい。やはりザーリアは母親に似ているのだとベアトリスは思った。
「長旅でお疲れのところに、こんな風に急に押しかけてしまってごめんなさいね。陛下からベアトリス様が何か娘からの預かり物をお持ちだと伺ったので居ても立っても居られずにおしかけてしまいました」
「いえ、大丈夫です。私こそこんな格好で申し訳ありません。お手紙と、それからこちらをお預かりしおります」
ベアトリスはテーブルの上に前以て置いておいた木箱をサリアの方へ少し押し出した。
「まあ、これを? 感謝致します」
サリアがそうに告げると、背後に控えていた侍女の一人が箱を受け取った。
「貴女たちはそれを持って先に戻って良いわ。ベアトリス様とのお話が終わったら、私も勝手に部屋に戻るから」
「ですが……」
「大丈夫よ。戻る時はこの部屋の外に居る甥っ子にちゃんと送って貰うから。陛下にもその旨きちんと許可を頂いているわ」
サリアの言う甥っ子とはジュール・シェルンのことだ。
「分かりました。ではお先に下がらせて頂きます」
侍女たちが全員部屋から退出すると、サリアは小さく息を吐いた。
「ごめんなさいね。どこで誰が聞き耳をたてているか分からないから、気が抜けないのよ」
サリアの置かれている今の状況は、ベアトリスが想像していた以上に不安定なようだ。
事故で息子の一人を失い、もう一人は歩けない程の重傷を負い後継争いから脱落、一人娘を他国へと逃すかのように嫁に出した第七夫人は、この王城で国王陛下以外に頼る人もなく、息を潜めるようにして日々を送っているに違いない。
「どうぞご安心ください。ザーリア姉上はヴィスタルでお幸せにお過ごしです」
「その言葉をベアトリス様から直接お聞きすることができて嬉しく思います」
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